第七話
『強化』した脚力で間合いを詰める。それは先程から何度もしている事。『隊長』もしたり顔で、剣を構える。それでも先程と違うのは、自身の心構えと戦い方。
端的に言えば、『弱者』が『強者』を倒す方法とは……
卑怯で姑息な手段を使えばいいのだ。
相手と自分、その間合いを測り剣を振る。初撃が狙うのは、頭でも、胴でも、腕でも無い。
自重を支える足、そのつま先だ。
「なにっ!?」
『隊長』が驚き、足を引く。構えていた体が崩れ、隙を作る。それに合わせ、再び剣を振る。まだ、致命傷は狙わない。狙うは『武器』を振るうその手。
「疾ッ!」
鋭く履いた息と共に振った剣は狙い違わず相手の手を切り裂いた。そして更に一手、片手を剣から離し切り裂いた手の反対の腕に軽く触れ、
属性攻撃発動音声、宣言。
「電撃麻痺!」
バチッ、という音と共に相手の腕を麻痺させる『雷』。それは身体の動きを制限させる。体制を立て直し振るわれた『隊長』の一撃には先程までの鋭さは無かった。それでも俺はその一撃を防ぎも流しもせず、ギリギリを避け、更に相手の動きを制限する為、腕、足に剣を、『雷』を振るう。
「小賢しい真似をぉぉ!」
怒りを顕に『炎』を振り撒き、剣を振り回す『隊長』。しかし、俺は下がらない。攻撃の嵐の中を進み、浅からぬ傷を負いながらも『隊長』に攻撃を加え続ける。
「貴様ぁぁ! 卑怯な真似をぉ! 誇りは……」
「黙れ、そんな『強者』の戯言は聴きたくない」
俺は『隊長』の言葉を遮り、ニヤつきながら言ってやる。
「ウガアアアアァァァ!」
獣のような叫びを上げ、剣を振り回す『隊長』。
(さあ、思考を乱せ。怒りに我を忘れろ!)
俺は更に攻撃を加える。致命傷はまだ狙わない、狙うにはまだ早い。俺が不利なのは変わってないのだ、今は『隊長』の動き制限するのに全力を尽す。
「チィィ! 兵士共ぉ! 手を貸せぇ!!」
焦れた『隊長』が周りを囲んで居た兵士達に叫ぶ。途端に俺を抑えようと動き出し攻め寄せてくる。
ーーー好都合だ。
兵士達が俺に触れられる距離に来るのを待つ。余り広範囲に『雷』を飛ばすと、ヘレンさんに当たってしまいそうだから。まあ、あの人なら平気だと思うが。
兵士達が近づいたのを確認すると、剣の切っ先を床に打ち込む。同時に、
属性技術発動音声、宣言。
「雷波!」
打ち込まれた剣を中心に、波紋のように広がっていく『雷の波』。受けた兵士達から立ち上る焼き焦げた匂い。バタバタと倒れていく中で、立っているのは俺と『隊長』のみ。それでも足にかなりのダメージを受けたらしい。自分と回りを見回し、唸り声を上げている。
「糞っ! 糞ぉぉ!!」
『隊長』が腰に下げた袋に手を伸ばす。この状況で使うのは『回復薬』か『魔薬』のどちらか。だが、
「使わせると、思っているのか!?」
身体を無理やり捻り、今まさに袋に入れようとした手を蹴り飛ばす。開いた脇に無理やり己の身体をねじり込む。
「雷撃!」
相手との距離が殆ど無い場所で、属性技術発動音声を宣言。何かが入っていた袋を焼き払う。この距離ならば消せ無いだろうと考え実行した『雷撃』は違わず袋を焼き、『隊長』の身体にダメージを与えたようだ。さあ、これで『魔術』の使えない『隊長』は『回復』も『強化』も出来ないだろう。
「己ぇ……魔術師共ぉ!」
袋が有った場所を押さえ、俺を追い払った『隊長』が叫ぶ。自分で回復できないのなら他人に頼る、それは正しい考えだ。しかし、状況を把握していなかった。
「させると……思うのかいっ!!」
『回復魔術』を使おうとした『魔術師』にヘレンさんの『攻撃魔術』が飛ぶ。数人がかりでヘレンさんを抑えていたのに、回復に人数を減らせばこうなる。状況は俺達に好転し始めた。
「糞ぉ、何故だ……強い俺が、お前のような奴にぃ!?」
自分が追い込まれた状況を信じたくないらしい『隊長』は癇癪を起こした子供のように剣を振り回す。だが先程までの『技』のない斬撃は、最早脅威では無く俺は冷静に対処できた。
「己を過信し、招いたのがこの結果だ」
「黙れぇーー!」
大振りの『振り上げ』、ただ力任せの斬撃。それを見た俺は、
(コレだ!)
