祭りのあとの朝
朝の商店街は、いつもより静かだった。
昨日の夜、提灯の灯りの下でたくさんの声が重なっていた通りは、今は少しだけ眠そうな顔をしている。
時計屋の石段で、ガブはゆっくり目を開けた。
空は明るい。けれど、どこかぼんやりしている。祭りの次の日の朝は、町全体が少しだけ遅く目を覚ます。
通りの上には、まだ提灯が残っている。
灯りは消えているけれど、赤い丸が風に揺れている。
ガブは体を伸ばす。前足をぐっと伸ばし、背中を丸めてから、石段を下りる。
地面には、昨日の名残がいくつか残っている。
紙の切れ端。
落ちた輪ゴム。
どこからか転がってきた割り箸。
ガブはそれをひとつずつ避けながら歩く。
魚屋のシャッターが上がる。
がらがら。
大将が外に出てくる。
「……腰が痛い」
小さくつぶやく。
昨日はずっと鉄板の前に立っていた。焼きそばを焼き続けた腕は、少しだけ重そうだ。
八百屋のおばさんも店を開ける。
「おはよう」
「おう」
おばさんは通りを見回す。
「静かだねえ」
魚屋の大将はうなずく。
「まあな」
二人で、地面を少しだけ片づける。紙を拾い、箱を端に寄せる。
ガブはその横を通り過ぎる。
いつもの朝の匂いが戻り始めている。
魚の匂い。
野菜の匂い。
まだ少し残る、焼きそばのソースの匂い。
喫茶ひだまりの前に来る。
扉はまだ閉まっている。
けれど、店の前の黒板は出たままだ。
「昨日はありがとうございました」
そう書かれている。
ガブはその前で座る。
やがて、扉が開く。
からん。
女性が出てくる。
少し眠そうだ。
「あ、おはよう」
ガブを見る。
「昨日はすごかったね」
しゃがみながら言う。
「みんな楽しそうだった」
ガブは瞬きをする。
女性は黒板を見て、チョークを持つ。
少し考えてから、文字を足す。
「今日はゆっくり営業します」
書き終えて、ふっと笑う。
昼になるころ、商店街は少しずつ普段の顔に戻っていく。
八百屋には買い物袋を持った人が来る。魚屋では氷の音が響く。
時計屋のおじいさんも、いつものように店の奥で時計をいじっている。
ちく、たく。
ちく、たく。
ガブは石段に戻る。
昨日の夜と同じ場所。
けれど、今日は灯りがない。
そのかわり、やわらかい昼の光が落ちている。
午後、子どもたちが通る。
「昨日楽しかった!」
「焼きそばうまかった」
笑い声が残る。
ガブはそれを聞きながら目を細める。
夕方になると、提灯が外され始める。
魚屋の大将が脚立に上る。
ひとつ、またひとつ。
赤い丸が空から消えていく。
八百屋のおばさんがそれを受け取る。
「また来年だね」
大将は短く答える。
「ああ」
空は少し広くなる。
昨日までそこにあった灯りがなくなると、通りはまたいつもの顔に戻る。
ガブはその真ん中に座る。
祭りは終わった。
にぎやかな夜は、もうない。
けれど、商店街は変わらない。
魚屋がいて、八百屋がいて、時計屋があって、喫茶店があって。
その真ん中に、ガブがいる。
野良猫ガブは、今日も何もしない。
ただ、祭りのあとで丸くなっていただけだ。
それでも、昨日の灯りは、まだどこかに残っている。
提灯がなくなった空の下で、
商店街はまた、ゆっくりと一日を始める。




