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1話

 VR謎解きアクションアドベンチャーゲームのテストプレイ抽選に落ちた。


 倍率が倍率だったからそこまで期待もしてなかったものの、やっぱり落ち込むものは落ち込む。

 ……これで今月落ちたVRゲームの抽選は3つ目だ。

 1つ目はFPSガンシューティングのVRリメイク。

 2つ目は新作のアクションRPG。

 ……そして今回の謎解きアクションで3つ目。

 運が無いというか、確率論的にはこれが普通というか。

 まあ、諦めずにやってればその内当選するんじゃないだろうか。

 VRゲームブームとあって、テストプレイの応募には事欠かない。その中から興味のある物を選んで応募し続けていれば結構な数になる。

 下手な鉄砲も数撃ってれば当たると信じよう。

 憂さ晴らしと厄落としを兼ねて、抽選に外れた旨を伝える印刷文を丸めてゴミ箱に放った。




 気晴らしがてら、少々アンティークなゲームに勤しむ。

 VRゲーム機は高価なので手が出ない。だからテストプレイに応募するしかない訳で。

 別にVRじゃないゲームが嫌いな訳でも、VRゲームが至高と思っている訳でも無い。むしろ、この手の『アンティーク』と呼ばれるようになってしまったゲームを好ましいと思う。

 ただ、VRゲームも一回ぐらいはやってみたい、と思うのも事実だ。……折角だし。


 1時間程プレイして3つ目のダンジョンを出た所で、電話が鳴った。

 ゲームにポーズを掛けてから電話に出る。

『もしもし、今大丈夫?RTAとかしてない?』

 ユキノだった。

 ……真っ先にこういうセリフが出てくる所が、流石付き合いが長いというか。

「やってたら電話になんか出ない」

『あー、それもそっかあ。えっとさ、来月の23日って、暇?』

 電話という至極アナロジカルな通信手段をとってくるあたり、緊急の用事なのだろう。

 手帳を出して見るまでも無い。その日は抽選に落ちたアクションRPGのテストプレイ予定日だった。

 つまり、暇。

「空いてるけど、どうした?」

『んっとねー、VRゲームのテストプレイ、受かって。で、参加がペアでどうぞ、ってなってたからどっかなー、って』

 おおおお!本当か!それは是非……と、思ったけれど、ここで一旦冷静になろう。

 ユキノは、決してゲームが得意では無い。

 見ていてイライラハラハラするプレイングをしてくれるレベルの腕前だ。

 それが応募するVRゲームのテストプレイ。

「ジャンルは?」

『シミュレーション』

 ……ユキノは下手の横好きで色んなジャンルに手を出してるから戦略シミュレーションなのか経営シミュレーションなのか恋愛シミュレーションなのかまるで分からない。

『乙女ゲーム『ステラ・フィオーラVR』です』

 ……そっちか。

「専門外だ。パス」

『だって予定空いてるの、もうイサナしかいないんだもん!大体イサナ、前やってたじゃん!乙女ゲーム!』

「『イベント全部埋めたいんだけど埋まらない~』っつって持ってきた本人がそれを言うのか!」

 ……あの時は酷かった。

 ユキノが『イベント全部埋めたいんだけど埋まらない~。イサナ、助けてー』と……あの乙女ゲームを持ってきた。

 その時は報酬につられて引き受けたが、その日の内に後悔した。

『イベント全部埋めたい』んだから、埋まっていないのは精々1桁で、それもなんらかの形でミニゲームとか、そういうアクション要素がちょっと入ってたりする奴だけかな、と思って引き受けたのに。

 そんなことは、全く、無かった!

 あろうことか、特定のキャラクターとのEDを迎えるために通ったイベントと、それに失敗した時のイベントしかまともに回収できてなかった!

 埋まっていないイベントの条件も完全に手探り状態。

 ……なので、その乙女ゲームを、それこそ自分が生ける攻略本と化すまで延々とやる羽目になったのだった。

 その結果、真に不本意ながら、アレの攻略情報は殆ど全て記憶している。 かなりやりこまされたからな……。

 正直報酬が無かったらユキノの頼みでもやらなかった。

 今は報酬があっても二度とやらんと決めている。

『そうは言っても、絶対やると思うなー。今回の報酬はなんとーっ!……VR謎解きアクションアドベンチャーゲームのテストプレイ参加権です』

「何っ」

 ……もしかして、釣り餌として用意する為か?その為に応募して通ったのかこいつは!?

