第七話:世界の裂け目と、謎の「ふわふわ」
「——で、どうする? この先に行く勇気はあるかい?」
カイトが少し芝居がかった仕草で手を差し伸べる。
しかし、ハルの視線はカイトの手ではなく、
その数センチ横にある「空間の穴」の縁に釘付けになっていた。
「ねえ、カイトさん。ここ、すごく不思議な感触ですよ。
……なんだか、濡れた子犬の毛みたいにふわふわしてる」
「……は?」
カイトの格好つけたポーズが固まる。
ハルはすでに穴の中へ飛び込むことなんて忘れて、
ルーペ越しに「空間の断裂面」を指でそっとなぞっていた。
「ちょ、ちょっと待て!
それは『未定義のテクスチャエラー』だぞ?
触ったらバッドステータスを受けるか、
最悪フリーズするかもしれないんだ。
普通はもっとこう……警戒するとかさ」
「でも、ナハトも気持ちよさそうですよ?」
ハルの言葉通り、ナハトは影から身を乗り出し、
その「ふわふわしたバグ」に頬を寄せて、うっとりと目を細めている。
ナハトにとっては、このバグの奔流こそが、
故郷の風のような懐かしいエネルギー源だったらしい。
「あ、見てください。
触ってたら、光の糸の色が変わった。……これ、磨けますかね?」
「バグを磨こうとするなよ!」
カイトのツッコミが夜の時計塔に響く。
しかし、ハルは構わず、腰から愛用の「初心者用砥石」を取り出した。
ハルがバグの境界線に砥石を当て、シュッと一撫でしてみる。
すると、エラーコードが流れていた黒い穴の一部が、
透き通ったクリスタルのように凝固し、美しい光を放ち始めた。
【システム通知】
隠しスキル:『境界の手入れ(メンテナンス)』を習得しました。
綻びを「研ぐ」ことで、一時的に世界の解像度を高めることができます。
「わあ、綺麗になった。
カイトさん、
中に入るのはこれが全部綺麗になってからでもいいですか?
汚れたまま入るのは、なんだかもったいなくて」
「……君、本気で言ってるのか?」
カイトは呆れを通り越し、もはや感動すら覚えていた。
運営が必死に修正パッチを当てようとしている世界の綻びを、
この初心者は「汚れているから」という理由で、
趣味の研磨技術で直そうとしているのだ。
ハルが一生懸命に穴の淵を磨いていると、
その中からポロン、と小さな光の塊がこぼれ落ちた。
それはアイテムというより、データの結晶のようなもの。
「あ、ナハト。これ、君の新しいおやつかな?」
ナハトがそれをパクりと食べると、
その背中に、今までなかった小さな白い模様が浮かび上がった。
「キュゥーン!」と満足げに鳴くナハト。
それを見たハルは、満足そうに微笑んだ。
「よし、穴の掃除も終わったし。
……カイトさん、お待たせしました。
この先には何があるんですか?」
「……いや、もう何があっても驚かないよ。
行こうか、ハル。
君の『お掃除』のおかげで、
予定よりずっと安全なルートが確保できちゃったみたいだしね」
第7話 完
【ハルのやりたいことリスト・進捗】
• 世界の穴を掃除する: 完了!
• ナハトに「いいもの」を食べさせる: 完了!