刹那の思考、剣と剣が衝突する瞬間、俺は力の限りに地を蹴る。『隊長』の『力』と俺の『力』により、俺の身体は天井に向かって飛んでいく。
「ハ、ハハハ……馬鹿がぁ! やはり勝つのは俺だぁー!!」
視線の先の『隊長』が喜びの声を上げ、剣を振り上げる。落下する俺に合わせ、剣を振り下ろすのだろう。だが、その構えは『敵』に弱点をさらけ出していると気づいているのだろうか。つまりは、
『隊長』より速く、切り込めば勝てるのだ。
後方に迫る『天井』。俺は『強化』されている身体能力により、足を『天井』に向ける。そのまま『天井』に激突。足を折り曲げる事により多少は衝撃は逃せたが……かなり痛い。それも歯を食いしばる事で我慢する。そして再び『天井』を蹴る。同時に、
属性技術発動音声、宣言。
「稲妻走り!!」
轟音と共に俺は、『隊長』に向かって落ちる。恰も空から落ちる『落雷』のように。
肉を斬る感触……そんな事を感じることもなく、『隊長』を両断し『床』に激突する。体制を立て直す暇もなく剣を持った腕のからの激突だった。
「痛ぅぅ…… しかし、腕が付いてるだけマシかな……」
上体を起こし、地面に激突した腕を見る。見た途端に後悔したが、これは酷い。血に濡れていない箇所は無く、何箇所も折れ、骨らしき物が露出している箇所もある。そして、段々と痛覚が無くなってきている。俺は慌てて『回復魔術』と『治療薬』を併用して治療していく。ついでに、持ったままの剣を強引に引き剥がす。かなりの速度で激突したのに、刃こぼれ一つしていない『魔帝の剣』に感嘆の念を抱く。全く、この剣には助けれてばかりだ。
もちろん、そんな事をしている俺に残っていた兵士達は攻撃してきたが、片っ端からヘレンさんの『魔術』により吹き飛ばされていく。
「ヘレンさん、兵士達を吹き飛ばしながら近づかないで下さい。怖いです」
「うるさいよ。それにしても…… ナオト、アンタもボロボロだねぇ」
苦笑いを浮かべながら『回復魔術』を使ってくれるヘレンさん。正直助かる。傷が深く、自分だけでは手に負えなかったのだ。
「まあ、いつもの事ですよ。弱い俺はこうでもしないと勝てませんから」
身体の傷は勲章、それはこの世界で実感出来た事。傷が出来る度に、俺は『強者』に勝ちエリーを護る事が出来たのだから。まあ、その事をエリーは理解してくれないのだが。
「ハァ…… エリーの苦労が解るよ。あんまりあの子を心配させるんじゃないよ」
俺の考えが解ったのか、ヘレンさんがため息をつく。俺も苦笑いを浮かべながら周りを見回す。残った兵士は居らず、瓦礫の山と、兵士の死体だらけだった。再び罪悪感を感じるがそれを飲み込む。今はそんな感情に構ってられないのだ。
「さて、エリーと合流しないと」
片手は使えないが、動ける程度に回復した俺は立ち上がった。もう少し進めばエリーと会えるだろう。そしたら、また囲まれる前にこの城を逃げ出そう。どのみち、この状態では俺はもう戦えない。
そんな事を考えていた俺に、
「ほう、『隊長』に勝てる程には成長していたか……」
声を掛ける人がいた。それは、旅立つ前に聞いた声。俺はその声がした方に向き直り、その人物を視界に入れる。
「お久しぶりですね、王様」
そこには、この国の『王』が立っていた。
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