 有り得る。十分にあり得る。それができるほどの強運の持ち主なのだ、こいつは。

『やるでしょ』

「……やります」

 世の理不尽さに泣けてくるが、それでもプレイできるなら幸運なのだろう。

 その為に1日、ちょっと自分の趣味とは違うゲームをプレイするというだけだ。

『じゃあ23日、よろしくねー!』

 こうして……VR乙女ゲームのテストプレイに参加する羽目になったのだった。




「ごめーん、待った?」

「いや、今来たとこ」

 そして当日、待ち合わせの会場最寄り駅の改札前でユキノと落ち合う。

 いつもの如く、2人とも予定より15分程早い。

「それじゃさっそく行ってみよー!」

 ユキノは嬉しそうに歩き出した。

「楽しみだねー、『ステラ・フィオーラVR』!」

『ステラ・フィオーラ』。

 今回テストプレイすることになった大人気乙女ゲームの名称であり、ユキノにコンプリートさせられたゲームの名称でもある。

 今回テストプレイする『ステラ・フィオーラVR』は、以前やった『ステラ・フィオーラ』のVRリメイクだ。

 ……乙女ゲーム。

 この手のゲームは専門外だ。

 前回の非・VR版のプレイ時、何度ゲーム機の液晶を刺突しそうになったか。

 何が悲しくてイケメェンに吐きそうなセリフを吐かれなければいけないのだ。

 拷問だ。拷問でしかない。吐く。吐くぞ。砂糖を、では無く胃の中身を、だ。

 こんなもんをやってられるユキノの気がしれない。いや、元々、相成れない嗜好をお互い持っているという事は分かっているがな!

 このゲーム、非常に残念なことに殺し合い・殴り合い等々ができるイベントが無い。

 いや、結果として攻略対象が死ぬパターンはある。けれど、意図して殺すパターンは無い。当然だ。攻略対象殺してどうするんだっつの。

 ……しかし、それでもこのテストプレイへ参加しようと思う決め手になったのは第一に報酬。

 そして第二に、これが『VR』であるということだ。

 どこまで実装されているかは分からないが、少なくともこの『ステラ・フィオーラ』はファンタジー世界を舞台にしたゲームだ。

 そんな『ステラフィオーラ』には魔物討伐というイベントがある。主人公のパラメータによって成果が変わり、それによって攻略対象の好感度や名声といった部分に影響するイベントである。

 それがきちんと実装されていれば中々面白いと思われる。

 VRの魔物をVRの体を軋ませて殺しに行く。剣で、魔法で、道具を駆使して。

 イケメェン共には会わなければいいだけの話……あ。

 駄目だ。

 それ、駄目だ。

 ……魔物討伐イベントに2回参加すると、漏れなく新米魔術師と遭遇する。

 あのちょっと生意気な後輩枠のあれにツンデレられるのは避けたい。

 ……しょうがない。攻略対象とエンカウントする危険性は排除していくべきだ。精神の安定の為にも。

 ……まあ、あれだ。筋トレだけ、という相当無味乾燥なプレイになるだろうが、テストプレイなんだから、そういう変なプレイヤーが1人ぐらい混じっていた方が主催者側としてもいいんじゃないだろうか。いや、都合のいい憶測だが。




 そして会場に着いた。

「わー、すごーい」

 ユキノが感嘆の声を上げる。

 会場はピンクオレンジを基調とした華やかな装飾がなされていた。

 ピンクオレンジはこのゲームのイメージカラーだ。華やかで実に女の子らしい。……ユキノには似合うな、こういうのが。ああ、全く。本当に。ユキノに『は』。

 受付を済ませて、奥へ進む。

 ……じろじろと受付嬢に見られた。

『なんで男が居るんだ』っていう目だ。

 分かっているとも。自分が場違いだっていうこと位、自分が一番良く分かっているとも。はいはいすんませんしたー!

