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14話

 ……これは完全にしてやられた、という所だろう。これでもう『乙』の条件を確実に満たせると言えるプレイヤーは居なくなったのではないだろうか。

 ……元々、運の要素を省けば確かにそこまで難しく無い条件だったが、こういう落とし穴があったとは。

 しかし、ならば、他の条件にも落とし穴があるのではないか?

『甲』の条件ではどうだろう。

 もしかして、正攻法では実現不可能、とか、そういう話だったりするのだろうか。

『丁』と『丙』は間違いなくバグが落とし穴になるのだろうが、まだあったりするのだろうか。

 ……何にせよ、『全員好感度MAX』の『丁』よりは潰しの効く『皆殺し』の『丙』を選んだという事は間違いでは無かった、と思おう。

 ……いや、絶対に何かあるな。あるが……今考えても仕方ない。今はひたすら攻略対象達のイベントを進めて殺して殺して、それからそういう事は考えよう。一応、相当詰め詰めのイベント予定を組んでいるから、最後の1か月はゆとりがあるはずだ。その時に撃ちもらしを殺せばいい。

 不安はあるが、今心配しても仕方ないのだから。




 翌日からはまたひたすら表情筋の訓練に励む。

 なぜここまで『容姿』を上げようとしているかというと、理由は2つある。

 1つは、『魅力』が250を超えていると好感度の上昇にボーナスが多少つくからである。

 イベントの発生条件にはその攻略対象の好感度が関係するものが多い。よって、ちまちまと『容姿』ボーナスで好感度を稼いでいるとスキップできるイベント、というものが発生してくる。

 よって『容姿』を上げておくことはイベント数を減らすことに繋がるのだ。

 そして、2つ目の理由だが……この先、『魅力』が低いと死ぬイベントがある。

 それの為にどこかでは必ず『容姿』の訓練を行わなければいけないので、前述のボーナスの事もあり、できるだけ先に『容姿』を上げたい、という事なのだ。

 ちなみに、『宵闇のドレス』で『魅力』が100上がり、『炎の指輪』で20上がるので、ボーナスに届くまでに必要な『容姿』は130、という事になるのだが、現在の『容姿』は80だ。そして、ここ3回のイベント日でこれを130まで上げなければならない。

 ……『筋力』よりも上がりにくくはあるが、それでも着実に『容姿』は上がっている。不安は無い。

 そして、それが終わったら来月の魔物討伐軍への参加登録を済ませて……次の討伐軍でレヴォルのイベントを出すために、町でレヴォルと会うイベントを消化する。

 ……早く来い、魔物討伐軍。心のオアシス……。




 しっかりイベント日3日分で『容姿』を150まで上げることに成功し、その次のイベント日にはギルドに行って登録も済ませた。

 この間気を付けた事は、リエルとあまり会話しない、という事だ。

 ……何故か。それは、リエルの好感度を上げ過ぎない為である。

 この後のイベントの都合上、その時に一番好感度が高いのはノイエでなくてはならない。

 さもないとノイエもバグる恐れがある方法で殺さなくてはならなくなり非常に面倒だ。

 ……しかし、早いうちに買っておかないと別の貴族に買われてしまいイベント日を無駄に消費することになる為リエルをさっさと買ったが……VRというものは恐ろしいもので、イベント以外の会話でも好感度が上がったりするのだ。

