第七話
唇を重ねた彼から、強力な力を感じた……
抱きしめた彼の身体から、強く鼓動を感じた……
彼を侵食していた『漆黒』が、染み入るように消えていく……
「ナオト……」
私は唇を離し、彼に呼びかける。
彼は私の声に反応し、瞳を開ける。
「エリー……」
彼は私の名前を呼び、微笑んでくれた。私の大好きな、彼の微笑みだった。
彼は生きて還ってきてくれたのだ。
「ナオト……ナオトォォォ!!!」
私は再び彼に抱きつき、彼の名を連呼した。
涙を流し続ける私の背を優しく叩き、彼は言った。
「エリー、そういうのは後でしよう。今はするべき事が有るだろう」
私はその言葉に思い出す。戦いはまだ終わって無いのだ。
私は彼から離れ、女神を確認する。丁度あちらも、傷が治り起き上がったところだった。
「憎い……憎い……ニクイィィィ!!!私を傷つけた女が憎い!!!」
再び彼女は、『女神』とは思えない凄まじい殺意を放出した。その殺意に、私は知らずに身を竦めた。
「先ずは、その男を目の前で殺してから、お前も殺してやる!!!」
『女神』がそう言って一歩進んだ時、彼が立ち上がった。
「エリー、今度こそ決着をつけよう。」
彼はそう言って、『魔帝』が残した剣を構えた。その姿は、とても頼もしい。
私は、この人が要ればどんな敵とも戦えると思える程に……
「うん、やっぱりエリーは〝勇者〟なんだ。隣に立って居てくれるだけで、俺はどんな敵とも戦えると思えるよ。」
彼の隣で構えた私に、そう声を掛ける。二人で同じ事を考えるなんて、少し嬉しく思う。
私は彼に微笑みながら、意識を切り替える。
今必要なのは、『エリー』じゃない……
『勇者エレハイム』なのだから。
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俺は『魔帝の剣』を確認する。
分類的には、『ツーハンデッドソード』と呼ばれる物だろう。今まで使っていた『バスタードソード』とは長さも重さが違う。二、三回振りその事を確認した。
結果、今の俺では扱えない。
今までの剣通りの使用は無理。『魔帝の剣』と同等の大きさの剣を、扱った事も無ければ、知識も無い。満足な斬撃を繰り出すのは不可能だろう。
しかし、今回の『女神』に剣技は必要ない。
普通の敵とは違い、体力を削り合う戦い方など意味が無い。『女神』は『神』、肉体などいくら傷つけても『命』に届かないだろう。その事は、今までの戦いでなんとなく理解していたのだ。
だから必要なのは、その『命』に届く『最速の一撃』なのだ。
俺は思考する。『黒雷』はこの手に有るのだ。後は、その方法を見付けるのみ。
「エリー、俺の頼みを聴いてくれ……」
俺は考えた方法を、彼女に伝える。現状で実行出来るのは、この方法のみだと確信を持って。
「分かりました。私の〝白光〟、貴方と共に。」
作戦を理解したエリーは頷き、俺に微笑んだ。これで後は実行するのみ。
『女神』も完全に回復したようだ。最初の頃のように傷一つ無い姿に戻っている。しかし、顔には憤怒を浮かべ、此方を睨んでいる。
「壊れた〝玩具〟はもう要らない……最後まで足掻いてみろ! 〝人間〟!!!」
『女神』が力を貯め始める。次の攻撃で確実に俺達を殺す気なのだろう……
だから俺達も、準備を始める。『最速の一撃』を作り出す!
俺は『魔帝の剣』の刀身に片手を添え、属性発動音声、宣言。
「属性付与・〝黒雷〟!」
響き渡る轟音、激しい放電。今、『魔帝の剣』は『黒き雷』を纏った。
続けて、魔術発動音声、宣言。
「限界強化!」
今まで掛けていた『強化』を更に重ねる。肉体の限界まで強化する。体中が軋みを上げ、血が溢れ出す。どうやら治療した傷口が開いだようだが……構わない。今この時には関係ない!
しかし、まだ届かない。これではまだ、『女神の命』に届かない!
俺は『想像』する。願うは『空を走る一筋の雷』!!!
今度は足元で起きる轟音と放電。それは段々と大きくなっていく。
俺は剣を胸の側面に構えた。繰り出すは最速を出せる『刺突』。奇しくもそれは、エリーが魔帝に決着を着けた技と同じだった。
そしてエリーは俺に近づき、剣の持つ俺の両手にその手を添えた。俺達は頷き合い、エリーは『白光』を使う。
『黒雷』を纏った『魔帝の剣』を『白光』で包み込む。
こうして、総ての準備は整った。後は実行するのみ!
