閑話
宗教国家エルテミス、その玉座の間で三人の男が話をしていた。一人は冠を被り、その年老いた身体を玉座に沈めている。対する二人はまだ若く、一人はどこか人を見下した雰囲気を纏っていた。そして最後の一人は、前の二人の話に憤りを感じていた。
「王よ、お考え直し下さい! 我々の為に〝魔帝討伐〟に行き、そして勝利した〝勇者〟を更に利用するなど! これが王族のする事ですか?!」
「黙れ、第二王子よ……お前はまだ若い……我らの〝勇者〟を我々が利用し、何が悪いのだ」
「そうだ、弟よ。所詮〝勇者〟と言えど〝平民〟の者……我らの為に働くのは当然の事なのだ」
王の言葉に反論する第二王子に、王と第一王子は困ったように諭していた。
「だが、第二王子の言葉も一理ある。……二人の内どちらかが娶ってはどうだ?」
王は第二王子の言葉に少し考え、さも名案だと二人に言った。
「私は反対です! 利用する為、今度は妻にせよとは……父上は王として……」
「口が過ぎるぞ! これは王の決定なのだ!……貴様が嫌なら私が貰おう。勇者殿は最近、特に美しくなられたと聞く……それに私の妻になれば〝王族〟に成れるのだ。勇者殿も感謝するだろうよ」
その言葉を最後に玉座の間に高笑いが響き渡る。ただ一人、第二王子だけが怒りに身体を震わせていた……
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王宮の長い廊下を、一人の魔術師が歩いている。その顔を怒りに歪めて。
「これが王族の考えか……反吐が出るね!」
彼女の名はヘレン。三年前、ナオトの『魔術』の師匠であった。
(この儘ではあの子達が危ない……もう、息子の時のような後悔は御免だ!)
彼女が『魔術師』になったのは復讐の為だった。まだ世界に『魔王』が蔓延っていた頃、息子夫婦が目の前で『魔王』に殺されたのだ。そして彼女は己の無力に嘆き、復讐の為『魔術師』と成ったのだ。彼女は寝食惜しんで知識を溜め込み、魔力を高めていった。それでも復讐を果たし、『魔王』を討伐したのは数年の年月が過ぎた後だった。そして復讐を果たした彼女は生きる意味を失い、言われるがまま王に使えたのだった。だが、彼女の空虚な心を癒す事は無かったのだった。
それが変わったのは三年前、ナオトとの出会いだった。
黒い髪の色、瞳の形、少し逞しい体つき、どこか息子と似ている子供だった。
その子供は、彼女を見て言った。
「え~と、俺、ナオトって言います。これからよろしくお願いします、〝師匠〟」
そう言ってお辞儀をしたのだった。
それからの日々は彼女にとって久しぶりに訪れた楽しい時間だった。『初歩魔術』を成功させたと喜ぶナオトと一緒に笑いあった事、剣技の訓練で傷付いたナオトを治療した事、勇者を入れ三人で食事をした事など、その時間は彼女の心を少しずつ癒していったのだった。
そして旅立ちの日、彼女はナオト達に力を貸そうと共に旅立つつもりであった。それを止めたのは『王』。彼女が仕える人物であった。彼女は仕方なく、ナオト達を見送ったのだった。
そしてある日、ついに『魔帝討伐』の報告がエルテミスに届いた。二人の無事を知り、彼女は久しぶりに『神』に感謝したのだった。しかしその後、彼女は王族の不審な動きに気づいた。そして先ほどの会話。彼女の怒りは頂点に達したのだった。
そして彼女は動き出す、大事な二人の為に。再び己の無力に嘆かない為に。
なにかを決意した足音が、王宮の廊下に響くのだった。
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何処かの森の中を、ひと組の男女が歩いている。
男は黒髪、その背に大きな剣とリュックを背負っていた。
女は金髪、肩からバックを下げ、道端の草を摘んでいた。だが、そのバックは既に一杯。彼女は少し考え、男の背負ったリュックの中に仕舞い始めた。
「奥さん、奥さん、そんなに薬草摘んでどうするの?」
彼は困ったように彼女に声を掛けた。流石にリュックの中身が薬草臭くなったら困るのだ。
対する彼女は、頬を膨らませ言った。
「次の町で、少し高い宿に泊まる為に薬師に売ってお金を増やす為です。匂いは我慢して下さい、旦那様」
その答えを聴き、彼は少し考える。
「なんで?別に普通の宿で良いじゃん。わざわざ高い宿に泊まる必要なんて……」
「女には色々あるのです。それとも……〝妻〟のお願いを無視しますか?」
彼女は彼を悪戯っぽい眼で見つめた。こう言われれば、彼は弱いのであった。
「はいはい、分かりましたよ。……今夜、覚えてろよ」
彼が不貞腐れて言った最後の言葉は、彼女にしっかり聴こえていたようだ。
彼女はクスクス笑った後、彼に微笑みながら言った。
「はい、楽しみにしておきますね。ナオト」
二人は歩いていく、『宗教国家エルテミス』に向かって。
少し仕事が忙しくなってきたので、次の投稿に時間がかかるかも知れません。
頑張って執筆するので皆様お許し下さい。
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