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FREE STAR

掲載日:2014/12/30

半月の月が蒼く淀みを含んだ丑三つ時。


かつては隆盛を誇った残り僅かな星の砂をかき集める行為は、工業革命後のこの国では今や時代遅れと言わざるを得ない程に衰退した職種であった。




―――月の砂漠、という土地がある。国から3キロ程離れた、草花一つ生育されはしない、生命の枯渇した土地。


その昔は星の砂が最も多く降る場所として、様々な豪商達がこぞって砂を集め、天然の砂を高い値段で売却することを生業としていたが―――工業革命以後、人の手を加えてほぼ同じ成分を持った人工砂に株を奪われ、多くの商人はそちらの生産に汗を流した。天然にこだわった商人は尽く廃れていった。


旅人、ガヅマは紐が千切れざんばらになった長髪を結わいながら、煌々と星の光り輝く夜空を見上げながら一息つく。



―――今夜はあの街で宿泊か。安い宿があれば良いのだが。


旅の商人として、『星の砂』の名に魅了されない者は皆無だ。ただ、それは天然の砂が顕在であった頃の話である。


度重なる富豪達による搾取、工業革命の弊害で産まれた環境汚染は土地の生命を絞り上げ、挙げ句星の砂はもはや幻と化した現在、この土地に訪れる商人は絶滅危惧種とも形容すべき存在だ。


―――何、可能性は零じゃあないさ。

ガヅマは、烏の様に黒々とした瞳を輝かせる。

異国で手に入れた情報を頼りにこの土地にまで辿り着いた。


まだ、この土地は―――星の砂は、死んでなんかいない。


ガヅマの瞳は、探究心を失ってはいなかった。



~~~


「それでは、2000ダラーとなります」


「高い。もっと負けてくれないのか」


「このところ不景気なんでねぇ。悪いね兄ちゃん、此処がこの区域で一番安い宿だよ」


「相分かった、もういい。


………さて、どうしたものか」


かつては星の砂の大量生産で、世界の中心と呼ばれる程に隆盛を誇ったこの国も、資源不足により粗悪品が流通して、今は見る影もない。


薄汚い宿一つ泊まるにも4ケタの数字を提示する程にこの国の経済は後が無い。


「野宿しかない……な」


ガヅマはそう呟き辺りを見回す。


スラム、という言葉を形にするならば正に今のこの状況だろう。力無く横たわる酒臭い中年男性。縮こまって寒さを凌ぐ少年。赤子を抱いたままうなだれる母親。恐らくは国の現状をこの場所が全て表している。畑地一つない砂漠に佇むこの国においての生命線は間違いなく星の砂だった。だがそれさえも失われた今現在、国民が困窮に喘ぐことは必然だ。食物も輸入も間に合ってはいないのだろう。


あの宿屋の男も――健康には見えていたが、背後の棚には何一つ物が遺っていなかった。彼も切羽詰まっているに違いない。


星の砂無しにこの国に長く居座る必要は無い―――ある程度の情報が手に入った後には国を出ようとガヅマは決心した。


「そこの若いの、旅の人かな?」


しわがれた声が聞こえ、振り向く。震える手で杖を突いている老人が、使い古された布切れ―――襤褸を被り、片手に唯一の灯である松明を握っていた。


「そうだが」


「もしや……と思い聞いてみるが、星の砂目当てにこの土地に足を運んだわけかな」


ガヅマは謎めいた老人に向かい、肯定を示す頷きを見せる。すると老人は力無く乾いた声で、嘲笑とも思える笑い声を上げた。


「何がおかしい」


「いや………まさかのぉ、この国の惨状を知ってか知らずか、未だにそんな滑稽なことを申す人間が存在するとはのぉ」


瞬間、ガヅマは腰元に装着した護身用の短剣をその老人の首に向ける。短剣の尖端は老人の首筋に肉薄しており、ガヅマが少しでも手を滑らせれば、老人の命は一瞬で事切れるだろう。


「私はあまり嘲られることになれていないんでね、おかげで気も短いんだ。落ち着いている風には見られるがね」


「カッカッカ……老い先短い老いぼれを虐めても何も得る者は無いぞ、旅人よ。何………此処で会ったのもまた縁じゃろう、一つわしの知っている限りの情報、必要ならば教えてやっても良いぞ?」


ガヅマは暫く無言を貫いたが、老人の物怖じしない態度に敬意を示し、短剣を鞘に戻した。ガヅマの次なる言葉は決まっていた。


「是非とも教えていただきたい」


老人は再び「カッカッカ」と乾いた笑い声を上げると、そのまま狭い路地へとガヅマを誘い込んだ。


