表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/42

13話

 魔物討伐終了から2日。

 また窓の外に不審な影が現れた。

 またしても魔王関係のフラグである。

 順調で何よりだ。

「ダフネ、誰か窓の外にいるけど、見てこようか?」

「放っておこう。どうせ何もしては来ない」

 リエルは不満そうだが、何かしてイベントが変わったらどうしようもない。

 こういうものは放っておくに限る。




 そして次のイベント日。

 蹄と車輪の音に気付いて窓の外を見ると、立派な馬車が1台、門の前で停まった所だった。

 そして中から降りてくるのは中級貴族野郎、ノイエ・ユグランスである。

 ……【晩餐】はある程度の名声と僅かばかりのノイエの好感度、そして貴族の身分があることが発生条件だ。

 つまり、ある程度名声があるから粉かけておこう、という魂胆なのだろう。

 来客、という事でリエルが出て対応する。

 そして、少ししてリエルに呼ばれて出向くと、嫌そうな顔をしているノイエがいた。

「何か用か」

「はっ、貴族とは言っても所詮は下級貴族だな。礼儀の1つも身に着いていないと見え」

「で、何か用か。何も用が無いなら帰ってくれ」

 下らないセリフを長々と聞かされそうだったので遮ると、ノイエは顔を引き攣らせながらも紋の入った白い封筒を差し出してきた。

「先日の舞踏会で貴様はすぐに帰っただろう。貴様と話したいという酔狂な貴族が数名、それを惜しんで取次ぎを頼んできてな。光栄に思え。本来なら貴様のような下級貴族風情が招かれることの無い晩餐会に招いてやろう」

