桜吹雪の日
朝から風が強かった。
商店街の通りを、びゅう、と長い風が通り抜ける。看板が少し揺れ、のれんがばたばたと音を立てる。
時計屋の石段で、ガブは目を開けた。
風は春の匂いを運んでくる。
けれど今日は、少し元気すぎる。
通りの端にある桜の木が、大きく揺れている。
枝がしなり、花が揺れる。
八百屋のおばさんが空を見上げる。
「今日は散るねえ」
魚屋の大将も同じ方向を見る。
「まあな」
そのときだった。
風が、ひときわ強く吹く。
ざあっ。
桜の枝が大きく揺れる。
そして――
花びらが一斉に落ちる。
空いっぱいに、薄いピンク色が広がる。
ひらひら、ひらひら。
一枚ではない。
十枚でもない。
たくさんの花びらが、風に乗って通りを流れる。
まるで、やわらかい雪みたいだった。
ガブは石段から下りる。
通りの真ん中まで歩く。
花びらが背中に落ちる。
ふわも桜の木の下にいる。
目を丸くしている。
花びらは止まらない。
空から降りてくる。
地面を流れる。
段ボールの家の屋根にも乗る。
ふわは前足を出す。
ちょん。
花びらはまた風に乗る。
今度は追いかけない。
多すぎるからだ。
ただ、見ている。
子どもたちが学校の帰りに走ってくる。
「うわあ!」
声を上げる。
「桜の雨!」
ランドセルを揺らして通りを走る。
手を伸ばす。
花びらが指に触れる。
すぐにまた飛んでいく。
八百屋のおばさんが笑う。
「すごいねえ」
魚屋の大将も空を見る。
「一気だな」
通りは、だんだんピンク色になる。
花びらが地面に積もり始める。
まだ春なのに、雪みたいだ。
喫茶ひだまりの女性が外に出てくる。
その光景を見て、少し驚く。
「きれい」
風はまだ吹いている。
桜の枝は軽くなっていく。
花はどんどん落ちる。
ふわは地面を歩く。
花びらの上を踏む。
かさ、かさ。
小さな音がする。
ガブはその後ろをゆっくり歩く。
二匹の足跡が、花びらの上に残る。
午後になるころ、風は少し弱くなる。
桜の枝は、少しだけ寂しくなる。
花の数が減っている。
けれど、地面はピンク色だ。
商店街の通りが、桜の道になっている。
時計屋のおじいさんが外に出てくる。
その道を見て言う。
「散ったな」
八百屋のおばさんがうなずく。
「でもきれいだよ」
夕方、空がオレンジ色になる。
花びらの道も、少し赤く染まる。
ガブはその上で丸くなる。
ふわも少し離れたところで丸くなる。
風はもう静かだ。
花びらは、ほとんど動かない。
桜の季節は、短い。
咲くのも早い。
散るのも早い。
でも、その分だけ、町の人はちゃんと見る。
今日の風も、今日の桜も、今日しかないから。
野良猫ガブは、今日も何もしない。
ただ、桜吹雪の中を歩いていただけだ。
その横で、ふわも歩いていた。
それだけで、春の一日は、ちゃんと心に残る。




