12話
舞踏会は貴族になったら必ず参加させられる行事だ。
拒否権は無い。
非・VR版ではもう何の選択も無しに「今日は舞踏会だからいかなくちゃ!」と勝手にイベントが進行していた。
そしてそれにはドレスの着用が求められる。
当然『宵闇のドレス』しか持っていないのでこれで行く事になる。
鎧、兼、ドレス。高性能である。
……というか、舞踏会イベントへの参加を見越して『宵闇のドレス』を鎧にしたというべきかもしれない。
『宵闇のドレス』を売ればぎりぎり鎧が買えないことも無かった。しかし、舞踏会イベントの事を考えるとこうなってしまった。
……流石に『魔剣・エクスダリオン』は持っていかないが、それ以外は戦闘時と何ら変わらない恰好である。
まあ、ある意味では舞踏会も戦場と言えるだろう。問題あるまい。
王城までは馬車を呼んで乗せていってもらう。
1周目を含めると3回目の王城だが、やはりこういう場は好きでは無い。人の視線が集まるのが嫌だ。
……さっさとイベントを済ませて帰ろう。
ノイエ・ユグランスは身長が高い。ユキノなら公式設定の身長と体重を全て覚えているかもしれないが、生憎ゲームと関係ない所までは覚えていない。
それでもぱっと見るだけで180cm程度はあるのだろう、ということ位は分かった。
そして、そのおかげですぐノイエを見つけることができた。
誰かと歓談するでも無く、誰かをダンスに誘うでも無く、ただ壁の花と化している。
つまり、ぼっちである。
……何とも言えない。
……それでも約束は守ってもらわなくては。こちらだって大見得を切ったのだから。
真っ直ぐノイエに近づく。人ごみは勝手に避けてくれるのでこちらから避ける必要も無い。
流石に、ここまで人が反応していれば嫌でも気づいたらしい。ノイエがこちらを不審げに見る。
そして暫くこちらを見つめて、やっと気づいたらしい。いきなり顔色が悪くなった。
「エスコートしていただけるのだったな?ノイエ・ユグランス殿?」
とどめとばかりにそう言ってやれば、それはそれは面白い顔をしてくれた。
「……ダフネ嬢、だったか」
「覚えていていただけたとは、光栄だな」
そう言ってやると、ますますノイエの顔が引き攣る。
「鉄格子をへし曲げる女を誰が忘れるものか」
鉄格子。ああ、二重の意味で、か。
「鉄格子など案外脆いものだ。で、さて。忘れたとは言わないで頂こうか。……一曲お相手願えますか?」
……全プレイヤーを探しても、ここまでノイエに壮絶な表情をさせた人は他に居ないだろう。
流石、見栄で生きている中級貴族なだけあり、ノイエの舞踏は完璧だった。
そういえば非・VR版でも「見た目だけは完璧」と揶揄されていたか。
……正直、舞踏より武闘の方が得意なのだが、それでも数日間の訓練の成果か、舞踏の方も恙なく進行できる程度の腕前にはなっていた。
そして、ノイエが突然入れてきたアレンジにも瞬間的に反応して対応できるだけの筋力があって本当に良かった。……反応したらまた顔をひきつらせてくれたのでこちらからアレンジを入れ返したが、それも難無く返されてしまった。
そうして1曲の間にひたすらお互い無言でアレンジを入れては捌き返す、という攻防を繰り広げ、1曲終わった時には疲れ果てている有様だった。いや、ノイエが。
「もう1曲お相手願えますか?」
そんな状態の所申し訳ないが、是非もう1曲、と笑顔で迫った所、ノイエは折れた。
2曲目は攻防も特に起きず、無難に終了した。流石に疲れ果てている相手を虐める気にはなれない。
……散々渋面させておいて何を、とも思うが、一応この舞踏会の目的はノイエを虐める事では無く、ノイエの好感度を上げる事である。
……上がったのか。あれでも上がったのだろうか。
多分上がっているな。
……ノイエが必要としているのは自分と対等に向き合う存在だ。多少ぎすぎすしていようが何だろうが、とりあえず同類として認められればそれでいい。
そういう意味では大成功と言えるだろう。
2曲目を終えた直後、別の貴族達から次々と声を掛けられる。全てがダンスの誘いだ。
一応、舞踏会で華麗に踊りまくっていれば名声が上がる。しかし、どうせ明後日からは魔物討伐に出るし、その時の上り幅だけで十分に名声は足りるのだ。よって、此処で踊る必要は全く無い。そしてノイエとのイベントは起きた。もうここにいる必要はない。
ということで、寄ってくる貴族たちの誘いを全て断ってさっさと帰宅する。
さて、早く寝て明後日の魔物討伐の為にコンディションを整えておかなくては。
翌日、目が覚めると、既に朝食ができていた。
「ああ、ダフネ、様。おはようございます」
「やめろ気持ち悪い」
何を思ったのか、リエルが朝食を用意し、そして敬語で話しかけてきた。
「申し上げた通り、ダフネ様は俺を奴隷として扱うべきです。なので早くそれに慣れて頂こうかと」
……まあ、仕様だから仕方ないのだが。仕方ないのだが。仕方なくはあるのだが!