 ……もう本当にこのヒモ野郎をどうにかしてやりたいが、こいつは効率よくレヴォル爆弾で爆死させる方がいい。我慢だ、我慢。

 それから、『体力』だ。

 勿論死なないように、という点でも気を付けたが、できるだけ削っておくよう心掛けた。

 下手に仕事日にゆっくりしてしまうと、それだけで『体力』が回復してしまうので困難を極めた。

 ……『体力』を削っておくのは月末の舞踏会イベントの為なので、突貫工事で満タンに近い体力を削る羽目になったのだった。

 丈夫すぎるというのも考え物である。




 そしてグリスタリア(4月)25日。

 今月のイベント日を残り3日分残すばかりとなった今日、またスラム街へ出かける。

 チンピラに絡まれるためである。




「おい、ねーちゃん、ちょっと金貸してくれねえか?」

「なかなか可愛い顔してんじゃん。なんならちょっと俺達と遊ぶ、ってんでもいいぜ?」

 ……じつに典型的な、古典的な、古き良き時代のチンピラが数名湧いて出た。

 金か体か両方か。何ともストレートで素晴らしいことだ。下手にまどろこしいよりは余程いい。

 ……そうだな、『筋力』に物を言わせて『遊んで』やるのもいいかもしれないが、それは我慢だ。

 精々壁際に追い詰められつつ困った様子をする程度にしておく。

 そして暫くチンピラたちと実の無いやり取りをした頃。

 急にチンピラの一角が崩れた。

「走って!」

 そして急に腕を引かれて走らされる。

 複雑に入り組んだ路地を、これまた複雑に数度曲り、駆け抜け、時には明らかに道では無い箇所を進んで、すぐにスラム街の外れ、大通りの近くにまでやってきた。

「何やってたんですか、あんなところで」

 さて、レヴォル・クレヴェールのお出ましである。


 多少怒っているような不機嫌そうなレヴォルを見つつ、表情筋をフル駆動させる。

「懐かしくなってな、つい」

「懐かしく、って……ああ、そういえば、こういう所の出なんでしたっけ。なら分かるでしょう、そんな恰好でアンタみたいな人があんな所うろついてたらどうなるか位」

 そんな恰好、というのは『宵闇のドレス』の事だ。……濃い闇を足元に漂わせながら歩く鍛えられた体の女がうろついていたら普通は襲われないと思うが。

「あの程度のチンピラなら素手でもいけると思ったんだ。だが、ふと、加減ができるか心配になって」

 無難にそう返しておくと、レヴォルは頭を抱えて何かぶつぶつぼやいた。

「とにかく、いいですか?今後こういう所に来るときはもう少しそれらしい身なりで来てください。次、何かあったとしても俺がそこにいるとは限らないんですから」

 別にお前がいなくてもなんとでもなると思うのだが。

「そうだな。今回は助かった。ありがとう。次回以降は気を付ける事にしよう」

「べ、べつに助けた訳じゃ……」

 礼を言うと微妙に照れるあたりが非常にうっとおしい。

 早くこいつを爆発させたい所である。




 そして翌日は普段着を数着とドレスを1着(歯を食いしばって)購入し、翌イベント日。

 またスラム街に出る事になったわけだ。

 今回のイベントはまたレヴォル関係だが、イベント名を【魔法の練習】という。

 その名の通り、魔法の練習に付き合うという内容なので多少楽しみではある。

 現在の所、一応『ダフネ』という名前補正で魔力こそありはするが、魔法の使い方は完全に我流だ。

 きちんとした使い方をここで知っておいてもいいだろう。


 スラム街に入ると、僅かに魔法の気配がした。

 空気の流れというか、気の流れというか、そういうものを辿っていけば自然とレヴォルのいる所まで辿り着いた。

「魔法の練習か?」

「は!?」

 そしてその背に声を掛けると、素っ頓狂な声を上げてレヴォルが振り向く。

 それでも魔法を暴発させたりしないのだから、腕はいいのだろう。

「驚かさないでください。何の用ですか」

 不機嫌そうなのは魔法の練習を邪魔されたからか、奇声を発した照れ隠しか。はてさて。

「折角だから魔法を習おうと思って」

 正直にそう申し出てみた所、不審げな顔をされた。

「……アンタ、魔法使えるんですよね?」

「我流なんだ。まともに勉強した訳じゃない」

「我流、って……天才っているんですね、本当に」

 そしてレヴォルに実に妬ましげな顔でそんなことを言われたので非常に満足である。

 はははもっと妬め。




 それからなんとか、レヴォルに色々説明されながら魔法の練習をしていった。

「アンタが今までやってたのは単純に魔力をそこら辺にぶちまけるだけの事だったんです。『炎の指輪』を媒介にすることで魔法の体裁を取ってましたけど。指輪無しじゃ、単に魔力を垂れ流すだけに終わるって分かりました?」