~~~


「大分寂れているな」


「テクノロジーを応用した効率的な工場生産………名目的にゃなんも間違えたことは言うとらん。然しながら発展の背景には、ここ一帯に広がる荒廃した町並みと、骨と皮だけになるほどにやせ細った労働者達の犠牲があるんじゃ」


光さえも届かない町で老人は迷いのない足取りで土を踏む。ガヅマはその老人の足取りを追って行く。


四方を壁に包まれた月光のかけらさえも指さない突き当たりで、老人は立ち止まる。


「旅人よ。これを」


老人は右手をガヅマに向けて差し出した。


老人の手には一握りの砂が握られていた。細かいシワの間から漏れる淡い光。それがまさしく星の砂であることは、ガヅマの瞳は見抜いていた。


「どうしてそれを」


ガヅマの質問に対して、老人はしわくちゃの顔を更に歪ませて笑みを作った。カラカラと、骨と骨をすり合わせたかのような軽快な笑い声が寂れた壁に反響する。


「この老いぼれも伊達に長く生きてきたわけではないんでのぅ、長年貯蓄したこの砂を少しずつ小売りしていたお陰で、細々としぶとく生きてきたわい。じゃがもう無駄な足掻きをするのは止めたんじゃ」


老人は左手に握られた袋に、砂をさらさらと流し入れた。流線を描く砂は、月光を反射し、赤、青、黄、緑と美しい光彩を放ちながら袋の中へ吸い込まれていく。


「旅人よ。僅かじゃが、この砂を君に授けよう。胸懐に大事に仕舞っておくもよし、さっさと売り払って換金するもよし。老い先短いわしが意味もなく持っているよりはこの砂も幸せじゃろう」


老人は少し陰りのある笑みをガヅマに対して見せた。まるで何か心残りがあるような。


「私のような無法者に渡して後悔は無いのか。初対面の老体に刃を向けるような者を」


そう尋ねると老人は再びカラカラとした渇いた笑い声を響かせる。


「旅人はそのくらい無鉄砲なほうが向いとるもんじゃ。そうでなければ野垂れ死にが関の山よ、ほれ」


老人はガヅマの手を掴み、僅かな星の砂が入った袋を無理矢理、まるでこれからの人生に託す様に、手渡した。


その瞬間。


老人の手が少しずつ、少しずつ砂の様に崩れ落ちていく。


否、それは紛うことなく砂だった。老人の身体は砂塵になり崩れているのだ。手、足、顔。微小な変化でありながらも、その変化は確実に人間の身体の概念さえも崩していく。


「あんた………!!」


驚嘆の表情を見せるガヅマに対して、老人は尚も平然とした表情でガヅマを見据える。頑とした眼差しだった。


「良いか、旅人よ。死は常に御主の背中にへばり付いておる。御主が地べたを這いずり回る時、海を渡り空を飛び国境を跨ぐ時、未開の地への第一歩を踏み出す時、死は常に御主と共にある。

この砂を手にして御主の運命がどう変わるのか、はたまたこの砂を手にする運命だったのか。


わしには分からぬが、ただ一つだけ、旅人よ。御主の武運を―――」


「待て!」




―――ガヅマが叫んだ時には、既に老人は居なかった。ただ、先程まで老人が立っていた場所は襤褸と大量の砂塵が残されているだけであった。


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