「お召し上がりください。お口に合うか分かりませんが」
「だからその口調をやめろ。頼むからやめてくれ」
『敬語を止めさせる』というイベントはイベントとしてきちんと用意されているのだが、今回はそれを起こしている時間が無い。よってそれはスルーする予定なので、イベント外でこの背筋を虫が這いまわるような感覚を催す口調を止めさせたかった。
「ダフネさ」
「やめないと今すぐここから放り出すぞ!」
ヒモの癖に生意気なんだよこいつは!
「……わかった。しょうがないな、家の中だけだからな、ダフネ。もし俺を連れて外に出るような事があればその時はちゃんとしてくれよ?」
だからテメエは何様なんだ!このヒモ野郎がああああああ!
ヒモ野郎にむかつきながらもなんとか押さえて部屋に篭って表情筋の訓練を行う。
……正直、これ以外に『容姿』を上げる手段が思いつかない為表情筋を鍛えているが、それでも『容姿』は着実に上がっていっている為このままいこうと思う。
そして翌日。
「おはよう、ダフネ。魔物討伐軍に参加するんだってな?その、気を付けるんだぞ」
ヒモ野郎に何とも言えない見送りをされつつ、しかしそんなことはどうでも良くなる程度に気分も明るく魔物討伐に出かけた。
もう、この魔物討伐だけがこのゲームにおける心のオアシスだ。
『続きまして、エーリック・エルヴァラント様より出陣に先立ちましてご挨拶を……』
忘れていた。
そうだった。わざわざ『容姿』を上げることよりも次期国王エーリックとエンカウントするイベントを優先したのにはわけがある。
ここでイベントが1つ起きるからだ。
……エーリックが壇上に上がって実にありがたいお話をして下さるのをぼーっとしながら眺めておいた。
これで次に会うときには『お前次期国王だろ』と言える。これでいい。
そしてありがたいお話群も終了し、討伐軍は出発した。
1日目と2日目はそれぞれ何事も無く終了したのだが。
……3日目。つまり、イベント日
「アンタですよね、『雨呼び』のダフネ、って。女なんか滅多にいないから、すぐ分かりますよ」
忘れていた。
こいつもいた。
次から次へとどいつもこいつも……!
