第十一話
遅くなりました。
「ナオト、朝ですよ。起きて下さい」
耳元で囁かれたエリーの言葉で、俺は目を覚ました。
「おはよう、エリー」
寝ぼけたまま、上半身を起こし、身体を伸ばしながら朝の挨拶をする。
「はい、お早うございます」
エリーは返事をしながらベットに腰掛け、包帯を巻かれた俺の腕を手に取った。
「ちょっと傷口を見せて下さいね」
慣れた手つきで包帯を解いていくエリー。まあ、慣れたのは俺が怪我ばかりするからだろう。
傷口の確認をするエリーを何気なく見ながら、俺は昨日の事を思い返す。
たしか……寝るのに飽きて、部屋を抜け出して……
「あれ?」
ちょっと待て、俺は何時部屋に戻った? 剣を振っていたのは覚えてる。でもその後が思い出せない。
寝ぼけた頭を必死に回すが、駄目だ。しかし、思い出せないなら何も無かったのだと考え直す。
「うん、塞がってますね。もう、包帯は要らないでしょう」
一つ頷きながら、エリーは俺の腕に巻かれていた包帯を完全に取り払う。久しぶりに外気に触れた肌が寒さを感じるが、直ぐに慣れるだろう。
「〝苦いお薬〟が効いてよかったですね」
『お薬』……その言葉で、急速に復活する記憶。それに伴い途端に吹き出す汗、震える身体。
そして俺の様子を見ていたエリーは
「もう無理はダメですよ」
少し陰のある微笑みかけるのだった。
朝食を食べながら、俺は今までの経緯を思い出す。
此処は『エルテミス』にほど近い森の中に立つ一軒の家。所謂『魔法使いの隠れ家』と言っても良いだろう。ヘレンさんの『師匠』だった人から譲り受けた物らしい。作りは一般的な民家、『魔術』に関するものは、目立たぬ様地下に有るらしい。
『エルテミス』から逃げ出した後、俺達はヘレンさんに先導され此処に来た。ちなみに俺は途中で気を失った為、正確な位置は解らない。『兵士』達が探しに来ないという事は、かなりの森の奥地か、『魔術』で『認識阻害』な事をしているのだろう。
朝食を終え、今後の事を話そうと二人に視線を向けるが、
「さて、ナオト。話がある」
先にヘレンさんに話しかけられた。その表情は真剣、俺は姿勢を正し、表情を固くする。
「はい」
俺の姿勢に頷いたヘレンさんは語りだした。
「お前が寝ている時に、お前の身体を調べたのだけど……はっきり言おう、お前の身体はボロボロだ」
衝撃的な事実とはこの事か、ヘレンさんの言葉に汗が流れる。
「〝城〟での戦い方やエリーにも話を聞いたが、お前は傷付く度に〝魔術〟で傷を塞ぎ、戦ってきたね?」
俺は頷きで返事を返し、今までの戦いを思い返す。『魔帝』と戦うまでの道のりやその戦い、そして『城』での戦いなどだ。
「お前は〝魔術〟を過信しすぎだよ。〝回復魔術〟は〝傷を治す〟では無く〝傷を塞ぐ〟だけ……ちゃんと身体を休ませないと、身体の芯の損傷は治らないんだよ」
「!?……そう、なんですか?」
「知らなかった……ようだね。これは一般的な常識だよ」
ここまで聞き、自分の間違いに気づく。どうやら、俺は思い違いをしていたようだ。元の世界でゲームや小説などで得た『知識』で、俺は無意識に『魔術』とは『万能なモノ』と思ってしまった。考えれば分かる事だ、『回復魔術』で全て治るのなら、エリーの母親のような『薬師』……『薬学』など発達する訳が無い。俺はその事に、今更ながら気が付いたのだ。
「では……俺の〝身体〟は、もう治らないのですか?」
俺は口に溢れた唾を飲み込んでから問いかける。嫌な想像が頭を駆け巡り、呆然となる。
俺の様子を見た後、ヘレンさんは
「大丈夫だよ、ちゃんと身体を休ませれば治るよ」
微笑みながら言ってくれた。
俺は安堵のして息を吐く。これで『治らない』と言われたら、自暴自棄に成っていたかもしれない。そして気が付けば手に温もりを感じる。見れば、俺の手にエリーが手を重ねていた。
「だから、言ったではないですか。〝無理をしないで〟と」
そう言いながら、今度は俺の頬を撫でるエリー。
「私の為に傷付く貴方を……私は見ているのが辛い……」
その瞳に映る感情は『悲しみ』……そして零れる彼女の涙。
「お願いです……私の為に、貴方の身体を〝犠牲〟にするのは止めて下さい。私は、貴方と歩んで生きたいのです」
……俺は、本当に今まで『勘違い』をし続けてきたらしい。その結果、エリーをここまで悲しませてしまった。
エリーの『命』を護る事は、はっきり言えば『誰でも出来る』。その身を『盾』にすれば、『身体』を……『命』を護れるだろう。