 実に腹の立つ物言いだが、こいつはこいつで物好きな上級貴族とそれにごまを擦りたい両親、そして自分のプライドと『ダフネ』との4面板挟みになって大変なのだろう。

 たかがこれだけの為に中級とはいえ貴族の子息自らが出向いたのだ。余程気合を入れて『ダフネ』を招こうとしているのか、それとも従者をそれほど雇う金が無いのか。

 どちらにせよ大変そうだ。

「分かった。参加させてもらおう」

 そう返答すると、心なしかノイエの顔が少し安らいだ。

「夕方迎えを寄越す。それまでに支度をしておけ。精々頑張ってその貧相な身なりを誤魔化せ」

 ノイエはそれだけ言うと踵を返して家を出て行った。

 ……。

「リエル、塩、持ってきてくれ」

「塩?何するんだ?」

 撒くに決まっているだろう。この肉体を見て貧相とはなんと人を見る目の無い奴か。正直ノイエよりも筋肉が付いている自信があるが。




 その日の夕方、ユグランス家の馬車が迎えに来た。

 そして馬車に乗せられて連行された。

 ……ある晴れた昼下がりの市場へ続く道では無いが、そんな気分ではある。


 ユグランス家は貴族街の真ん中あたりで道を少し逸れた所にある。

 正に中級、といった所か。

 邸宅はそこそこに立派に見える。

 花が咲き乱れる庭など、素人目に見ても手と金が存分にかかっているであろう事はすぐ分かった。

 その分、人の目につかない場所には金をかけないようにしているんだろうが。


 邸内のホールに踏み入った瞬間、一斉に視線が集中した。

 ……居心地が悪い。凄く悪い。

「ユグランス邸へようこそ、『五月雨』ダフネ様」

 そして、到着に気付いたらしいノイエがわざとらしい程に大仰な礼で出迎えてくれた。

 ……そしていつの間にかまた二つ名が変わっている。これの条件も一応ある程度は分かっているのだが、ころころ変わる二つ名は少し楽しくもある。

「お招き頂いたことを感謝致します、ノイエ・ユグランス殿」

 こちらはノイエの皮肉を躱して、自分にできる限界ぎりぎりの優雅な礼で返す。

 ノイエの他、ノイエの両親とも簡単に挨拶し(じろじろと観察されたがそういうイベントだから諦めている)他の貴族との会話、となる訳だ。

 ……できれば食べ物を沢山食べたいのだが、それをやると色々問題がありそうだしな……。立食形式らしく少量つまむ程度にしておこう。辛い。


「やあやあ!『五月雨』のダフネの名はよく聞こえていますよ!どうです、こちらに来て武勇伝をお聞かせ願えませんかな?」

 そして早速、如何にも人の好さそうな中年の貴族に声を掛けられる。

 それをきっかけにして興味と好奇を隠すこともせずに寄ってくる貴族相手にサービス精神旺盛な受け答えをしていると、そのうち貴族連中は満足したようだった。

「いやはや、ダフネ様は実に素晴らしい方だ。お美しくありながらお強いときた。しかし、そう言うとまるでユグランスのご子息のようではないか!」

 そして、ある貴族がこう言った瞬間、好奇と悪意が鋭く交錯し、くすくすと笑い合う声が重なり合って響く。

「そういえば、ノイエ殿は剣も魔法もお得意と聞く。ノイエ殿とダフネ様の模擬戦を見てみたいものだな」

 模擬戦。

 つまり、模擬的に戦ってみろ、という事だが。

「私は不器用ですから、戦う時には相手を殺すつもりでしか戦えません。ノイエ殿を殺してしまってはいけないでしょう?」

 挑発ついでにそう言って断ってみる。

 勿論、この先の展開がどうなるか読めているからだ。

「それなら問題ない。剣なら模擬専用の刃の無いものがあるから取ってこさせよう。お互い魔法を使わなければ殺傷力は大したものでもあるまい。それにいくら『五月雨』とはいえ、女性に一方的に負ける程弱いつもりも無いが?」

 それを聞いていたノイエが自信たっぷりな様子でそう申し出て来る。

 こいつはプライドが高い。

 自分が馬鹿にされていることも知っている。だから絶対に乗ってくると思ったのだ。

「ダフネ様、それなら問題ないのではないかしら?私、是非お二人の模擬戦を見てみたいわ」

「ダフネ様、ノイエ殿はこう仰っておられますが、どうですかな?」

 そして貴族連中も乗り気だ。

 ノイエが負ければまたこそこそと馬鹿にすればいい。『ダフネ』が負ければ所詮下級貴族風情、と馬鹿にすればいい。どっちに転んでもこちらにとっては面白い結果とは言えないが。