 成程、『炎の指輪』無しで魔法を使おうとしてみると、バグったレヴォルが周りに出していたアレのようになった。

 つまり、バグった時のレヴォルが周りに出していた衝撃波というかなんというか、そういうものは単純な魔力だった、ということか。

「魔力を制御して紡いで編み上げて、魔法にするんです。こうやって」

 そしてレヴォルは少し集中したかと思うと、空中に炎を浮かべて見せてくれた。

「おお」

 感嘆していると、微妙に得意げな顔になりやがったが、これは素直に称賛に値するだろう。

「……とりあえず、火を出せるようになるところからですね」

 表情がうっとおしいが、とりあえず利用できるものは全て利用しよう。

 ここで我慢すれば今まで今一つ使い勝手が悪かった魔法も十分に使えるようになるだろう。

 それは単純に喜ばしいことなのだから。




 暫く練習すると、自力で火を空中に生み出せるようになってきた。

 しかし、レヴォルの様に大きい火は出せない。

「やっぱり魔力自体が低いんでしょうね」

 まあ、今の『魔力』は『ダフネ』のデフォルト……10しか無いからな。

「どうやれば増えるんだ?」

「毎日こつこつ今みたいに火を出す練習をしていればその内増えます。アンタは天才みたいですから、こつこつなんてやらなくてもすぐに伸びると思いますけど」

 ……一応褒められているらしい。

 しかし、だな。

『魔力』を上げる暇は当分無い。

 必要な分は魔王関係のイベントで増やすつもりなので、恐らく訓練するとしても当分後だろう。

 そして、その時にはもうこいつは生きていまい。

「分かった。やってみよう」

 その時が楽しみである。




 そして翌々日。

 舞踏会である。

 ……歯を食いしばってドレスを買ったのはここで使うからだ。

 乙女ゲームらしいというかなんというか、2回連続で同じドレスを着て舞踏会に出席すると、名声・好感度が下がる。

 また、同じドレスを4回以上着ると、やはり名声・好感度が下がる。

 そういうことで、ドレスを新調した訳だが。

 ……やはり『宵闇のドレス』の高性能っぷりが分かる。

 動きにくい。一応動きやすそうな形状の物を選んだつもりなのだが。

 ……動きにくさのせいでますます動きが優雅になる。キレが無い、とも言う。

 この状態で戦闘になったらドレスのせいで負けそうだ。くそ。


 会場に着いてまず最初に飲み物を貰う。

 踊ろうとしないのが重要だ。踊ろうとするとこの場合はノイエのイベントが優先されてしまう。

 しかし、飲み物や軽食の給仕の為にそこら辺に居る少年に声を掛けるならば、話は別だ。

「すまない、飲み物を頂けないか?」

 水色の頭に声を掛けると、それは一瞬びくり、と肩を震わせてから振り返った。

「……『五月雨』ダフネも、着飾るんですね」

 照れ隠しか何か知らないが、そういうよく分からないセリフを吐いてからレヴォルは盆にのせていたグラスを1つ手渡してくれた。

「ありがとう。……しかし、どうしてこんな所に?」

「見れば分かるでしょう。給仕のアルバイトです。給料がいいんで」

 こいつは中々に貧乏というか、万年金欠なのだ。

 魔術師は仕事に困らない。無手でそこら辺の人間数名より強い。衛兵代わりには丁度いいと言える。物々しさを出さずに警備を強めるのにはうってつけなのだ。

 しかしそれでも金欠なのは……まあ、自爆する為、という事になるな、今回は。

「そうか。お疲れ様」

 とりあえずグラスの中身を一気に呷ってグラスを返す。

「ちょ、ちょっと、これ、相当強い酒ですよ!?」

