第十九話:忘却の庭の主と、懐かしい面影
門番のクラーケンに見送られ、ハルたちが足を踏み入れた「忘却の庭」。
そこは、空も地面も淡いエメラルド色の基盤で構成された、美しくも静謐な場所でした。
「あ、シャリ! 待って!」
庭に入った瞬間、それまでマシュマロで満足していたシャリが、
見たこともない真剣な顔で走り出しました。
ハルたちが追いかけた先は、庭の隅にある小さな「東屋」。
そこには、今のゲーム内では見られないはずの『アナログ時計のゼンマイ』がポツンと落ちていました。
シャリがそれをパクりと飲み込むと、
シャリの体からリンゴの香りが消え、
全身が黄金色の歯車を纏った『庭の案内人』へと真の姿を現しました。
「シャリ……君、本当はこの場所を守るためのプログラムだったんだね」
シャリは「シャリッ!」と短く鳴き、庭の中央へ進むよう促しました。
庭の中央には、空を突くほど巨大な、漆黒のクリスタルでできた樹が立っていました。
「……ナハト、これって……」
ナハトが樹の幹に触れると、樹全体が悲鳴のようなノイズを上げます。
根元には、ドロドロとした真っ黒な液体――『運営の負の遺産(削除された執着心)』がこびりつき、樹の輝きを奪っていました。
『主、この樹……苦しがってる。
ナハトの兄弟たちが、みんなここに閉じ込められてるんだ』
『常夜』の言葉に、ハルの目が決意に染まります。
「よし。ナハト、日和、常夜。……世界で一番大きな『お掃除』を始めよう!」
ハルはババからもらったオイルを全身に浴びるように双剣に塗り、
舞い踊るように樹の根元を研ぎ始めました。
ノイズが火花となって散り、漆黒の樹が少しずつ、
透明な「星空の樹」へと磨き上げられていきます。
全てのノイズを削ぎ落としたその時、樹の空洞から光が溢れ、
一人の女性の姿が形成されました。
「……見事な手際ね。私の庭を、こんなに綺麗にしてくれるなんて」
その声を聞いた瞬間、ハルの手が止まりました。
白服のような無機質な存在ではない。
そこにいたのは、ハルが現実世界で幼い頃に失った「お母さん」に瓜二つの女性でした。
「お……母さん……? いや、でも……」
驚くハルに、彼女は優しく微笑みました。
「私はこのゲームの基礎理論を作ったAIのプロトタイプ……。
でも、あなたの記憶の中にある『彼女』のデータも、少しだけ混ざっているかもしれないわ。
あなたが効率ではなく『手触り』を愛するようにプログラムされたのは、彼女の願いだったのだから」
カイトは言葉を失い、ナハトとシャリは彼女の足元で静かに跪きました。
【今回判明した真実】
• シャリの正体: 庭を修復するためのキー・デバイスだった。
• 庭の樹: 全ての精霊の母体。ハルのお掃除で完全に浄化された。
• 管理者の正体: ハルの亡き母の思考データを一部引き継いだ、この世界の「本当の母」。




