家外戦争、終結
「サラヴィス様。よろしいですか?」
「……」
「ハンク、シュフトが苦戦するゴーレムが三体現れました。他にも、数々の奇襲を受けてしまい劣勢なのは明白です。幸い、死者、重傷者が出てないないうち投降するのが得策かと」
「よくお考えください。リカールに負けようとも、ノヴァイルに負けるわけではありません。体勢を立て直せば何時でも、ノヴァイルを攻めることは可能です」
「……しかし…」
「私に考えがあります。それに、万が一に備えたユークリッド様の呪いがあります」
「…言いたいことは分かった。お主に任せよう。万が一は……後々考えよう」
「ありがとうございます。ハンク、シュフトへは後々ご説明をお願いします」
「うむ」
ラヴェールは通信で言っていた様に、空に向けて花火を打ち上げた。
数分後、結界の匣が一つ飛んできた。封筒と一本の縄?
封筒の中身には簡潔に言うと、縄を使い、気球を手繰り寄せ、それを使い南門へユークリッドを連れて来いと書かれている。
上手い。ごく少数の人間しか地上に出られないようにし、数での攻めを封じてきた。
いや、他にもそうだ。気球に乗れないよう団長二人をゴーレムで足止めさせている。
一つの仕掛けが二重、三重と機能し、他の仕掛けとも上手く連動している。
一生でここまで考えられた策に嵌められたことはない。ここまで後手に回ったこともない。
投降することは最悪の一手であるが、リカール潰せるかもしれない一手でもあった。
必ず本人がユークリッド様を引き受けに来る。何故かは分からないが勘がそう言っていた。
ユークリッド様を引き渡す前に
私自身が一手を打とう。
「あー、そこの銃持った君。そう、君君」
「はっ、何でしょうか?」
「一緒に来て」
ふふ、保険は必要。それにこれは戦略的なもので卑怯でも何でもない。
なんだかリカールが一体どんな人間なのか気になった仕方がなかった。
気球を手繰り寄せ、ユークリッド様、私、そしてさっき呼んだ兵士を乗せた。歩いている最中にユークリッド様に事情を説明した。相変わらず表情から感情は読めなかった。
城壁を越えるとき、そこで兵士を降ろした。
「これから、会う人を狙撃して。タイミングは…そうね。私が攻撃を仕掛けたら、でいいかな?」
「は、はっ」
ここで口答えしないとこほは誉めてあげよう。
気球を動かし、南門へ降りた。
見晴らしが良いところを選ぶセンスも悪くない。お互い何も隠していない証明になるしね。
「お前は…確か軍師の…?」
「はい。サラヴィスの軍師を勤めさせています。ラヴェールです」
「…リカールだ。そちらにいるのはユークリッドだな?そいつを引き渡してもらおうか?」
「その前に一つ、私的な望みを良いですか」
「…何だ?」
「私も団長を名乗る一人。あなた様の腕を試させてはもらえないでしょうか?」
リカールはおそらく人を殺さない主義、もしくは、それだけの余裕がある。奇襲の類いの全てに人を殺す仕掛けが全く無いがその理由だ。だから、ここで私が何を言おうと死ぬことはない。
「投降して分際で図々しいとは思いますが、相手の実力も知らないままおめおめと帰るわけにはいきません。駄目でしょうか?」
私は一つのことに賭けていた。
リカールの数々の奇策は自分の実力が大きいことをわざわざ示すようなものが多かった。
つまり
本人は極端に強いか、極端に弱いという二択になる。
始めに気球に乗って来たのはおそらくリカール本人だろう。だが、迎撃される際に無抵抗だった。
道具に頼る、もしくは、あらかじめ張った罠が機能しないと強くないタイプだと思った。
もし、実力があるなら乗り込んでくることも考えられた。しかし、それはしなかった。
この考えはあくまで仮定にすぎないため、軍を動かすことは出来なかった。
だから、私自身がそれを確かめに来たのだ。
強者ならこの誘いを断らず、軽くあしらう程度終わらせるはずだ。断れば弱者と認めたこととなり、それでも仕掛けさせてもらう。
さぁ、どう答える?
「…条件がある」
受ける!
いや、相手も引くに引けないと悟ったのかもしれない。
だから、条件を出してきた。間違いない。
「一撃。私は攻撃をしない。だが、お前は一撃だけを放つ。それでどうだ?」
願ったり叶ったりだ。私が背負うリスクが無くなった今、この条件を呑む以外はない。
「…分かりました。一撃。試させてもらいます」
腰の刀に手を伸ばした。
もし、女で軍師ということで油断しているなら
一太刀でその首を跳ねる。
強度、重さを犠牲にし産み出した、切るのみに特化したこの刀。
そして、騎士団長にも劣らぬ居合い切りで、
一撃で終わらせる。
柄にそっと手を添え、最善の体勢をつくる。
一歩で間合いに入り、一薙ぎで切り裂く。
呼吸を整え、静かに眼を閉じた。
集中し、最高の時に技を放つ。
それだけを意識しろ。
一閃
リカールの横を通り過ぎた時には刀は鞘に収まっていた。
手応えはあった。
仮に防いでいたとしても狙撃がある。万に一つも生きてはいないだろう。
確実である勝利を確かめるため、静かに振り向いた。
ーーーーーーーーーー
一閃。
速すぎる一撃が右斜め下から襲い掛かってきた。
だが、その程度。
刀身を右手で握り、切り抜かれる動作に合わせへし折った。
しかし、遠方から迫る銃弾に気付かず反応が遅れた。余裕のある左手で銃弾を掴みにかかった。驚いたので思わず目を閉じてしまったがなんとか掴めた。
あんの女!卑怯な!
だが、取り乱してはいけない。冷静にリカール演じるんだ。
ユユの方を見ると目を丸くして驚いている。それもそうだ。なんたって俺の周囲に家は無い。敷地外で凄まじい攻撃を受け止めたことに疑問を抱いているのだろう。
はは、それは後ほど。
「…この程度か?」
「……はははっ、何だ。強いじゃん」
「戯れはここまでだ。約束通り、ユークリッドは連れていく」
ユユとの距離を詰め、肩に触れた。
「安心しろ。今すぐゴーレムの動きは止める。沈下した地盤も引き上げる。食料もこちらから手配しよう」
「…何で敵にそんなことするの?」
「敵?勘違いしているようだが、私は戦う意思は無い。言った通り、ただ、ユークリッドを預かりたいだけだ。それに今回そちらに及ぼした被害も不本意なもの。アフターケアをするのが筋というものだ」
全て本心だ。
始めから戦う気は無かった。だが、ノヴァイルとの戦争を避けるためにこういう手段を選んだだけだ。
ユユを拐えば戦争は延期、もしくは、中断になるだろう。
それに、その方が誰も殺さず、殺されない。
全ての理想が叶う手段だからここまで頑張ったんだ。
「…さらばだ」
魔法を使い、家に瞬間移動した。
ーーーーーーーーーー
は、はは、はははっ。
始めっから負け戦ってことか。
いや、最初から相手にもなってなかった。
何て報告すればいいんだろう?
どんな報告でも納得するだろう。それほどに、リカールは天才で強者だった。居合いを行った私ですら気付かない速さで刀を折り、銃弾までもものともしなかった奴に勝てるはずがない。後始末もしてくれると言っていたし、何より嘘臭くなかった。
あんなに腹立たしかったのに、今では清々しいのが不思議だ。
悪意も敵意も感じられなかったから?
圧倒的な実力差だから?
分からない。
ただ、今まで生きてきて一番面白い奴に出会ったと思った。
三章、完




