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夜桜の下で

夜になると、桜の色は少し変わる。


昼間はやわらかいピンク色だった花が、街灯の光の下では、少しだけ白く見える。


商店街は静かだった。


ほとんどの店のシャッターは下り、灯りはぽつりぽつりと残っているだけ。


喫茶ひだまりの窓からは、まだやわらかい光がこぼれている。


時計屋の石段で、ガブは目を開けた。


夜の空気は昼より少し冷たい。


けれど、春の匂いはそのままだ。


ガブはゆっくり石段を下りる。


通りを歩き、商店街の入り口へ向かう。


そこに桜の木がある。


昼間は人がたくさん立ち止まっていた場所だ。


けれど、夜は誰もいない。


街灯が一本、木の横に立っている。


その光が、桜の枝を照らしている。


ガブは木の下で座る。


上を見る。


花は静かに揺れている。


風は弱い。


花びらはまだ落ちない。


そのとき、後ろから小さな足音がする。


ふわだ。


灰色の体が、ゆっくり近づいてくる。


ガブの少し横で止まる。


ふわも桜を見上げる。


もちろん、猫は桜を見に来たわけではない。


ただ、そこに木があり、風があり、匂いがあるから。


夜の桜は静かだ。


昼間のような声もない。


子どもたちの笑い声もない。


あるのは、風の音と、遠くの車の音だけ。


喫茶ひだまりの女性が、店の外に出てくる。


少し伸びをする。


そして、桜の木の下の二匹に気づく。


「あ」


小さく言う。


笑う。


そのまま、少し離れたところに立つ。


近づかない。


夜の空気を壊さないように。


そのとき、風が少しだけ吹く。


枝が揺れる。


ひらり。


一枚の花びらが落ちる。


街灯の光の中で、ゆっくり回る。


ふわの前に落ちる。


ふわはそれを見る。


けれど、昼のように追いかけない。


ただ、目で追うだけ。


花びらは地面に触れて止まる。


ガブは動かない。


ただ、静かに座っている。


しばらくして、また風が吹く。


今度は二枚。


ひらひらと落ちる。


夜の桜は、昼よりもゆっくり散るように見える。


音が少ないからだ。


時計屋の奥では、時計が動いている。


ちく、たく。

ちく、たく。


その音が、夜の商店街に静かに混ざる。


女性は桜を見上げる。


「きれい」


誰に言うでもない声。


ガブとふわは、まだ木の下にいる。


二匹の影が、街灯の下で長く伸びる。


ふわは少し体を丸める。


ガブも同じように丸くなる。


桜の花びらが、また一枚落ちる。


今度は、二匹の間に落ちる。


それでも、どちらも動かない。


ただ、夜の匂いを吸い込む。


夜桜は、にぎやかではない。


けれど、静かな光がある。


野良猫ガブは、今日も何もしない。


ただ、夜の桜の下で丸くなっていただけだ。


その隣で、ふわも丸くなっていた。


風がやさしく吹く。


花びらがひとつ、またひとつ落ちる。


それだけで、春の夜は少しだけやわらかくなる。


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