提灯の下のにぎわい
朝から、商店街の空気は少し違っていた。
まだ店のシャッターが上がる前から、人の声が通りに落ちている。台車の音、段ボールを運ぶ音、誰かが笑う声。
時計屋の石段で、ガブはゆっくり目を開けた。
通りの上には、昨日つけられた提灯がまだ揺れている。昼の光の中では赤い丸が静かに並んでいるだけだが、それでもどこか楽しそうに見える。
「よいしょっと」
八百屋のおばさんが大きな箱を運んでくる。
箱の中には、紙皿と割り箸がぎっしり詰まっている。
「今日は忙しいよ」
魚屋の大将は、店の前に鉄板を出している。
普段は魚を並べる場所だが、今日は違う。
「焼きそば担当だ」
八百屋のおばさんが笑う。
「似合うじゃない」
大将は何も言わないが、鉄板の位置をきちんと直す。
ガブは石段から下りて、通りを歩く。いつもより物が多い。机、箱、折りたたみ椅子、紙の提灯の予備。
子どもたちが早くも集まっている。
「まだ?」
「夕方だよ」
定食屋の店主が言う。
「昼から来ても、まだ焼きそばないよ」
子どもたちは少しだけがっかりして、でも笑いながら走っていく。
ガブはその足元をすり抜ける。
喫茶ひだまりの前では、女性が小さな看板を書いている。
「本日
アイスコーヒー
レモネード」
丸い文字。
ガブが近づくと、女性が笑う。
「今日はにぎやかだよ」
しゃがんで言う。
「びっくりしないでね」
ガブは少しだけ首をかしげる。
昼を過ぎるころ、商店街はゆっくりと色を変えていく。
屋台の準備が整い、人が少しずつ増えてくる。遠くの町から来た人もいるらしい。
夕方、提灯に灯りが入る。
ぱちん、ぱちん。
赤い丸が一つずつ光る。
空が青から紺に変わるころ、商店街はすっかり祭りの顔になる。
焼きそばの匂いが広がる。
甘い綿あめの匂い。
遠くで小さな太鼓の音。
子どもたちの声。
「焼きそばください!」
「はいよ」
魚屋の大将が鉄板を動かす。
じゅう、と音が立つ。
八百屋のおばさんは横で紙皿を渡す係だ。
「熱いから気をつけな」
時計屋のおじいさんも、今日は外に出て椅子に座っている。通りをゆっくり眺めている。
喫茶ひだまりの前では、女性がレモネードを渡している。
「どうぞ」
ガブは通りの真ん中まで歩いていく。
灯りの下。
人の足がたくさん通る。
けれど、誰かが気づく。
「あ、ガブだ」
子どもがしゃがむ。
「今日もいる」
ガブは逃げない。
ただ、提灯の光の中に座る。
赤い灯りが、毛の上にやわらかく落ちる。
子どもたちが笑う。
「看板猫だ」
誰かが言う。
喫茶ひだまりの女性が、それを聞いて笑う。
「商店街の猫だよ」
夜が深くなるころ、人の流れはゆっくりになる。
焼きそばの鉄板も火が弱くなる。
子どもたちは帰り、提灯の光だけが静かに揺れる。
魚屋の大将が背中を伸ばす。
「終わったな」
八百屋のおばさんがうなずく。
「いい祭りだったよ」
時計屋のおじいさんは提灯を見上げる。
「昔より静かだ」
それから、少し笑う。
「でも、悪くない」
ガブは通りの真ん中から歩き出す。
いつもの石段へ向かう。
提灯の光が、背中をゆっくり離れていく。
商店街は、また静かな夜に戻る。
けれど、今日の灯りは、少しだけ長く心に残る。
野良猫ガブは、今日も何もしない。
ただ、祭りの真ん中で座っていただけだ。
それだけで、商店街の夜は少しだけ、にぎやかだった。




