第四話
遅くなって御免なさい。
「始まったか……」
爆音と共に揺れる王城。テーブルの上のカップが倒れ、中の紅茶が溢れた。
……少し勿体無いと思う。なかなか美味しい紅茶だった。
そして、ドアの外が騒がしくなってきた。耳をすませば、兵士の怒鳴り声がする。全ては聞こえないが、何を言っているかは理解できた。もう間違いないだろう。
「エリーが動き出したようです」
俺はヘレンさんにそう言って立ち上がる。此方も動き出さなければエリーの頑張りが無駄になってしまうから。
「そのようだね……さて、と」
そう言呟きながらヘレンさんも立ち上がった。それに合わせ、俺は剣を抜き放ちヘレンさんに切っ先を向ける。
俺はまだ、この人にこの状況で一番大事な事を聞いてないから……
「師匠、お尋ねします。貴女は〝敵〟ですか? 〝味方〟ですか?」
質問に合わせ、俺はあえて『殺意』を表す。
―――――俺達の敵になるなら容赦はしない
その意思を込めて……
ヘレンさんは真剣な表情で俺を暫く見たあと、笑いながら、
「私の息子に誓って言うよ。私はアンタ達を絶対に裏切らない」
そう言ってくれた。
俺は『殺気』を霧散させながら安堵する。
この世界の『母』とも呼べる人が味方であることに……
「有難う、御座います」
俺はヘレンさんに感謝を告げる。これで何の憂いも無い、後はエリーの元へ向かうだけだ。
外の騒ぎが大きくなってきた。そろそろ動かなければ……そう考えたのはヘレンさんも同じだった。
「ナオト、そろそろ来るみたいだよ、準備しな!」
「了解」
その身体から、『魔力』を燻らし始めたヘレンさん。その『魔力』を懐かしく感じながら、俺もその後の行動の準備をする。
敵は多数、呑気に一人一人相手をしている時間はない。出来るだけ早くエリーと合流しなければ……
求めるモノは、『一撃で敵を行動不能にする攻撃』。
思考疾走、確定。その一撃を作り出す。
魔術実行音声、宣言。
「強化」
その言葉に合わせ、漲る力。だが、足りない。物理的な力だけでは、技術的に上の相手に勝てはしない。故に……
属性発動音声、宣言。
「属性付与・〝黒雷〟」
あの時以来、発現させていなかった『黒雷』を使う。だが、今回求めるのは『漆黒』の力ではなく『雷』の力だ。しかし、上手く分離出来るかどうか解らない為、そのまま発動させる。
轟音と共に『黒雷』を纏う剣に、ヘレンさんも息を呑む。しかし、
「〝黒雷〟は閉まっておきな。それは間違いなく〝切り札〟。今、使うべきではないよ」
そう言った。
『黒雷』を形作る『漆黒』、それは『魔帝』を連想させるモノとして広く知られている。それを今使えば、この場に居る人達に知られ、ヘタをしたら俺は新たな『魔帝』として此処を逃げ出せた後の追手も厳しくなるだろう。だが……
「しかし師匠、〝黒雷〟を使わなければエリーとの合流に時間が掛かると思います。そうなれば……」
そうなのだ。俺の剣技だけでは兵士を一人無力化するのにも時間が掛かる。それを多数に行えば、逃走は絶望的だろう。
そう考え、俯く俺に師匠は、
「……教えたはずだよ、〝魔術〟、〝属性技術〟それを成すのは強く〝想像〟する事。後はそれを形作る〝力〟があれば、それは〝具現化〟すると……」
ため息をしてヘレンさんはそう言った。
それは『魔術』を教えてもらう時に、一番最初に教えてもらった事。全ての『技』に通ずる基本中の基本。
どうやら俺はまだまだ未熟のようだ。未だに『師匠』に基本を教えられるとは……
俺は苦笑いをしながら、黒く帯電する刀身に片手を添える。
『黒雷』、今の俺を表すモノ。その中から、『魔帝』から譲り受けたモノを抜き取る事を『想像』する。
……どうやら成功したようだ。段々と『黒雷』から黒が抜け、青白い色になってきた。
俺はヘレンさんに礼を言おうとして振り向き、信じられないモノを見たような顔をしたヘレンさんを目撃した。
「……まさか、本当に出来るとは……言ってみるもんだね」
「確証無かったんですね、師匠……」
少し、ヘレンさんを尊敬するのを辞めようと思った瞬間だった。
ヘレンさんはバツの悪そうな顔をした後、咳払いをして、
「さて、そろそろ時間のようだよ」
と言って、ドアの方に注意を向けた。
意識を向ければ、ドアの外に多数の人の気配がする。それも剣呑な気配を放ちながら……
最早間違いないだろう。エルテミスにとって『召喚者』は邪魔者のなのだろう。
それを悲しく思う。少なからず見知った人達に『要らない』と示されるのは、流石に堪える。
そんな思考に反して、身体は戦闘体制に入っていた。
そして……
荒々しくドアが開き、数人の兵士が剣を手に持ちながら入ってきた。
「〝召喚者〟殿、〝王命〟により貴方を……」
「……〝爆ぜろ〟」
兵士が全て言う前に、ヘレンさんの魔術実行音声が宣言された。
一人の兵士を中心に、爆発していく空間。それは、ドアに隣接する壁ごと外に居た兵士達も巻き込み全てを吹き飛ばした。
