第二話
少し昔の話をしよう。
俺の名前は、岩崎 直人。多分十八歳。一般的日本人の黒髪黒眼だ。
三年前のある日、『異世界召喚』された……
いや、『異世界』に『落とされた』が正しい。だって、家に帰って玄関開けたら『落とし穴』だよ。マジで俺を呼んだ女神はイイ性格してるよ。
まあ、そうして俺は『異世界』の『王宮』の『中庭』に『落とされた』……
……今思い出しても、よく生きてたな俺。兵士の叫び声と共に飛来する攻撃魔法の雨。必死に逃げ惑う俺。そんな地獄をしばらく過ごした後、『女神教会』と呼ばれる宗教団体のお偉いさんが『勇者』連れて現れ、俺を救出してくれた。そして……
俺は、『勇者』エレハイムに恋をした。
一目惚れなのだろう。彼女を一目見た瞬間から、俺は彼女に夢中になっていた。
だから、その後謁見した『王様』話を右から左に流していても仕方ないと思う。
なんか『王様』も自分の演説に酔ってるし。ならば彼女の横顔を眺めている方がよほど有意義だと思い。彼女へ視線を走らせてみると……
彼女も俺を見ていた。
改めて見ても、彼女は可愛い。薄い金色の髪に、スッとした鼻筋。ちょっとタレ目も俺好みだ。
そして俺と視線が合った時、ニコッと彼女は微笑んだ。だから俺も微笑み返すと……
彼女の頬が少し赤く染まった。
そうして俺達は、『王様』の演説が終わるまで微笑んだり微笑み返したりを繰り返していた。
その次は『女神教会』の総本山に移動。なんでも女神様から直々に状況説明してくれるらしい。
……女神様ってそんな簡単に会えるのか?とか考えてると、ちょっと豪華な部屋に通され、その部屋で紅茶を飲んでる女の人。
まさかと思い、隣の彼女に聞いてみる。
「はい、あの方が女神様です……」
彼女も少し苦笑いをして教えてくれた。
俺のファンタジーのイメージが崩れていく……
そのまま女神様と同じテーブルに通され、紅茶を出され一息つくと本題の状況説明が始まった。要訳すると、なんでもこの世界『エルテーニア』には数多くの『魔王』が居たらしい。そして最近、その『魔王』全てを倒し魔物の頂点に立った『魔帝』なる者が現れた。当然、各国の兵士や、『魔王』と戦っていた『英雄』達もその『魔帝』に戦いを挑んだ。が、結果は惨敗。おまけに殺された兵士、『英雄』達は『生きる屍騎士』として蘇生され、各国に攻めてきた。それを知った『女神』は、彼女エレハイムに『女神の加護』を与え『勇者』として『魔帝』を倒すようお願いしたらしい。そして、その『勇者』を助ける者として俺をこの世界に召喚したとの事。
「……どうして、彼女が〝勇者〟で……そして俺を〝召喚〟したんですか?」
あらかたの説明を聴き終え、俺は疑問を口にした。女神は俺見て、
「彼女を〝勇者〟にしたのは、自身の欲望が余り無い為。〝加護〟を与えるには丁度良かったの。そして貴方を召喚したのは……あちらの世界に未練が余り無い為」
「……」
「自身の命も含めて貴方は執着する物がない。夢は有るみたいだけど、それも叶えばいいなぐらいにしか考えてないでしょ。だから貴方を〝召喚〟したの」
そう言って女神は優雅に紅茶を飲む。そして、横の彼女は静かに怒気を発し始めた。自分の事ではなく、ただ俺の為に。その気持ちに感謝しつつ俺は彼女に微笑みかける。大丈夫だと、思いを乗せて。その事に気づいた彼女は、戸惑いつつも怒気を散らしていった。
「なるほど、確かに貴方は女神様だ。俺の事を知っている事や、その身勝手な考え方などな……」
「有難う。それで、戦うの?戦わないの?私も余り暇では無いのだけど……」
「確認したい。俺や彼女は勝てるのか? 俺は別に死にたい訳じゃ無い。勝率の無い戦いに挑むのは遠慮したいのだが……」
「今の侭では無理。まずは此処で戦い方やその他の事を学びなさい。貴方にも〝加護〟を与えてあるわ」
「……その〝加護〟って具体的には何なんだ?」
「彼女には〝魔帝〟討伐に必要な〝白光〟、どんなモノにも犯せない不変の力。まあ、〝魔帝〟と反対の属性とでも覚えていて。そして貴方は、〝雷〟の力と少々の〝魔術〟の才能。そして貴方の役割は、〝勇者〟が〝魔帝〟とベストの状態で戦えるようにその他の有象無象を引き付けること」
「何故だ?〝魔帝〟と戦う前に二人で片付ければ……」
「〝生きる屍騎士〟は、元は他の〝加護〟を与えられた〝英雄〟達…いかに〝勇者〟といえど無傷では済まないわ。他の国々も〝生きる屍騎士〟の襲撃を受けていて援軍を期待出来ない。貴方達で戦うしかないのよ」
「……解った、戦おう。但し条件がある」
「何?」
「〝魔帝〟を討伐出来たら、帰る、帰らないに関係なく一度俺の世界への穴を開けてくれ」
「……いいわ。貴方はどうするの?」
そう言って女神は彼女を見る。彼女は少し考えた後、
「私も戦います。しかしこれは私自身の意思であり、国の理想も、教会の思想も、何より女神様のお考えも私には関係有りません。なので、願い事を叶えてもらう必要も有りません。ただ彼の願いだけは叶えて下さい」
と意思を込め真っ直ぐに女神を見つめた。
「……解ったわ。此れにて〝契約〟終了。後は貴方達次第、世界をヨロシクね」
そう言うと女神は忽然と姿を消した。その場に残された俺たちは…
「そういえば自己紹介がまだだったな、俺は岩崎 直人。ナオトって呼んでくれ」
「私はエレハイムと申します。エリーと呼んで下さい、ナオトさん」
今初めて、お互いの名前を知った。
まあ、それからは修行の日々だった。『加護』や『才能』は有るがチートは無いので、騎士団連中にシゴかれ、魔導士達に『魔術理論』を詰め込まれ、エリーにこの世界の常識を優しく教えてもらった。
そして二年後には王国を出発し、俺達は『魔帝』の城に向け旅立った。
もちろん『魔帝』の城に行くのも楽な道中ではない。ある時は獣人の戦士と共闘し、ある時はエルフの人々に『魔帝軍』と間違えられ、またある時はドラゴンと戦ったり…クッ、思い出しても涙が出るぜ。
そんな事が起こっても、エリーは「旅って面白いですね」と隣で微笑んでいた。
その笑顔を隣で護り見て歩んでいきたいと、そう願ったのは自然な事なのかしれない。
そう、俺は初めて何かに『執着』した。彼女の存在に『執着』した。
だから俺は…『魔帝』を倒す。
そう決意したのは、『魔帝』の城に乗り込む前日だった。
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