属性技術発動音声、宣言。
「稲妻走り!!!」
三度響く轟音、爆発し砕け散る床。正しく俺は、『一筋の雷』となって『女神』に突撃した。
対する『女神』も黙っていない。貯めていた力を放つが、俺が早く当たらない。そこで今度は、防壁を展開する。だが、そんなモノは『白光』の前では意味がない。俺は構わず突き進む。そして……
「ギャアアアアアアアア!!!」
剣が障壁を切り破り、『女神』の腹に突き刺さる。剣に付与した『黒雷』がその身と命を蝕み焼き焦がす。俺は力の限りに剣を押し込むが、不意に『女神』がその刀身を掴んだ。
「私は……神! こんな場所で死ぬものかぁぁぁ!!!」
剣を引き抜こうと抗い始める。物凄い力で押し返される。でも、俺も負けられない。こんな理不尽を認めない。此奴の『命』を奪うのを諦めない。
故に……
「蝕み、轟け! 〝黒雷〟ぃぃぃぃぃ!!!!!」
更に属性を開放した。刀身から溢れる『黒き雷』が激しさを増す。そして……
頭の中で、何かが砕ける音がした。
「アアアアアァァァァァァァ……」
『女神』の身体から力が抜けていき、膝から崩れ落ちる。それに伴い、『黒雷』も消える。すると、『女神』の身体が、端から光の粒に解けていく。もうその力も感じない。そこまで見て俺達は理解した。
俺達は、勝ったのだ。
「ナオト!!!」
エリーが俺に近づき、抱きついてきた。柔らかい感触と、その匂いに俺は安堵する。
俺は、『執着』する人を護れたのだ……
エリーをそんな気持ち共に、抱き返そうとした時……
「……アハハ、アハハハハハハハハ!」
『女神』の笑い声が響き渡った。俺達は驚き、『女神』を見る。もう、両手両足は無くなっていたがその顔は笑っていた。
「……私は、死ぬ。しかし、ナオトォ……」
俺を見る『女神』。その顔は愉悦に染まっている。
「お前はもう帰れない……。一生この世界で生きるしかないのだ!アハハハハハハ!!!」
事実を聴き、口を抑えるエリー。その瞳は悲しみに染まっていく。それを見て、更に笑い声を上げる『女神』……
「そんな事は、お前と戦う事になった時に覚悟している」
俺は、『女神』とエリーに告げる。何を今更……
「そもそも、俺は穴を開けろと頼んだが、必ず帰るとは言ってないぞ」
事実を告げ、懐から血塗れになってしまった手紙を取り出す。あれだけ出血したのだ、無理もないだろう。その手紙を二人に見せながら、俺は言った。
「俺はこの世界で夢を見つけたからな。元の世界に帰るつもりは、元々無かったのさ。でも、せめて手紙だけでもと思ってな」
「ナオト……」
エリーが嬉しいような、困ったような顔をしている。俺にこれ以上どうしろというのだ。
俺はエリーの事は後にして、『女神』に向き直る。
「残念だったな。貴様の思うようにはならないようだ。でも、ま、この世界に落としてくれた事は感謝してやるよ。有難う御座います〝女神様〟」
「畜生……畜生……」
『女神』そんな言葉を残し消えさった。そしてこの場に残ったのは、俺達だけになった。エリーは相変わらず、少し困ったような顔で俺に聞いてきた。
「ナオト……後悔は無いのですか? もしかしたら、元の世界に帰る方法が……」
「いいんだよ、あっちに未練は無いし、こっちじゃ、〝夢〟も見つかったしな」
エリーの言葉を途中で止める。本当は少し有るが、今はエリー優先だ。
「その……〝夢〟ってなんですか? もし良ければ、私も手伝いますから教えて下さい」
エリーは、俺がこの世界に残ってしまった事に罪悪感を感じているのだろう。そんな事を言ってきた。仕方ない、俺的にはもっとロマンチックな場所が良かったのに……
まさか『魔帝の間』で告白するなんて、思いもしなかった。
俺は一つため息をついて、エリーに語った。俺の気持ちを。
「俺の〝夢〟は、〝大好きな人をずっと側で護りたい〟だよ。それでね、〝大好きな人〟って、君の事なんだよ、エリー」
「……!」
エリーが頬を赤く染めながら、息を呑む。
「一目惚れだった。それからずっと、君が好きだ。だから、だから、俺と……結婚して下さい!」
顔が赤く染まって行くのが解る。告白とは、なかなか恥ずかしい。そんな事を思いつつエリーを見ると……
彼女は泣いていた。それを見て困惑する俺、まだ早かったか?
「御免なさい……私、嬉しくて……」
エリーは、そんな俺を見て涙を拭きながら言ってきた。安堵する。
「でも、私は今だ〝勇者〟です。いつか、それが貴方を苦しめるかも知れない……それが、私は怖い……」
エリーは不安なのだと思う。これから先、彼女が『勇者』という事を利用しようと、悪意ある者が彼女に近づいて来るだろう。それに俺を巻き込む事が、彼女は怖いのだ。
だから、俺は言葉を続ける……エリーとこれから先も、ずっと一緒に歩んで行くために。
「エリー、未来の事なんて俺には解らない。でも、俺は君の居ない人生なんて、もう考えられない。君の笑顔を、これから先もずっと側で見ていきたい。だから……だからね……」
俺は彼女に、微笑みながら言った。
「貴女と共に、歩ませてくれますか?」
彼女の眼から再び涙が零れる。しかし、彼女はすぐに涙を拭い、俺を真っ直ぐに見つめて……
「はい。私とずっと一緒に歩んで下さい。そして私を、貴方の〝妻〟に……〝家族〟にして下さい」
俺の大好きな笑顔と共に答えてくれた。
そして俺達は、どちらからともなく歩みより……唇を重ねた……
勇者が嫁になりました。
この後、閑話を挟んで第零章を終わりにするつもりです。
これからもよろしくお願いします。
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