でも、エリーの『心』を護る事が出来るのは、この世界で俺だけなのだ。
岩崎 直人は、エリーの『夫』なのだから。
「ごめん……俺は、自分の事を軽視してたみたいだ。俺は、君の〝夫〟なのにね……」
頬を撫でていた彼女の手に、自分の手を重ねる。
「でも……でもね。俺は君の事が何よりも〝大切〟なんだ。だから、君の事を俺の全てで護りたかった。それだけは、解って欲しい」
エリーの目を見ながら、本心を言う。決して『自己犠牲』に酔っていた訳じゃないと。
「ええ、貴方の気持ちは解っています。だから、私と同じように、自分の身体も大切にして下さい」
涙を流しながらも、微笑んでくれるエリー。そして、彼女はゆっくりと俺を抱きしめた。
「ナオト、長生きして下さいね。私は貴方と〝したい事〟が沢山有るのですから」
何処にも行かないでと、迷子になった子供のように俺を抱きしめるエリー。
「ああ、君を残して死なないようにね」
抱きしめ返しながら返事をする。
その後暫く、俺達は何も言わず抱きしめ合う。一頻り体温を交換した後、俺は何かを忘れているような気がしてきた。
「あ~そろそろ話を続けても良いかな?」
咳払いをしながら、ジト目で声を掛けてくるヘレンさん。すっかり忘れていた。
「兎に角、お前は先ず身体を治す事だね。しかし、自然治癒だと時間がかかる。そこで……」
ドンっと、テーブルの上に置かれる物体。それは、最早トラウマと言っても過言ではないアレだった。
「この〝薬〟を飲んでもらう。効き目は確かだろう?」
ニヤリと笑うヘレンさん。そうですか、貴女が諸悪の根源ですか。
「まあ、〝薬〟が苦いのは〝良薬〟の証拠さ。我慢して飲みな」
その言葉、この世界にも有るんですね。
「後は……もう少し〝エルテーニア〟の事を知ったほうがいいね。いつでもエリーが傍に居るとは限らないからね」
遇の音も出ない。最低限の知識で『魔帝討伐』に旅立たされた俺は、旅先で常識の無さでエリーに助けられた事が多々有った。
俺はこの先、『エルテーニア』で生きていくのだ。何時までもエリーに、オンブや抱っこでは……情けなさ過ぎる。
「そして、エリーには……私が知ってる〝魔薬〟の作り方を教えて上げる」
『魔薬』。その名前を聞いて思い浮かぶのは、『隊長』や『兵士』達の姿。
「ヘレンさんそれは……」
「何もあんな〝魔薬〟を教えるつもりはないよ。お前が飲む〝薬〟も〝魔薬〟の一種なんだよ」
チンっと『薬』が入ったカップを、指先で弾くヘレンさん。
「〝魔薬〟……正確には〝魔力付与薬〟。〝薬〟の持つ〝効力〟を、〝魔力〟により〝強化〟された〝薬〟。作り方は少し難しいがね。この先旅立つにしろ、〝魔薬〟は役立つはずだよ」
確かに。飲んで効き目を確かめた俺は、その事実を否定できない。
エリーを見れば、その表情はやる気に満ちている。彼女も色々習うつもりなのだろう。それに、俺も少し思う事もある。
『異世界人』である俺は、この世界の住人であるエリー達に比べ『脆弱』だ。それは『肉体的』、『精神的』にもだ。現段階でも、同じ『一般人』で有ったエリーと同時期に鍛え始めた俺だが、彼女の方が『強い』事により証明されている。それは、これまで生きてきた『世界』の『差』なのだろう。この『差』を埋めない限り、俺は再び彼女を悲しませる事になる。
要は心身共に鍛えたいのだ。何時までも、『弱い俺』では居たくない。
俺とエリーは頷き合うと、
「「よろしくお願いします」」
揃って頭を下げた。ヘレンさんに始めて教えを請う時と同じように。
「ああ、確り教えて上げるよ」
ヘレンさんもニッコリ笑うと、あの時と同じ言葉を返してくれた。そしてそれは、俺達の関係が変わってない事だと思うとなんだか嬉しかった。
「ああそうだ、もう一つ大事な事があった」
一頻り笑いあった後、唐突にヘレンさんが再び真剣な顔になった。俺達もそれを見て、意識を切り替える。彼女の表情を見れば余程の事だというのが解る。
「お前達、これから私の事を……」
その重苦しい雰囲気に、思わずゴクリと喉が鳴る。
「〝お義母さん〟とよびな!!」
「「……はい?」」
「〝お義母さん〟とよびな!!」
訂正、俺達の関係は少し変わったようです。
少し思うところがあり、日常的な物を入れていこうと思います。
しかし、日常が難しい。戦闘シーンは直ぐ浮かぶのに……
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