第一話
エルテミスに続く道をエリーと二人歩いている。
既に『魔帝討伐』から数ヶ月経っている。それでも何故、まだ着いていないかと言うと、少し遠回りしながら帰っているからだ。もちろん早く帰ることも出来た。その場に居た人たちの中にはエルテミスから来ている人達がおり、馬車を近くの村に留めてあるとの事だからそれに便乗させてもらえば良かったし、最悪は竜王に送って貰えばいいのだが……俺達は王への手紙を馬車の人に預け、二人で歩いていく事を選んだのだ。
もちろん近くの村までは竜王に送って貰った。出血しすぎて俺が満足に動けない為だ。無いとは思うが、その場に居た人の中に、俺達を殺し『魔帝討伐』を自分達の手柄にしようとする人が居ないとは限らない為だ。
そして村で休むこと数日、動けるようになった俺達は旅支度をして無事出発した。
行くまでに一年かかったが、それは何かの問題に引っかかった為だ。何もなければ一年もかからないはずだ。最悪、どこかで馬車を調達して急ぐ事も出来る。
だが俺達は、『魔帝』と『女神』が居なくなった世界を少し見てみたかったのだ。
これからエリーと生きていく世界。俺はここで生き、やがて土に還る世界を……
なんて事を考えていた俺に、エリーが言った。
「後少しで、エルテミスに着きますね」
「ああ、着いたらどうする? やはりすぐに王様に報告に行かなきゃダメかな」
「出来るなら、何処かでお風呂に入りたいです。……臭い勇者様なんて、そんな事になったら私生きていけません」
そう言って自分の匂いを嗅ぎ始めるエリー。やはり女性は自分の体臭を気にするものなのだろう。旅の途中でもこまめに身体を拭いているのを俺は知っている。
「エリーはそんなに臭くないよ。なんか最近、特に気にしてない?」
俺は疑問を口にする。エリーは元から綺麗好きだったが、最近はとくに注意してる。俺が近くに居る時は、必ずと言っていい程自分の匂いを嗅いでいた。
その事を聴いたエリーは顔を真っ赤にして言った。
「当たり前です! 旦那様に「臭い」なんて言われないよう、奥さんはいつも自分の匂いに注意するものなのです! とゆうか、そういう事は気づいても言わないものです!」
そう言ってそっぽ向くエリー。……やばい可愛い。俺の奥さん超可愛い。
俺はエリーに抱きつき、その匂いを嗅ぐ。特に臭い訳では無く、俺の好きなエリーの匂いしかしなかった。
「大丈夫だよ、エリーのいい匂いしかしない」
俺の突然の行動に、エリーは更に顔を赤くして腕の中で暴れ始めた。
「ちょ、ナオト! 突然抱きつくのはやめて下さい! お風呂に入って二日経っているのです!」
「気にしない、気にしない」
そんな風に幸せに浸る俺。
しかし、厄介事はまるでそんな時を狙ってるかのように起きるのだった。
「……エリー」
「はい。前と後ろに居ますね」
その言葉と共に戦闘準備に入る俺達。剣を抜き、思考を切り替える。次に考えるは『敵』。人間なのか、獣なのか。
世界で最も面倒な敵、それは『中途半端な理性を持ったモノ』だ。本能の侭に襲うモノや、理性的なモノは此方の優位性を見せ付ければ戦闘にはならない。だが、『中途半端な理性を持ったモノ』は違う。奴らは数や武器の性能で襲うか襲わないかを判断する。相手の強さなんて、理解しようともしないのだ。
前後の茂みが音を立て揺れる。出て来たのは人、数は十人前後。皆、薄汚れた格好で、手には武器を持っている。そしてその顔には、人を不愉快にさせる笑みが浮かんでいた。
俺は素早く相手を確認する。武器は錆と刃こぼれだらけ、防具は無し。簡素な服を着ているだけ。隙だらけな姿。此方の『剣気』に気づきもしない。
結論、面倒な敵だ。
俺は小さくため息を吐き……
「強化」
魔術発動音声を小さく宣言した。