 何故か慌てるレヴォルに笑顔だけで応えてから、そこら辺に居た貴族を捕まえて1曲踊る。

 ……そして、イベント通り。酔いが回ってきた。

 いや、この為に体力を調節したのだから、こうなってもらわなくては困る。

 割と若い貴族の男の腕に支えられながらぐったりする羽目になるのは屈辱だが、イベントの為だ。やむを得ん。

「ダフネ嬢?……ああ、いけない。お疲れのようだ。こちらで休憩しましょう」

 そしてその貴族の男は『ダフネ』を人気のない方へ連れて行こうとする訳だが。

「お待ちください。その方はこちらで治癒魔法を掛けますので、お客様はどうぞお戻りください」

 営業スマイルを浮かべたレヴォルが何時の間にかやってきて、貴族の男の道を塞ぐ。

「しかし、ダフネ嬢は」

「お客様のお手を煩わせない為の我々ですから」

 そして有無を言わさぬ笑顔でレヴォルは『ダフネ』を半ば無理矢理引き取り、連れて行く。


「あんな無茶な飲み方するからですよ!全く、アンタって人は!危機感が足りないんじゃないですか?いくら貴族だとは言っても相手は男ですよ?何されたか分かったもんじゃない」

 現在、非常にうっとおしいことにレヴォルに説教されながら水を貰い、テラスで休んでいる所だった。

 ちなみに、レヴォルは治癒魔法を使えない。

 完全にあれはハッタリだった訳だ。

「すまない。助かった」

「……気を付けてくださいよ?」

 何故か睨むようにこちらを見てくるレヴォルに水のグラスを返そうとしたところで、音楽が止まった。

 丁度1曲終わった所らしい。

「レヴォル、1曲お相手願えないか?」

 ということで、グラスは適当な所に置いてレヴォルを誘う。

 ちなみに台詞は殆ど非・VR版の台詞を口調だけ直して流用している。

「は!?俺は貴族じゃないんですが?」

「固いこと言うな。それともダンスは苦手か?分からないなら教えよう。この間の魔法の礼だ」

 レヴォルの手を取るが、レヴォルは特に抵抗もしない。

「……アンタ、酔ってますよね?」

「さあな?」

 くすくす笑ってやればますますレヴォルの顔は険しくなる。

「……と、さて。最初は右……」

「知ってます」

 そして曲が始まると、レヴォルは流石にノイエ程ではないが、それでも十分に滑らかに踊り出した。

 一応、教養程度の事は身についているらしい。

 こいつはこいつの居た村ではそこそこ裕福な家の子だったらしいから、そういう事なんだろう。

 時々リードしきれずに『ダフネ』にリードされる部分もあるのはご愛嬌、という所か。


「驚いたな。貴族では無いんだろう?」

「……このぐらい、一般教養だと思いますけど」

 またしても照れ隠しか、つっけんどんな言い方でレヴォルは返し、そして少しそのままでいてから、『ダフネ』から体を離した。

「俺、仕事中なので。もう行きます。……お客様も引き続きお楽しみください」

 仕事モードに戻ったらしい。営業スマイルを浮かべてレヴォルは踵を返す。

「いや、もう帰ることにするよ。もう満足した」

 折角なのでレヴォルの背中に向かってアドリブを入れてみると、びしり、と固まったレヴォルは振り向く。

「楽しい一時をありがとうございました、レヴォル様」

 そして優雅に礼をして笑ってみせると、顔を紅潮させ、すぐに早足で去っていってしまった。

 ……初い奴だ。


 さて、さっさと帰って寝よう。

 明後日からはまた魔物討伐だ!

 楽しくなるぞ!

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