 くそ、だから嫌だったんだ!やはり報酬に釣られても来るべきでは……いや、しかし、VR謎解き……。

「イサナっ、行こ!」

 しかしユキノが腕を絡ませてくることで、視線が和らいだ。

 ……恐らくだが、ユキノの彼氏だという盛大な勘違いをされたんだろう。

 こういう場所に不慣れな彼女の為に付き合ってあげる彼氏、という風に。 つまり、そういう相手が居るのだから乙女たちを食い荒らしに来た無法者ではない、と判断されたのだ、きっと。失礼な。

 ……まあ、好きに勘違いしてもらっていい。どうせ9割9分9厘、二度と会わない人たちだ。

 万が一二回目に会う人がいたら、いつも通り保険証でも見せれば誤解は解ける。


 進んだ先で諸注意等を受け、さらに奥へ進む。

 そこには高価なVRマシンが所狭しと並んでいる……訳では無かった。

 薄絹と花で飾られた高級ホテルの一室のような場所に、一見そうとは分からないVRマシンが並んでいる。

 ……無駄に金掛かってるな。

 ユキノはこれがお気に召したらしくはしゃいでいる。

 とりあえず、他の至ってまともにテストプレイしようとしている女の子たちからいい場所を奪うのは気が引けたので、できるだけ隅の方の装飾が少なめな(あくまで比較してだが)VRマシンを選ぶ。

「それじゃーイサナ、頑張ってねー」

 ユキノが手を振って、VRの世界に入っていく。……手馴れてるな。

 ……アナウンスに従ってVRマシンを操作する。

 すると、意識がVRの世界に落ちていくのが分かった。成程、これがVRゲームの感覚か。

 微かな浮遊感と酩酊感に包まれながら、目を閉じる。

 ……さて、ゲームスタートだ。




 目を開く。肉体の目じゃない。精神の目、意識の目、というべきか。

 つまり、VR世界の自分の目だ。

 ……この感覚は慣れるまでに少しかかるかもしれない。


 目の前には文字が浮かんでいる。

【キャラクター作成】

 まあ、最初はこれだろう。

 ……しかし、VRという事は自分自身が主人公なわけで、『乙女ゲームの主人公の名前は絶対に自分の名前にしない!』派の人々はこれをどう乗り越えるんだろうか。

 始めからVRの乙女ゲームをやらないのだろうか。それとも、『ヒロインちゃん』の視点で物語を進めるという体でプレイするのだろうか。

 思う所はあるが、進めないとゲームが始まらない。


 ……さて、どんな見た目の主人公にするか。

 非・VR版の『ステラ・フィオーラ』にはこの要素は無かった。

 収集物の1つであるスチル画、という奴の都合だろう。

 主人公の見た目が変えられるとしたら、その主人公の数だけスチル画を描く必要がある。

 それによるイラストレーターへの負担だけでは無く、ゲーム自体へのメモリの圧迫という罪にもなる為、そんなものを用意する事は出来なかった訳だ。

 しかし、VRだ。スチル画なんて必要ない。

 ともなれば、『より自分に近づける』為、或いは、『より自分好みのヒロインにする』為にこういう機能が付いていることにも納得がいく。

 身長と体重は自分のものをそのまま入力する。下手に慣れていない体で動くのは避けたい。

 体型などもバランスよく適当に決めていく。(胸はAAにすることを忘れなかった。)

 髪と瞳の色はデフォルトのまま、黒。RGBで言う所の『000000』だ。


 あとは誕生日を入力する。

 適当でいい。適当で。

 ……いや、1月1日にしよう。

 誕生日には、その時最も好感度の高い攻略対象が祝いに来てくれる。

 うっかり攻略対象と会ってしまわないとも限らない。会ってしまったら好感度0でもそいつが最大だ。

 ……万が一に備えて、誰とも出会わないでいられる日のうちに誕生日を消化しよう。

 ええと、ピネラの1の日、と。


 それから名前だ。

 このゲームのデフォルトネームは『アメリア』だ。攻略対象によっては特定の名前にした方が効率がいい場合もあるが、今回は筋トレして終わるだけだからこのままでいい。

 よし、これでキャラメイクは終了だ。

 後は『ステラ・フィオーラ』のゲーム終了時まで延々と筋トレを続けていれば終了だ。できれば魔物討伐もやってみたいが、危ない橋は渡らないに限る。イケメェンなんぞに遭遇したくないからな。

 2週目があったらそっちもまた筋トレだ。

 永遠に筋トレだ。

 それでいい。平和に過ごそうじゃないか。

『以上でよろしいでしょうか』

 表示された文字に『YES』と呟けば、いよいよゲーム開始だ。

 ……さて、楽しい筋トレの時間だ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ユキノとイサナの性別はどっちなんだろう? 保険証のくだり的には女っぽいけど、さて? 最近叙述トリック作品読んだばかりなので無駄に警戒してしまいます(苦笑) [一言] 2015年の作品なの…
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