「そうですね。……治癒魔法を使える人は?」

 そう周りに問うてみれば、従者の1人が手を挙げる。

「ならば問題ないでしょう。……模擬刀と言えども、骨の1本や2本折ることなど容易いですからね」

 従者から軽すぎる模擬刀を一振り受け取り、ノイエに笑顔でそう言ってやれば、流石に少々顔が引き攣った。

 うん、こいつが顔を引き攣らせるのは割と面白くて好きだな。




 そして心配そうなノイエの母、別の意味で心配そうなノイエの父、興味津々な貴族に見守られる中、庭の開けた場所でノイエと向かい合って立っていた。

「では、魔法は禁止。体に剣が当たったり降参したりした時点で負け、という事でいいな?」

 ノイエがルールを確認してくるが、まあ、そんなことは関係ない。

「分かった。では始めよう」

 こういう時にはこういう時の作法がある。

 お互い剣を構えて礼をし、そして、開始。

 素早く間合いを詰めてきたノイエに対して、防御は考えずに首を狙って剣を振ってやれば、ノイエは咄嗟に攻撃より防御を優先して剣を引く。

 バックステップで間合いを取ってからすぐフェイントをかけるように突進してやればやはり防御を優先する。

 ……動きはそこまで悪くない。小心者故、らしい。

 そのまま数度打ちあい、組み合う形になった。

 こちらは表情1つ変えずにいられるが、ノイエは全力で押しているらしい。

 少し組み合った後、バックステップで距離を取ってからフェイントをかけるように一瞬で体勢を切り替えてノイエに突っ込んでいくと、咄嗟ながらも完璧に防御してくる。

 その後はこちらが防御する側に徹してノイエに押させてみた。

 ……攻撃となると、微妙に精彩を欠く。いや、違う。微妙に正確では無くなるのか。

 感情任せになるのだろうか。……しかし、そうは言っても力強く打ち出される剣は中々の脅威かもしれない。

 こいつがバグったら、間違いなくレヴォルより強敵だろう。

 レヴォルは新米の魔術師だった。ノイエは魔法が使えるとは言ってもそれが本業という訳では無いからその威力はお察しという所だが、バグった時に物理的な戦闘力が跳ねあがり、更に魔法的な戦闘力まで備わる、となると、中々のバランス型、戦いにくい相手になりそうな予感がした。

 ……やはりこいつにはイベントで死んでもらうのが良さそうだ。


 その後数度、激しい剣戟となり、その間にノイエの太刀筋をできる限り分析した。

 そしてノイエの体力が尽きかけてきたところで、ノイエの剣と打ちあう瞬間に上手く剣に魔力を流して剣を壊す。

「なっ!?」

 ノイエからしてみれば打ちあおうとした時の衝撃を想定していたのに、あまりに手ごたえの無い感覚と共に相手の剣が折れ砕けたのだからたまったものでは無かっただろう。

 その破片の幾つかはノイエを傷つけ、ノイエの剣は『ダフネ』の手刀で止められる。

 ……これで引き分け、というところだろう。

 これは、本来なら『戦闘力』が互角の時にのみ起こるイベントの分岐だ。

 しかし、『戦闘力』がノイエを凌駕してしまっているのならば手を抜けばいい、という考え方は間違っていなかったらしい。

 無事引き分けイベントに分岐してくれたので、こちらの面子もノイエの面子も保たれた。

 これでノイエの好感度もそこそこ大きく上昇した事だろう。多分。




 貴族連中は最初こそ唖然としていたものの、誰かが喝采を送った事に引きずられ、その内皆が喝采を送るようになった。

「いや、素晴らしい戦いでしたな」

「模擬刀とはいえ、剣が折れるだなんて!」

「流石に剣が付いてこられなかったのだな!」

 どうせ戦いのやり取りの意味なんて分からなかったのだろうに、貴族連中は好き勝手に講評を述べつつノイエと『ダフネ』を称賛する。

 魔力で剣を破壊した、ということに気付く人はいないようだ。

 バグったレヴォルの時もそうだったが、やはり見えない、見えにくい使い方をする分には魔法はばれにくいようだ。そして、その存在はあまり一般的では無いのだろう。

 ……この手品は今後も使えるかもしれないな。




 その後は適当に貴族連中やノイエと会話して、その日はお開き、という事になった。

 帰りもユグランス家の馬車に乗せられて帰される。

「お帰り、ダフネ!どうだった?ノイエって、俺達が奴隷やってた時に来た貴族だろ?大丈夫だったか?」

「剣を折ってきたよ」

 ヒモ野郎と適当な受け答えをしてから疲れを理由に寝室に篭る。

 そして、『他プレイヤーの様子』を見てみることにした。

 ……もう1人の『ダフネ』は順調だな。もうエーリックとノイエで2股をかけつつリエルを買う、という事をやっている。

『甲』の条件を満たそうとしているプレイヤー達はもう貴族になって、カジノに入り浸っているようだ。

 そして『乙』の条件を満たそうとしているプレイヤー達は……。

 ……これは。

 あるプレイヤーの『取得装備アイテム』の欄に、『シロツメクサの花冠』という、見た事の無いアイテム名があった。

 ……イベントは非・VR版と同様でも、装備アイテムまで同様だとは、確かに、明記されていなかった、な。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