10話
とりあえずその日は公園で夜を明かした。
紛れも無く浮浪者である。とりあえず朝になったが、花屋に戻るのも問題だろう。今の身分は『奴隷』である。つまり、仕事日はこう、ぶらぶらと公園辺りをうろつくしかないという。
……脱走中の奴隷がこれでいいのか不安だが、少なくとも非・VR版ではこうだった。
多分大丈夫だろう。多分。
そしてその日は1日公園でぶらぶらしつつ戦闘訓練を行い、その翌日、カジノに向かった。
「ダ、ダフネ!?お、お前奴隷に」
「気にするな。闘技場に参加したい」
当然、カジノの人には戸惑われたが仕方ない。脱走中の奴隷でもまたカジノに来れるシステムになってるのが悪い。
そしてまたしても申し訳ないが、闘技場で連勝を重ねた。
『不死鳥の如く舞い戻って来た女戦士ダフネ!常勝・無敵!こいつは何連勝する気なんだーッ!?』
観客の歓声に応えながら、しっかりと報酬のコインを貰う。
……貰うが、目当てはそっちでは無い。
『雨の石』。25連勝の景品である。
これを使えば好きな時に雨を降らせることができる。
……『ステラ・フィオーラ』ではランダムで雨が降る。そして、雨が降った時専用のイベントもあったりするなど、中々奥が深い。しかし、当然ながらこのログアウト不可の状況では、セーブ&リセットもできない。ランダムで降る雨なんて待っていられないので、このアイテムは是非取っておきたかった。
そして、雨の日の魔物討伐で出てくるボスモンスターが、だな。
倒すと名声が多目に上がる。
……ついでに言うと、レヴォルの好感度も多目に上がる。
これを利用しない手は無い。
そしてカジノで勝ちまくれば金にもなるので、必要な物を買う資金も得られる、という訳だ。素晴らしきかなカジノと闘技場。
翌日は霊水晶や鍋といった『美味しいお肉セット』の準備も終了した。
霊水晶は武器にもなることが判明したので、多目に買い込んだ。
……霊水晶屋のおねえさんに「魔法使えるんですか!じゃあ要らないじゃないですかやだー!」みたいな事を言われたが、魔法を使えない友達用なのだと誤魔化して売ってもらった。
くれぐれも暴発には気を付けろ、と言われたが、暴発させる目的で買っている以上暴発させると思う。申し訳ない。
更に翌日には無事ギルドでの登録も終了。そして待ちに待ったケーラ(3月)の魔物討伐。
今回は『宵闇のドレス』の性能実験、『炎の指輪』を使った戦闘訓練も兼ねている。そして何より、デスゲームだという事を心がけて安全第一にいこう。
……それでもMVPをここで取らないとこの先のイベントが大幅に破綻するのも事実である。
安全に、それでいて本気で……つまり、前回同様にいこう。それでいい。
討伐軍は雨の中の進軍となった。
1回、魔物が弱いうちに雨の中での戦闘を経験しておきたかったので『雨の石』を早速使ったのだ。
……雨の中で歩きにくい、と文句を言いながら歩く討伐軍の烏合の衆の皆さんには申し訳ないが。
「前方に魔物を発見!」
そう言う声を聞いて飛び出してみると、思っていたより近くまで魔物は来ていた。
雨の中だから視界が悪い、という事か。
できるだけ魔法で戦う事を意識しつつ、魔物を片付けていく。
この討伐の間に『炎の指輪』で魔法を使い慣れておかないと、他に訓練できる場所があまり無い。
積極的に魔法で戦う事にする、が……。
……炎の魔法で魔物を倒してしまうと、その後の楽しいお肉タイムに支障をきたすことが分かった。
ちゃんと血抜きした肉を焼くから美味いのであって、生きたまま焼いた肉を食ってもそこまで美味くない。
勉強になった。
それから『宵闇のドレス』は、思いのほか防具として有能だという事が分かった。
『魔法銀の鎧』を装備して戦っていた時も極力、攻撃は避けるようにして戦っていた。
鎧の局所局所にわざとぶつけたりいなしたりする技術は流石に持ち合わせていなかったからだ。
そして、とにかく当たらないように戦う、という戦い方をする分には、軽く機動性も悪くない『宵闇のドレス』は割と高性能な防具として機能した。
裾は思うように動き、時には煙幕の様にも使える。多少傷ついても闇でできている為、すぐ元に戻る。
……そこまで悪く無かった。
そんなこんなで雨中進軍になったが、5日目無事国境付近まで到達。
そして……来るのだ。ボスモンスター的存在が。
魔物討伐5日目が雨になった時にだけ出てくるレアなモンスター。
それは空中に浮く、巨大なクラゲだ。
何やらファンシーなそれに『炎の指輪』から出した炎をぶつけてやれば、それの脚が焦げてそれは空中でじたばたする。
そしてクラゲは何やらよく分からない奇声を発すると、脚を鞭のように振って攻撃してくる。
バグったレヴォルに比べればなんてことはない速さなので普通に見切って避け、ついでに脚を数本切断。
それにますます怒ったらしい空飛ぶクラゲは雷系の魔法を使ってくる。
……よく考えたらこういうまともな魔法を使ってくる相手と戦うのは初めてだな。
折角だからクラゲには訓練に付き合ってもらおう。
雷の魔法を何度か放ってもらって、見切って避ける練習をする。
見ればその内避け方のコツも掴めてくる。あれだ。魔法は発動の時に空気の流れというかなんというか、そういうものが変わるみたいだ。そうなったらとりあえずその空気の流れから離れればいい。
それから数分雷の魔法を避けながらクラゲにちくちくと『炎の指輪』でダメージを与えていきつつ、飽きた所で斬って止めを刺した。
