第二話:影から覗く紫の瞳
「ささやきの森」の出口。
夕暮れ時の柔らかな光が差し込む草原で、
ハルは立ち止まり、自分の足元をじっと見つめていた。
「えっと……ナハト、だっけ? 出てこられる?」
ハルが呼びかけると、黒い影がゆらりと伸び、
そこからぽふん、という軽い音と共に、
先ほどの小さな精霊が姿を現した。
紫色の瞳をクリクリと輝かせ、ナハトはハルの周りを浮遊しながら、
興味深そうにハルの顔を覗き込んでいる。
「……やっぱり、夢じゃないんだな。君、すごく綺麗だね」
ハルが素直な感想を口にすると、
ナハトは少し照れくさそうに、小さな手をパタパタと動かした。
どうやら言葉は通じているようだが、
ナハト自身は「キュッ」とか「プゥ」といった短い音しか出せないらしい。
ハルは地面に座り込み、
インベントリから「やりたいこと」のために集めていたアイテムを並べ始めた。
「君は、何が好き? 食べ物とか……あ、これとかどうかな」
ハルが差し出したのは、森で採ったばかりの『木漏れ日の木の実』。
ナハトはそれを手に取ると、もぐもぐと食べる……かと思いきや、
木の実はナハトの体に吸い込まれるように消え、
代わりにナハトの全身がほんのり明るく発光した。
「食べるっていうより、エネルギーを吸収してる感じかな?
……お、次はこれ?」
ナハトが指差したのは、ハルが大事に持っていた「綺麗な石ころ」の一つ。
それを渡すと、ナハトは石を大事そうに抱え、
影の中から「自分だけの小さな空間」を作り出して、そこに石をしまい込んだ。
「へぇ、君も綺麗な石が好きなんだ。気が合うね!」
ハルが笑って手を差し出すと、ナハトはその掌に小さな手を重ねた。
冷たいかと思いきや、
それは春の夜風のように、どこか心地よく、しっとりとした質感だった。
ふと思いつき、ハルは腰の双剣を抜いてみた。
すると、ナハトの表情がピキーンと引き締まる。
ナハトは再びハルの影に飛び込み、
そこからハルの腕を伝って、双剣の刀身へと潜り込んだ。
「うわっ、また光った」
錆びていたはずの鉄の剣が、
ナハトが宿ることで、まるで宇宙を切り取ったような深い紫色に変色していく。
「これ、もしかして……」
ハルが試しに空を斬ると、紫色の光の残像が空中にしばらく残り、
チリチリと静かな放電のような音を立てた。
重さを全く感じない。
それどころか、剣が「ここを斬りたいんだろ?」とハルの思考を先回りして導いてくれるような感覚。
「すごいな……。ナハト、君と一緒なら、もっといろんなところに行けそうだ」
影の中から「キュゥ!」と誇らしげな声が響く。
それは、召喚主と召喚獣という主従関係ではなく、
もっと対等で、お互いの「好き」を共有するパートナーとしての始まりだった。
街へ戻る道すがら、ナハトが急にハルの服の裾を引っ張った。
そして、道から外れた険しい岩壁を指差す。
「あっちに何かあるの?」
ナハトはこくりと頷き、自分の羽をパタパタと動かした。
「飛んでいけるよ」と言いたいらしい。
普通なら「街へ戻ってクエスト報告」を優先するところだが、
ハルは迷わず頷いた。
「行ってみよう。ナハトが見つけたものなら、きっと面白いだろうし」
岩壁を、ナハトが作り出す「影の足場」をピョンピョンと飛び跳ねながら登っていく二人。
たどり着いた先には、雲海に沈む夕日が、世界を黄金色に染め上げる絶景が広がっていた。
「……わあ……」
ハルは双剣を地面に置き、ナハトと並んでその景色を眺めた。
ゲームの進行度には全く関係ない、ただの寄り道。
けれど、ハルにとっては、これこそが『エテニウム・オンライン』を始めた理由そのものだった。
「ナハト、これからもよろしくね」
精霊は静かに、ハルの肩に頭を預けた。
こうして、一人だったハルの「ぼっち旅」は、最高に賑やかな「二人旅」へと変わったのである。
第2話 完
【ハルのやりたいことリスト・進捗】
• 精霊と仲良くなる: 達成!
• 綺麗な景色を見る: 達成!(雲海の夕日)
• アオノニガヨモギを届ける: 進行中(寄り道で遅延中)




