第三話
……おかしい。
今の現状を表すなら、その一言に尽きる。王に報告に来た俺達は、メイドの案内で王城の中を進んでいるのだが、複雑に奥に進み過ぎている。まるで、返す気がないみたいに……
そんな事を考えながらエリーをチラリと見ると、彼女も小さく頷いた。やはり今の現状をおかしいと思っているらしい。
ならば、次に考えるはその理由。なぜ、俺達をこんな奥に案内するのか? その目的は?
俺は何食わぬ顔で目の前のメイドに声を掛ける。
「まだ進むのですか?」
「はい、もう少しで到着致します」
返って来たのは想定内の言葉。目的を知っているのか、いないのか。そしてしばらく進んだ後、
「お待たせ致しました。〝召喚者〟様はこちらでお待ち下さい」
と言われた。
「私は?」
「〝勇者〟様は別室にてお着替え頂いた後、王様と謁見して頂きます」
「何故、ナオトは一緒ではないのですか?」
「存じません。私はそうご命令されただけですので」
不味い展開だ。俺達を分断するということは、何かしらの行動を起こす事だろう。しかし、現状この事を断れない。ならば……
「少し、エリーと話したいのですが?」
「余り時間がないのですが……」
「大丈夫です。すぐに済みます」
「分かりました」
そう言って少し下がるメイド。嫌な距離だ、あの位置なら此方の会話は余程のことがない限り聞こえるだろう。
だから俺は、エリーを抱きしめる。これなら俺達の会話は小声ですむ。
「エリー、よく聞いてくれ。この……」
「分かってます。大変不味い状況ですね。どうしますか?」
流石に長い間一緒に過ごして来た仲だ。俺の言わんとした事を既に理解していたようだ。ならば話は早い。
「では、まず……」
あれから、エリーに出来る事を施し送り出した。後はエリー次第、まあ余り不安は無い。
それよりも自分の事だ。エリーが切り抜けても、俺がヘマをすれば意味が無い。
俺は自分の荷物から装備を取り出し、着けながら意識を戦闘時に切り替えていく。余分な考えを止め、必要な事だけを考える。その時だった。
「〝召喚者〟様には誰も会わせるなという……」
「うるさいね、〝師匠〟が〝弟子〟に会うのがそんなにダメなのかい?!」
ドアの外が騒がしくなった。でも、その声は懐かしい。そしてドアが開き、現れたのは……
「お久しぶりです、〝師匠〟。〝弟子〟ナオト、只今戻りました」
「お帰り、ナオト。無事に帰って嬉しいよ」
俺の魔術の師匠、ヘレンさんだった。
「それより、エリーはどうしたの? 一緒じゃないのかい?」
「エリーなら王様の元に行きましたが……」
俺の返事にヘレンさんは、苦虫を噛み潰したような顔になり、
「しまった、一歩遅かったか……」
と呟いた。それと同時に、後ろのドアが音を立て閉まった。俺は駆け寄り、ドアノブを回すがビクともしない。
「閉じ込められました」
俺はヘレンさんに振り返りながら、告げる。ヘレンさんも頷きながら、
「だろうね……そうなると……」
ヘレンさんは顎に手をやりながら考え始める。しかし、俺の姿を見るとニヤリと笑った。
「ナオトも、ある程度予想していたようだね」
「はい、エリーにも最低限の〝用意〟をしておきました」
俺もニヤリと笑い返しながら言った。ヘレンさんは再び頷きながら、
「では、少しばかり待つとしようか。その間に、今までの事を話しておくれ。そして、此方で起こった事を話すよ」
そう言って椅子に座った。俺もそれに頷き、
「はい」
返事をしながら椅子に腰掛けた。
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私はメイドの案内で王城を進みます。
私の装備は全て外され、今は貴族が着るようなドレスを着ています。
これは『王』に会うには当然かもしれませんが、現状では違う意味もあるのでしょう。このような服はとても動き難い。もし暴れても、簡単に取り押さえられてしまう……
そう思って貰った方が此方も都合がいいのですが。
私はそう考えながら道を曲がる度、軽く壁か何かに触れ『白光』を小さく『付与』していきます。
もう何度曲がったか数えるのも面倒になった時に、大きな扉が見えてきた。どうやら目的地の『謁見の間』に到着したのでしょう。メイドが扉を静かに開きました。
中には『玉座』に座る『王』、その脇に立つ『王子』、そして貴族と数人の兵士がいるようです。
私は静かに『玉座』に進みます。そしてある程度進んだ後、片膝をつき顔を下げます。
王は一つ頷くと、
「顔を上げよ」
と言いました。
改めて『王』を見ます。約四年ぶりにお会いしましたが……正直どこか変わったか解りません。
