11話
そして作法だの『容姿』だのの訓練を行い1日過ごした翌日。
……何やら、窓の外に不審者がいた。
如何にも、といった感じの不審者である。不審であることを隠そうともしない不審者である。
なんというか、如何にも『魔王が偵察に寄越した』といった風情の不審者である。
……しかし放っておこう。これは魔王の誘拐イベントフラグの1つ【不穏】だ。
此処でとっちめてみたらさぞ面白いんだろうが、イベントが進まなくなるといけないからな。
とりあえずこれはそのまま放置。好きなだけ観察でもなんでもするがいい。こっちはどうせ作法を頭に叩き込むのに忙しいだけなのだから。
そして『容姿』の特訓と作法の勉強に明け暮れ、ケーラ(3月)23日。ギルドにグリスタリア(4月)の魔物討伐の登録に向かう。
……仕方ないのである。
名声が上がらないと魔王誘拐関係のフラグが立たない。そして名声を上げる最も手っ取り早い方法が魔物討伐であるというだけだ。
それにレヴォルにもエンカウントしないといけない。だから仕方なく行くのだ。仕方なく魔物討伐に参加するのだ楽しみだなあ。
登録を済ませて翌日はまた『容姿』と作法の特訓に明け暮れ、更に翌日は町に出た。
貴族街では無く、普通の市場である。
1周目で散々気を遣っていたのはこいつとのエンカウントを避けるためだった。
イベント日の2日に1度、つまり仕事日も合わせると4日に1度。次期国王『エーリック・エルヴァラント』とのエンカウントが起こる。
『エーリック・エルヴァラント』は次期国王ではあるが、国王の息子では無い。
国王の弟の息子にあたり、つまりは『ダフネ』の従兄弟だ。尚、両親は死去。現在は叔父である国王の庇護下にある。
性格は至って温厚……と見せかけて、非常に計算高く腹黒く独占欲が高い。
しかしそれでいて国王になる自信が無い。しかもその癖に国王になる以外に自分の価値を見いだせていない。つまり色々と拗らせている奴である。
だがそんなことは知らん。殺す。
「おっと。あ、ごめんね。大丈夫?」
市場で必要でも無い装飾品の露店を冷かしていた所、そいつはぶつかってきて勝手によろけた。
こちらは予測できていたこともあり、微動だにしていない。
「怪我は無い?」
「ああ、大丈夫だ」
ちなみに、こいつは次期国王なのだがまだ国王では無いという身軽さを存分に利用し、こうやって4日に1度のペースで『お忍び』に来ている所だ。
「そちらこそ大丈夫か」
「僕は大丈夫だけど……あ、服が」
エーリックが手に持っていた露店の菓子……チュロスのようなものに煮詰めた糖蜜が絡められたもの、がぶつかった為、服にそれの糖蜜がべたり、と付いていた。
『宵闇のドレス』だと黒い分目立たない気がして汚れの目立ちやすい白っぽい服を着てきたのが功を奏し、中々に汚れが目立つ。
「気にするな。大した服じゃない」
表情筋トレーニングの成果を存分に発揮して笑顔を見せてやれば、ますます申し訳なさそうな顔をする。効いているのかいないのか、まるで分からん。
「いや、でも」
どうしよう、と慌てるエーリックに対して、普通だったらこんな事言わないよな、と思いつつ、非・VR版に習ってこう提案してみる。
「どうしても気にするというなら、その菓子が売っていた店に案内してくれないか?食べてみたくなった」
「そんなことでいいのかい?」
それでもどこか申し訳なさそうなエーリックは案内に留まらず、その菓子を買ってくれる。
非・VR版もこうなるので予想はしていたが。
菓子は矢鱈と甘かったが、不味くは無かった。……甘いものが苦手でなくて良かった、と、つくづく思った。
「ところで、名前を聞いていなかった。私はダフネという。あなたは?」
「え?ええと、僕は……僕はリック。時々市場に来てるから、また会うかもしれない。その時はまたどこか、美味しいものを売ってるお店に案内するよ」
爽やかな笑顔を浮かべながら偽名を名乗り、エーリックは去っていった。
……再会するまでに、そんなに時間は掛からないのだが。
そしてその翌日は29日の舞踏会に向けて必死に色々な事を頭に叩き込み、更に翌日は貴族街に向かった。
奴隷を購入する為である。
「奴隷を買いたい」
表向きは只の装飾品店だが、金の入った袋をカウンターに乗せながらそう切り出せば、店主はにやり、と笑う。
「どんなのをご所望で?」
「リエル、という男の奴隷を探しているのだが」
……実は、ここでリエルの名前を出さない方が足元を見られずに安く買える。
しかし、ここでリエルの名前を出した方がリエルの好感度が上がるのだ。金で買えるならその方がいい。