「ああそうだが。……お前は?」
「レヴォル。レヴォル・クレヴェール。魔術師です」
今回はユキノ成分0だが、その代わりにこいつを今すぐ殺すことができない。
こいつにはヒモ野郎を消してもらう為の爆弾になってもらわなくてはいけないからな。
「そうか。魔術師とは心強い。よろしく」
鍛えた表情筋を活用しつつ片手を差し出すと、戸惑いつつもレヴォルはそれをとった。
「よろしく、お願いします」
ああ、デジャブ。前回もこうだった気がする。
レヴォルだのヒモ野郎だの中級貴族のボンボン……はまだそうでもないが。それらの鬱憤を晴らすべく、魔物に対して存分に八つ当たりさせてもらった。
時には本陣から大きくはなれてでも獲物を狩りに行った。
こういう時も『宵闇のドレス』は便利だ。何せ、闇だ。返り血に塗れてもそれを吸収してますます闇を濃くするだけで、汚れるという事が無い。
なので専ら汚れるのはドレスから出ている部分、手足や肩、背、そして頭部、という事になる。
……それらを赤く染めて本陣に帰還した時は剣を向けられた。新手の魔物だと思われたらしい。
そうして順調に軍は進み、5日目。
骨の竜が現れた。
お久しぶり、といった所か。一度戦って何事も無く勝っている相手だけに、新鮮味はないが。
……さて、レヴォルはどうやって出しゃばってくるのか。
折角だから出しゃばられる前に倒す……タイムアタックとでも洒落込んでみるか。
骨の竜に向かって駆ける。
後ろからレヴォルの声が追いかけてきたが、無視して突っ込む。
そして骨の竜が吐き出した魔法のようなものを横跳びして避け、そのまま跳躍する。
そのまま竜の首に着地。もう翼を狙うなどというまどろこしいことはしない。
最初から首を狙いに行く。竜の羽ばたこうとする翼より早く、関節の継ぎ目を狙って一刀で首を落とす。
骨の竜は碌に飛ぶこともしないままこと切れる。
特に何も難しいことは無かった。前回同様だ。
……自分でも中々の速度だったと思う。満足だ。
振り返ると、遠くの方でレヴォルが唖然としているのが見えた。
……とりあえず満面の笑顔で親指を立てておいた。
「すごいですね。スケルトンドラゴンを1人であんなに早く殺すなんて」
その日の夜、火の前で昨日取った肉を焼いていた所、レヴォルが寄ってきた。
「空飛ぶクラゲよりは戦いやすかったぞ」
これはイベントでは無い。イベント外のVR要素、という事なんだろうが。
……こいつがバグる所を一度見てしまっているからか、いつバグるか分からないというか、気を抜いたらバグりそうで怖い、というか。
あの時とは状況が違う。霊水晶もきちんと用意してあるし、バグった時のこいつの驚異的な身体能力も生命力も知っている。油断もしない。
……しかしそれでも、必ず勝てる、とは思えないのも事実だった。
出来ればバグらずに穏便に死ぬ所まで行ってほしいのだが。
「レインジェリーフィッシュ、ですよね。……何か理由でもあるんですか?」
「すまない、もう一度言ってくれないか?」
考えていたら、かなり頓珍漢な事を言われたような気がして聞き直す。
……会話に集中しよう。下手な返答をしたらバグる、とかだったらたまったもんじゃない。
「……魔物を殺す理由でもあるんですか?」
レヴォルは魔物を憎んでいる。
だからこそ、この若さ……15歳で魔物討伐なんかに出ている。
そして、『ダフネ』は。
……何故だ。
プレイヤーの意図としては、名声を上げて魔王関係のイベントを進める為、なのだが、『ダフネ』の視点では……。
「私は孤児だ。両親が何故居なくなったのかは分からないが、な」
少し考えて、『ダフネ』の行動に理由を付けるとしたら、こういう理由が最も相応しいと思い、そう答えた。
これから『ダフネ』は己の出生を知る為に行動していくのだから。
「あ……すみません。俺、嫌な事を聞きましたね」
「何、気にするな」
……シミュレーションは経営と戦略に限る。恋愛シミュレーションは苦手だ。
主人公とプレイヤーの間の溝を感じるから苦手だ。
主人公が何を考えているのか、プレイヤーが動かすことでどういう主人公になるのか。効率を求めたらそこに一貫性が見いだせない。主人公とプレイヤーの目的が乖離する。だから苦手だ。
……それでも、今回のプレイを通して、『ダフネ』をできるだけ作り上げたいと思った。
それがこのゲームを作った人への矜持だ、とも。
それからレヴォルはちゃっかり肉を食ってから戻っていった。
……好感度、つまりはこいつ自身の死の為だ。我慢、我慢、と。
『いとも容易くスケルトンドラゴンを1人で屠った『雨呼び』のダフネを前回同様に表彰したいと思う』
そして討伐は終わり、前回同様に表彰された。
賞金を貰って帰宅する。
……ああ。忘れていた。
「ダフネ!お帰り!怪我は無いか?」
このヒモ野郎がいたんだった。
「ああ、怪我は無いが疲れた。早く眠りたい」
「風呂を沸かしておいたから入っちまえよ。それとも、飯が先がいいかな?」
……ああ。早く殺したい!