あの時はナオトの顔ばかり見ていましたから、記憶に残って無いのです。
「此度の事、大義であった」
「有難う御座います」
お決まりな事を言いながら話を進めていきます。「今回のことも我々の協力~」とか、「ひとえに我の力~」とか言っていますが……私は(そんな事あったかな?)程度にしか思いませんでした。
何より協力があったなら、ナオトはあんなに傷つかずに済んだと思うと怒りさえ湧いてきます。
そんな話がしばらく続いた後、王様は一つ頷いたあと、
「では、〝勇者〟殿にはこれからも我々の為に戦ってもらうぞ」
と言いました。
私は思わず困惑の表情を浮かべます。そんな話は出発時に聞いていませんでした。なおも王様は続けます。
「後は此処に居る、第一王子の〝妃〟になってもらう。どうだ、いい話だろう」
そう言って笑う王様。周りの貴族も頷いています。
どうやら此処に居る人達は……『勇者』を『都合の良い道具』としか見ていないようです。
ならば、私も返事をしましょう。一人の『人』として。
私は大きく息を吸って、
「お断りします」
微笑みながら否定の言葉を口にしました。
皆さん唖然としています。本当に私を『道具』扱いだったようですね。
「今、なんと申した?」
暫くしてから、王様がそう問いかけます。私の言葉を理解出来なかったようです。それも当然かも知れません。
……誰も『道具』が否定するとは思わないでしょう。
「お断りします、と言いました。貴方達の為に戦う事も、第一王子の〝妃〟になる事も、お断りさせて頂きます」
その言葉と共に騒然となる室内。王様は怒りのためか、身体が細かく震えています。
「何故だ! 貴様のような〝平民〟の者がこれほどの名誉に何の不満があるのだ?! 答えよ!」
ついに怒鳴り始めた王様。私は恐れず、淡々と話します。
「まず、〝勇者〟とは〝世界を救う者〟であり、断じて〝一つの国の為に戦う者〟ではありません」
私は一息入れて言葉を続けます。
「そして……私は既に〝召喚者〟ナオト・イワサキの〝妻〟です」
その言葉を最後に静まる『謁見の間』。そして、
「……やはり、一番の邪魔者は〝召喚者〟か」
王様はそう呟きました。そして、兵士達に緊張が走ります。
「兵士達よ、〝勇者〟を捉えよ。少しづつ考えを変えて頂く為にな。そして……」
王様は私を見て不気味に笑いながら、
「〝召喚者〟を、始末しろ!」
そう命令を下しました。
兵士達は直様私を取り囲みます。私は立ち上がり、扉の方に向き直ります。当然その方向にも兵士はいます。そして、
「勇者様、王命により身柄を拘束させて頂きます」
その言葉と共に、一人の兵士が私に手を伸ばしてきました。
今の私は武器を持っていない、そうなれば〝勇者〟といえど唯の〝女〟。そう考えているのでしょう、その動きはとても無防備です。だから私はその手首を掴み……
……そのまま握り砕きました。
響き渡る絶叫、驚く兵士達。私はその隙に握り砕いた兵士の剣を奪い、兵士自体を近くの兵士に投げつけました。
予想外の速度で飛んでいく兵士。突然の事態に固まっていた数名に当たって、そのまま転がって行きます。私はその間にドレスの裾を破り、動きやすくしました。そして、隠していた『強化魔術』の力を発揮して扉に走り出します。
これが此処に来る前に、ナオトに教えられた策の一つ。ギリギリまで『強化魔術』の力を隠し、予想外の事態をを作る。こんなに上手くいくとは思いませんでした。
扉に近づくとその前に居た数名の兵士が抜刀しました。しかし、その剣は震えています。戦闘経験が無いのか、『王命』の為に私を殺さずに捉えることに自信がないのか……まあ、私には都合のいい事です。
私は速度を落とさず近づき、その震える刃を弾き体制を崩したところに切り込みます。斬撃を受け倒れる兵士達、邪魔者を排除した私は扉を開け放ちます。その瞬間に降り注ぐ『攻撃魔術』。私は即座に『白光』を展開、総てを防ぎます。その威力に響く轟音、震える王城。しかし、この程度では私にダメージを負わせる事は出来ません。
このような場合は……自分に与えられた『加護』に少し感謝しますね。
『攻撃魔術』の余波で吹き上がる粉塵の中、私は何事も無かったように進みながら周囲を確認します。魔術師や兵士達は先ほどの攻撃にも無傷の私を見て唖然としています。部屋の中に居る王は苛立ちの声を上げ、近くの人に当り散らしているようです。
私は少し考え、
「では、ご報告は済みましたので帰らせて頂きます。王様」
嫌味を一つ言って、ナオトの居る部屋に向かって駆け出しました。
遅くなって申し訳ありません。
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