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最後の一年 ―きみへ残す言葉―  作者: 無咲 油圧


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第二章 夏 ― 生きる意味を探す旅

六月。

湿った風が教室を通り抜ける。

窓際の陽翔は、頬に当たる風を感じながら、静かにノートを開いた。

“死ぬまでにやりたいこと”のリストは、すでに十行を超えていた。

その中には、

・家族にありがとうを伝える

・凛音ともう一度話す

・悠真と旅に出る

・誰かの夢を叶える

――そんな言葉たちが並んでいる。


彼にとってそれは、死へのカウントダウン表ではなく、生の地図だった。


昼休み、悠真が机をどんと叩いて言った。

「おい陽翔、夏、行くぞ。」

「え?」

「前に話した旅行。もう決めた。海行く。俺、免許取ったし」

「はやっ。お前、ほんとに取ったのか」

「当たり前だろ。お前が乗る助手席、もう確保済みだからな」


陽翔は笑った。

胸の奥に、少しだけ温かい何かが灯る。

生きているうちに、こんな日が来るとは思っていなかった。


「……行こう。海、見たい」

「よし決まり! 凛音も誘おうぜ」

「え?」

「お前、最近あいつと話してるだろ。図書室の姫。なんかいい感じじゃん」

「なっ……ち、違うよ!」

「ふーん?」悠真はにやりと笑う。

「まあいいや。お前が誘え。あいつ、海好きそうだし」


その日、放課後。

陽翔は少し勇気を出して凛音を呼び止めた。

図書室を出ようとした彼女が振り返る。

「……陽翔くん?」

「今度の夏さ、みんなで海行こうって。悠真と、もしよかったら……」

凛音は一瞬、目を細めた後、小さく微笑んだ。

「いいね。行きたい」

その笑顔は、夏の始まりのように眩しかった。


三人が出発したのは七月の終わり。

悠真の古びた軽自動車に荷物を積み、朝の光の中を走り出した。

「うおー! これが青春ロード!」

運転席の悠真が叫ぶ。

凛音は助手席、陽翔は後部座席からその光景を眺めていた。

窓の外を流れていく景色――街、田んぼ、山、そして空。

陽翔は、ひとつひとつを目に焼きつけるように見つめた。

「……綺麗だな」

凛音が振り向く。

「うん。夏の空って、命が溶けそうなくらい青い」


その言葉が胸に残った。

命が溶けそうなほど、青い空。

――この一瞬の中に、自分の一年が詰まっている気がした。


昼過ぎ、三人は海に着いた。

太陽が砂を白く照らし、潮の匂いが全身を包む。

波打ち際に立った陽翔は、裸足で海水に足を浸した。

冷たくて、心地よかった。

「なあ、海って、ずっと動いてるのに、どこにも行かないんだな」

陽翔の言葉に凛音が答えた。

「でも、ちゃんと生きてるよ。どこにも行かないけど、ずっと生まれ変わってる」

「……生まれ変わる、か」


悠真は遠くでカメラを構えていた。

「おーい、二人とも、笑えよー! ほら、陽翔、凛音の肩組め!」

「ば、バカ言うな!」

「いいじゃん。青春記念だ!」

そう言って悠真はシャッターを切る。

陽翔は顔を赤くしながらも、凛音と並んで笑った。

海風が二人の髪を揺らし、その瞬間だけ、時間が止まったように感じた。


午後、三人は防波堤に座り、ジュースを飲みながら空を見上げていた。

悠真が唐突に言った。

「なあ、俺たちさ、このまま大人になってもこうしていられんのかな」

凛音が笑う。

「子どもみたいなこと言うね」

「いや、マジでさ。俺、陽翔とお前と、こうやって笑ってたいんだよ」

「……うん」

陽翔はうなずいた。

心の奥で“もう一度、この景色を見られるだろうか”と考えていた。

でも、口には出さなかった。


沈む太陽を見ながら、凛音が静かに言った。

「ねえ、陽翔くんはさ、生きるって、どういうことだと思う?」

陽翔は少し考えて答えた。

「……誰かの中に残ること、かな。俺がいなくなっても、誰かが“あいつ、そんなやつだったな”って思ってくれたら、それで、生きてる気がする」

凛音は小さくうなずき、視線を海に戻した。

「……それ、素敵だね」

「凛音は?」

「私はね、“今”をちゃんと感じることだと思う。悲しくても、痛くても、嬉しくても。全部感じられるうちは、生きてるってことだから」


その言葉に、陽翔は胸が熱くなった。

彼女の中には、痛みを知る強さがあった。

――きっと、この人も誰かを失ったことがある。

そう思った。


夜、海辺の民宿で三人は泊まった。

布団を並べ、天井を見上げる。

悠真が寝転んだまま言った。

「なあ、陽翔。最近お前、ちょっと変わったよな」

「変わった?」

「前より“生きてる”感じする。前はさ、どっか遠く見てた」

陽翔は少し黙ってから、苦笑した。

「……かもな」

「いいことだろ、それ」

「うん。ありがとう、悠真」

悠真は眠たそうに笑いながら、「おう」とだけ返した。


隣の部屋では、凛音が静かに日記を書いていた。

彼女のページの上には、こう書かれていた。

“陽翔くんが笑っている。その笑顔を、私はきっと忘れない。”


翌朝、三人は朝焼けの海を見た。

水平線から昇る太陽が、世界を金色に染める。

陽翔はその光を見つめながら、心の中で思った。

――もし、これが最後の朝だとしても、後悔はしない。

悠真が叫んだ。

「よっしゃー! 生きてるって最高!」

凛音が笑い、陽翔も声を上げた。

「うん……生きてるって、最高だ」


潮騒が、まるで祝福のように響いた。


帰り道の車の中、凛音がぽつりと話し始めた「……私ね、前に弟を病気で亡くしたの。中学生のときだった」

陽翔はハッと顔を上げた。

凛音は窓の外を見つめながら、続けた。

「その子ね、最後まで笑ってたの。“生きることは苦しいけど、それでも笑ってたい”って。あの子の言葉、今もずっと胸にあるの」

陽翔の胸が締めつけられた。

彼女の微笑みの奥に、長い時間の悲しみがあった。

「……凛音」

「うん」

「俺も、そうありたい」

彼の声は震えていた。

凛音は静かに頷き、陽翔の手にそっと触れた。

「大丈夫。あなたは、ちゃんと生きてるよ」


その瞬間、陽翔は思った。

――この人に出会うために、俺は生きてきたのかもしれない。


夜、帰宅した陽翔はノートを開いた。

夏の海で撮った写真を貼りつけ、その下に言葉を添えた。


「生きるとは、感じること。悲しみも、痛みも、光も、すべて抱いて生きること。」


ペンを置くと、心が穏やかになった。

死への恐怖は消えない。

でも、それ以上に、生きることの意味が少しずつ形を成していく。


彼の“最後の一年”は、確実に動いていた。

そしてその先に、まだ見ぬ季節が待っている。

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