……クラゲは雨に溶けて消えてしまった。
食えない奴だ。全く。文字通り。
帰り道でもとにかく大量に魔物を屠る事を心がけた結果、ケーラ(3月)の魔物討伐でMVPを得ることができた。
『その機知に富んだ戦いぶりでレインゼリーフィッシュを1人で屠った女戦士ダフネを表彰したいと思う』
できるだけ堂々として表彰され、賞金を貰う。
……昔からこういった表彰の類は得意じゃない。
何時だったか、小学生の頃だったか、中学生の頃だったか、作文かなにかがコンクールで偶々入賞した時に全校朝会で表彰された事があったが。
何百対もの目が自分を見ているというあの感覚。どうでもいいことで拍手を浴びる羽目になるという気まずさ。
……今表彰されているのは『ダフネ』である、という感覚がこのどうしようもない気まずさに耐えさせてくれた。
成程、VRゲームの主人公というのは、自分を守る盾でもあるらしい。
ゲーム機の画面みたいなものか。納得した。
そしてその翌日。
「『雨呼び』のダフネ様であらせられますね?」
……成程。こういう二つ名になるのか。『クラゲ殺し』よりは良いかもしれないが。
「はい」
「先の魔物討伐軍での多大なる功績を表し、ダフネ様には下級貴族位が授与されます。つきましては、明日、登城していただきたく」
勿論、今回はこの話を受ける。
貴族にならないとまともに会えない攻略対象がいる為だ。
「……という事で。ではまた明日、お迎えに上がります」
……前回同様の事を言って、王城の使いの人は帰っていった。
……公園のホームレス相手にご苦労様な事だなあ。
「そなたが『雨呼び』のダフネか!」
そして翌日、王城の使いがやってきて王城へと連れて行かれ、1周目同様に国王の御前へやってきた。
今回はこの国王も抹殺対象である。
よく観察しておこう。
……できれば持病か何かがあってトメント(12月)までに病死でもしてくれればよかったんだが、丸っこいフォルムの割に健康そうな印象を受ける。
やはりいずれ暗殺するしかないな。
「ふむ、顔をよく見せてみよ。……ふむ、どこかで会ったことがあるかね?」
「いえ。私は孤児でしたのでとても国王様とお会いできる身分ではございませんでした」
フラグが立っていない状態で「お父さん!」をやってみてもいいのかもしれないが、なんとなくそれも不安なので他人という事で通す。ストーリーとしてもその方が自然だし仕方ない。
「……ふむ、そうか。いや、すまんな。……して、そなたの功績は余の耳にも届いておる。『レインジェリーフィッシュ』を一人で屠ったと言うではないか。いやはや、この細い体の何処にそんな力があるのか、不思議なものじゃのう」
国王はにこにこと言葉を続けていく。
「……して、だな。そなたの功績をたたえ、そなたに下級貴族位を授与することとした。受け取ってくれるかね?」
「謹んでお受けいたします」
作法も何も知ったものじゃないが、まあ、元々公園のホームレス程度にそんなものは期待されちゃいないだろうし問題ないだろう。
「おお、そうかね、そうかね。それでは褒賞として、小さいが屋敷と、報奨金1000000ペタルを与えよう」
しかし、自由度が高くなるという事は逆に、何をしていいか分からないという事にもつながるな。
下級とはいえ貴族なんていうものになってしまうのだからさぞこれから面倒なことと思われる。
「これからもこの国の為に頑張ってくれ。これからの活躍に期待しておるよ」
そしてにこにこと国王にそんなことを言われつつ、帰宅、もとい与えられた屋敷とやらに案内された。
……小さいが、と言われたが、普通の一軒家よりは大きい。
成程、確かに貴族の家としてみれば相当に小さな部類なのだろう。
しかし、別に家なんて6畳1間でいい位だ。これだけの広さなら何にも困りはしない。むしろ広くて落ち着かないかもしれないが。
「何か分からない事があったらこちらをご覧ください」
家を一通り見て回った後、なんともメタい台詞と共にタクシー係……使者が渡してくれたのは一冊の本だ。
貴族は一体何をしたらいいのか、みたいな内容や、貴族の礼儀作法の一通りが書いてあるらしい。
……まあ、基本的に下級貴族には領地が与えられる訳では無く、単純に家と金と名誉が与えられる程度なので、月末の舞踏会に顔を出して中級貴族に「下には下がいる」と思わせて安心させてやることだけが仕事という事になる。
……こんなんでいいのか非常に心配だが、それほど魔物討伐のウェイトがこの国では重い、という事だと解釈しよう。
『貴族』の仕事日は非・VR版では何をやっていたのか良く分からなかったが、VR版になっても良く分からなかった。
……何をやったらいいのかまるで分からないので、とりあえず表情筋の訓練をしながら礼儀作法の訓練を行う事にした。
舞踏会では中級貴族のノイエ・ユグランスと再会することになる。
見得を切った以上、その時に失敗するのは避けたい。
……しかし、下級貴族って、ふつうはどうやって生活するんだろうか。
……日給2500ペタル、家賃抜きで生活できるんだから、1000000ペタルあれば400日は生活できることになるが……逆に言うと、それしか生活できない。
下級貴族は普通に働きながらやるものなのだろうか。下級貴族という身分は名誉程度な扱いのものなのだろうか。この国、大丈夫だろうか。
しかも、だ。奴隷を買ったりしたら、ますます金が無くなるんだが。
……どうせ来月も魔物討伐はある。
その時稼げばなんとでもなるだろう。