後に残ったのは文字通り『爆心地』。瓦礫だらけになった廊下に出ながら俺は左右を見回す。
生きている兵士は見当たらない。五体満足の死体も無い。やりすぎな気がしないでもないが、今は時間優先だと意識を切り替える。
「エリーが何処に居るか解るのかい?」
俺の後ろから出てきたヘレンさんがそう言ってきた。
俺はもう一度左右を見る。
左、特に何も感じない。
右、何か胸の辺りで疼く感じがする。
エリーが俺の言った通りに進行方向に『白光』を『付与』して行ったのだろう。それに俺の中の『漆黒』が反応するのだ。
――――コレは蝕めない、と
「先導します。師匠は後ろから着いてきて下さい」
俺はそう言って駆け出した。その後も『白光』の反応がある方向に進む。
数回曲がった先から、金属が擦り合う音が聞こえる。どうやら新たな兵士が向かってきているようだ。
「いたぞ! 〝召喚者〟だ!」
「逃がすな!」
そう言いつつ、俺に迫って来る兵士達。確認出来るのは三人、既に剣を抜き放ち此方に迫って来る。ヘレンさんはそれを確認すると、再び『攻撃魔術』を放つが……
「〝障壁〟!」
兵士達の前に『魔術障壁』が展開された。どうやら兵士の奥に『魔術師』がいるらしい。それも、ヘレンさんの『魔術』を防げる程の腕があるらしい。
「チッ、面倒だね…… ナオト、〝魔術師〟は私が何とかする! お前は……」
「分かっています。俺は兵士達を倒します。」
俺はヘレンさんが全て言う前にそう返事をして、相手への距離を詰めながら剣を右側面に担ぎ上げる。繰り出すは『切り払い』、兵士が間合い入った瞬間俺は剣を振る。兵士の一人は剣を使い防御するが、そのまま剣もろとも壁に吹き飛ばされた。
その肉体を『雷』に焼かれながら……
場に肉の焦げる匂いが立ち込める。その発生源は吹き飛ばした兵士。まだ生きているようだが、しばらくは動けないだろう。残った兵士達は俺と、俺が持っている剣を見て、
「〝強化魔術〟と〝加護持ち〟だと……こんなもんどうすればいいんだ?!」
「魔術師は何をしている?! 早く援護をしろ!」
怯えながら叫び始めた。どうやら俺が『加護』を持っている事を知らなかったようだ。という事は新兵なのだろう。少なくとも、俺が『加護持ち』である事を知らない奴は、約四年前は居なかった。
それは相手にとっては恐怖だろう。力でも勝てず、触れる事も出来ない。そんな『敵』に出会った時、人は『力』を持つモノに縋るのだろう。だが、その縋るべき『魔術師』は……
「おや、済まないね……こっちはもう終わったよ」
より強力な『魔術師』によって倒されていた。
「な、なんで……なんで貴女が〝召喚者〟の味方を?!」
「貴女は、〝国家軍〟側のはずだ! 何故だ?!」
集まった兵士達も困惑している。自軍の最強とも言える『魔術師』が『召喚者』に味方しているのだから。
ヘレンさんは兵士の問いかけに、
「簡単さ、『王様』より『召喚者』を選んだのさ」
そう言って兵士達に『攻撃魔術』を放った。爆音が再び響き、そこに居た兵士達が居なくなる。
……威力が強すぎる気がする。何かあったのか?
俺はヘレンさんを見る。彼女は俺の視線に気づき、
「ナオト、〝敵〟に容赦するな……情けをかけ生かすとそれは禍根を残す。そして怨みを抱えたモノは必ず〝復讐〟しようとする。その目標の周りのモノ諸共ね……」
ヘレンさんは厳しい目で俺も見返す。それは彼女の経験からなのだろうか、俺には解らない。だが、それも事実なのだろう。ならば、俺も覚悟を決めなければ……
俺はエリーを護ると、決めたのだから……
先の通路から再び兵士達が現れた。よく見れば先ほどの兵士達より装備が良い物のようだ。
ヘレンさんが再び『攻撃魔術』を放とうとする。だが、俺はそれを止めた。敵に対する情けじゃない、
―――――俺が殺す為に
剣を右手だけで持ち、左手に『雷』を溜める。時間が立つ程、左手の放電が大きくなっていく。それを見た兵士達は慌てて引き返していくが、もう遅い。
俺は左手を『兵士達』に真っ直ぐ伸ばし、
属性攻撃発動音声、宣言。
「雷光撃」
その手より、『雷』を開放した。
その日、鳴り響いたどの音よりも大きい轟音。揺れる王城。そして、
―――――消し飛ばされた『兵士達』。
それを確認した後、俺は再び走りだした。再び沸き起こる吐き気を噛み殺しながら、エリーと一刻も早く合流する為に。
それでも、なお俺を止めようと現れる兵士達。しかし、その顔には恐怖が浮かんでいた。だが俺はもう容赦しない。邪魔するなら全て殺す。だけど、
「敵対するなら、容赦はしない!」
そう叫んだのは、俺の甘えなのかもしれない。
ナオトの心情を表現出来ていないですね。後日書き直すかもしれません。
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