どうせ金はまた来月になったら魔物討伐で増える。
「リエル、でございますね。少々お待ちを」
店主が奥に引っ込んで、何かリストを持ってくる。
「はい。うちにリエル、という奴隷は確かに居りますが。確認なさいますか?」
「ああ」
そして店主に連れられて店の奥に入ると、そこは少し前に見た風景だ。
薄暗く湿っぽいそこを進むと、奴隷の見張りらしい人が見え、そしてその人はこちらを見て居住まいを正す。
「お客だ。リエル、という奴隷がいただろう。あれをご所望だ」
「はい。分かりま……え!?」
……そして、こちらを見て明らかに動揺した。
「久しぶりだな。あの時は申し訳なかった。あれから鉄格子を一本曲げてしまったのだが、それも直ったか?」
檻の扉を蹴破ってしまった時の見張りだった。
「え、あ……は?」
「おい、何をしている。早く客人を案内しろ」
見張りの人は哀れにも、店主にせっつかれて挙動不審なまま『ダフネ』を案内することになった。
……別に取って食う訳でも無いのでもう少し落ち着いてほしい。
そして、リエルと1月ぶりの再会、という事になった。
「おい、出てこい。お前を買って下さるお方がいらっしゃったぞ」
こちらから距離を取りながら見張りの人がリエルの檻の鍵を開ける。
リエルはまるで生命力の無い顔でこちらを暫く見つめ、そしてやっと気づいたのか、その途端に目に光が戻ってきた。
「だ、ダフネ!?」
「遅いじゃないか、リエル。あまりに遅いから迎えに来てしまった」
少々恰好を付けながら言うも、リエルは唖然としたまま口をぱくぱくさせるばかりだ。
そして檻から出されて、新たに首輪を付けられる。
こちらはこちらで幾つか契約書を書いて、代金……500000ペタルを支払う。
店主から幾つか奴隷の扱いについてレクチャーを受け、リエルを連れてあっさりと帰宅。
こうして晴れて、奴隷を購入することができた。
「さて、と」
そして家に着いて真っ先に、リエルの首輪を外す。
これがまた面白い代物で、付けている間は主の命令を必ず聞くようになるという魔法の首輪だ。
面白いのでいつかどこかで使ってみようと思うが、とりあえず今は外しておく。
「リエル、これで晴れて自由の身だが、どうする?」
「え、どうする、って」
こいつは余りに奴隷歴が長すぎたためか、こういうときどういう顔をしていいのか分からないらしい。……笑っておけばいいんじゃないだろうか。
「花屋でよければ1つ、就職口に心当たりはある。そこを紹介してもいい。他に職を探したいならそれまでここに居てもいい。リエルのしたい様にしてくれ」
勿論、心当たりの花屋というのはペロミアさんの所である。
……一度挨拶に行った方がいいだろうか。いや、次に行くときは殺しに行くときだろうな。うん。
「したいように、って、言われても……お、俺、よく分かんないんだ。いきなり自由、って、言われても……」
急に子供返りでもしたのかこいつは、というレベルでおろおろしているが、こうなるのも予定調和という奴だ。
「じゃあ分かるまでここに居ればいい。……とりあえず飯にするか」
おろおろしっぱなしのリエルは放っておいて台所に入る。
焼き鳥丼とかでいいだろうか。しかし2人前か。
……よく考えたら食費も2人分になるのか。このヒモめ。くそ、早く殺したいが殺せるのはまだ先だ!
食後、一部屋空き部屋を片付けて寝床を作ってリエルの部屋にした。
部屋は無駄に数があるから問題ない。
「い、いいのか?俺は奴隷なのに」
「首輪が外れているのに何を言っているんだ」
「で、でも……俺に、奴隷にこんな事してたら、ダフネの評判が下がるんじゃないのか?」
……事実、貴族からは余り良い評価にはならないだろう。中級貴族のノイエからリエルの扱いについての小言を貰うという有難くないイベントも存在する程度なのだから。
「そういう事を言わないでくれ。リエルは私にとって恩人なんだ」
一応、一応はリエルのおかげで脱出できた、ということになっているのだから。一応は。
「そう言っても……うん、分かった。俺、暫くここで厄介になる。よろしくな。けれど、ダフネもちゃんと俺の事、奴隷扱いしてくれ。少なくとも、外では絶対だ。な、頼むよ」
と、まあ、こういう所が落とし所、という事になる。
「気は進まないが、善処しよう」
……さて。とりあえずこれでリエルの方は大丈夫か。
何せこいつは、グリスタリアが終わると他の貴族に買われて行方不明になってしまう。
それまでに逃がすなり買うなりしなければならなかったのでここで買う事になった。
ここからはまた別の攻略対象相手に忙しくなるからな。
……とりあえず次は明後日の舞踏会か。