俺は敵対したモノに油断はしない。そして自分の力を過信しない。俺は今だ、『魔帝の剣』を完璧には扱え無いのだ。故に、身体能力を『強化』する。『技術』がダメなら『力』で剣を振るしかないのだ。
準備が終わり、相手の出方を伺っていると、奴らの一人が言った。
「おい!金と女をお……」
「断る」
相手が全て言う前に行動開始。一息に距離を詰める。そして一撃で相手の首を切断する。中途半端に生かしておくと、この手の輩は何をするか解らないから。
次に奴らの動きを確認する。呆然とする者を多い中、一人動き出そうとする奴がいた。
俺はそいつに近づき、左胸の上に手を置き心臓に衝撃を与える。突然の痛みに、奴の動きが止まった。
心臓とはリズムを持って動くものだ。だからそのリズムを乱してやると、胸に痛みが走る。人間、予想外の痛みには動きが止まるのだ。
俺は再び、剣を横に振り抜く。その斬撃は力任せに首を切り飛ばした。死体を二つ作った後、残りに問いかける。
「……まだ、戦うか?」
俺の言葉にあっという間に逃げていく。俺は追わずにその場に立っていた。無理に追いかけ殺すのも手間だし、好き好んで何かを殺したい訳じゃ無い。
俺は振り返り、エリーを確認する。あちらの戦闘も終わったようだ。怪我をした奴を引きずりながら逃げていくのが見える。剣技はやはり俺よりエリーの方が上らしい。
そう思いながら俺は死体を見る。俺が殺した、俺が命を奪ったのだ。その事に吐き気を覚えるが……
俺はその吐き気を飲み込む。吐いて楽になるなど俺自身が許さない。俺は自身の命を護る為、相手の命を奪ったのだ。その事に後悔など、甘えに過ぎない。
俺はそう考え、死体を脇に退かした。エルテミスはもうすぐだ。兵士を見つけ、この事を話せば後は処理してくれるだろう。
全ての処理を終え、エリーと合流すると、突然抱きしめられた。
「……エリー、どうしたの?」
突然の彼女の行動に、戸惑う。
「ナオト……争いが多いこの世界を、嫌いにならないで下さい。そして、そんな世界に残してしまった私を……」
エリーの言葉、それは戦わなければ何も護れないこの世界で生きていく事を決めた、俺の事を心配して出た言葉だった。
だから、俺は答える。大丈夫と伝える為に。
「エリー、戦わないで何かを護れる世界なんて、きっと何処にもないよ。俺がいた世界でも、皆何かを護る為、戦っていた」
エリーが顔を上げ、俺を見る。俺は彼女に微笑みながら答え続ける。
「だから、そんなに心配しないで。俺は戦う事から逃げたりしない。大事な君を護りたいから」
そう言って抱きしめ返す。エリーに気持ちを伝える為に。
エリーは俺の言葉を聞き、ぽつりと呟いた。
「……私は、貴方に何を持って答えれば良いのでしょう?私の為に、生きていた世界までも捨てた貴方に……」
それはエリーがあの時から考えていた思い。俺の決意に対して自分は何が出来るのかという問いかけ。
ならば、俺も答えなばならない。彼女の心からの問いかけに。
「簡単だよ。ずっと一緒に居てくれれば良い。俺の願いはそれだけ!」
そう、俺が彼女に望むのはそれだけ。それ以外は自分で叶えたいモノしかない。
「はい……はい! 私はいつまでも貴方の傍に居ます!」
彼女はそう言って泣き始めた。やれやれ、エリーは使命を果たしてから泣き虫だ。でも、俺はそんなエリーも大好きだった。
(……しかし)
俺はエリーを慰めながら考えていた。エルテミスに近い場所で盗賊なんて、普通はあり得ない。だが現実はコレだ。
(やれやれ、なんかきな臭いな。注意だけはしとかないと……)
俺はそう考え、エルテミスの方角を見るのだった。
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