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はじめての屋根

夜の商店街は、ゆっくり静かになる。


昼の声が消えて、店の灯りがひとつずつ消えていく。通りには街灯のやわらかい光だけが残る。


時計屋の石段で、ガブは丸くなっていた。


春の夜はまだ少し冷たい。


風が通ると、毛の間をひやりとした空気が抜けていく。


石段の横には、子どもたちが作った段ボールの家がある。


少し曲がった屋根。

小さな丸い入口。

中には古いタオル。


昼のあいだは、ふわがときどきのぞいていた。


けれど、まだそこで寝たことはない。


ふわは今、通りの端に座っている。


桜の花びらは、ほとんど地面に落ちてしまった。通りには、まだ少しピンク色が残っている。


ふわはゆっくり歩く。


段ボールの家の前まで来る。


入口をのぞく。


中は暗い。


でも、タオルの匂いがする。


子どもたちの手の匂い。

太陽の匂い。

少しだけ石鹸の匂い。


ふわは前足を中に入れる。


段ボールが、かさ、と小さく鳴る。


ふわは止まる。


周りを見る。


誰もいない。


街灯の光だけ。


ガブは石段の上で目を細めている。


何も言わない。


何もしない。


ただそこにいる。


ふわはもう一歩入る。


体を半分入れる。


タオルの上に足が触れる。


やわらかい。


ふわはまた止まる。


耳を動かす。


夜の音を聞く。


遠くの車の音。

どこかの家のテレビ。

時計屋の奥で動く時計の音。


危ない音はない。


ふわはゆっくり中に入る。


体を丸める。


段ボールの壁が、風を少し止める。


屋根がある。


小さいけれど、ちゃんとした屋根だ。


ふわは目を細める。


ガブは石段の上からその様子を見る。


しばらくして、ガブは石段を下りる。


段ボールの家の前まで歩く。


中をのぞく。


ふわは丸くなっている。


目を閉じている。


ガブは少しだけ考えるように立っている。


それから、家の横に座る。


中には入らない。


ただ、入口の近くに座る。


風が少し吹く。


段ボールが軽く揺れる。


でも、倒れない。


夜は静かだ。


喫茶ひだまりの女性が店を閉めて外に出てくる。


二匹に気づく。


「あ」


小さく笑う。


「使ってる」


段ボールの家を見る。


近づかない。


静かに見て、また歩き出す。


ふわはもう眠っている。


長い一日だった。


桜の季節も、風の日も、たくさん歩いた。


今日は屋根がある。


段ボールの壁がある。


タオルの床がある。


小さいけれど、あたたかい。


ガブはその横で丸くなる。


見張っているわけでもない。


守っているわけでもない。


ただ、そこにいるだけ。


夜の商店街は、静かに呼吸している。


野良猫ガブは、今日も何もしない。


ただ、段ボールの家の横で丸くなっていただけだ。


その中で、ふわは初めて屋根の下で眠っている。


それだけで、春の夜は少しだけやさしくなる。


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