となりの昼寝
春の昼は、眠たくなる。
商店街の真ん中にある時計屋の石段は、ちょうどいい日向になる。昼過ぎになると、石はゆっくり温まり、背中にやさしい温度になる。
ガブはそこで丸くなっていた。
いつもの場所。
いつもの昼寝。
通りでは、八百屋のおばさんが野菜を並べている。
「今日はあったかいねえ」
魚屋の大将が氷を砕きながら言う。
「春だからな」
商店街の空気はのんびりしている。
人の声も、足音も、どこかゆっくりだ。
ガブは目を半分だけ閉じている。完全に眠っているわけではない。耳はちゃんと動いている。
そのとき、通りの奥から、灰色の影が近づいてくる。
ふわだ。
細い体。やわらかい毛。まだ少しだけ警戒した歩き方。
ふわは商店街の真ん中まで来て、立ち止まる。
石段の上を見る。
そこにはガブ。
ふわは少し迷う。
前に進むか、戻るか。
風が吹く。
八百屋の野菜の匂いと、魚屋の匂いと、コーヒーの匂いが混ざる。
ふわは一歩だけ進む。
また止まる。
ガブは目を開けない。
けれど、耳は少しだけ動く。
ふわは石段の下まで来る。
そこから上を見る。
ガブはまだ丸くなっている。
逃げる様子もない。
追い払う様子もない。
ふわは石段の端に前足をかける。
ぴょん、と小さく跳ぶ。
石段の上に乗る。
ガブから、少しだけ離れた場所。
距離は、猫二匹分くらい。
ふわは座る。
しばらくそのまま動かない。
ガブの耳がもう一度動く。
けれど、目は閉じたまま。
通りでは、八百屋のおばさんがその様子に気づく。
「あら」
小さく言う。
魚屋の大将もちらりと見る。
「一緒だな」
それだけ。
二匹は何もしない。
ただ、同じ石段の上にいる。
風がゆっくり通り過ぎる。
ガブのしっぽが一度だけ動く。
ふわは少し体を丸める。
石段はあたたかい。
昼の光がやわらかい。
しばらくして、ふわの目もゆっくり閉じる。
通りの音が遠くなる。
八百屋のおばさんの声。
氷を砕く音。
喫茶店の扉の鈴。
それらが全部、ゆっくり混ざる。
石段の上で、二匹の猫が並んでいる。
触れてはいない。
けれど、離れてもいない。
ただ、同じ場所で昼寝をしている。
午後の光が少し傾く。
時計屋のおじいさんが外に出てくる。
その光景を見て、少し笑う。
「増えたな」
それだけ言う。
夕方、子どもたちが通りかかる。
「見て!」
声をひそめる。
「ガブとふわ」
二匹を指さす。
「一緒に寝てる」
子どもたちは少しだけ嬉しそうだ。
起こさないように、そっと通り過ぎる。
ガブは眠っている。
ふわも眠っている。
春の風が、二匹の毛をゆらす。
商店街の匂いが、ゆっくり流れる。
野良猫ガブは、今日も何もしない。
ただ、いつもの石段で昼寝をしていただけだ。
その隣で、ふわも昼寝をしていた。
それだけで、石段は少しだけ広くなった気がする。
商店街は、今日も静かで、あたたかい。




