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最後の一年 ―きみへ残す言葉―  作者: 無咲 油圧


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第一章 春 ― 絶望と決意

春が来た。

桜の花びらが舞う校門の前で、陽翔は立ち止まっていた。

例年なら胸が少し弾む季節。新しい学年、クラス替え、友達との再会。

けれど今年は違った。

花びらのひとつひとつが、まるで時間の欠片のように思えた。

散っていくその姿が、未来の自分と重なって見えたのだ。


「おーい、陽翔!」

背後から聞き慣れた声がした。

振り返ると、親友の悠真ゆうまが走ってくる。

短く切った黒髪が風になびき、笑顔が眩しかった。

「お前、今年も同じクラスっぽいぞ!」

「マジか。くじ運いいな、俺ら」

「だろ? 神様が俺たちをセット販売してんだよ」


陽翔は笑いながらも、心の奥で小さく息を吐いた。

この“いつも通り”が、もう永遠には続かない。

そのことを知っているのは、今のところ家族と医師、そして彼だけだ。


教室では、ざわめきが満ちていた。

新しい担任、新しい席、新しい春。

友達の笑い声が響く中で、陽翔はただ、窓の外を見ていた。

桜が風に揺れている。

白い花弁が光を反射して、まるで空から雪が降っているようだった。


「陽翔、なにボーッとしてんの?」

クラスメイトの女子、美月みづきが声をかけた。

「いや、ちょっと……桜、綺麗だなって」

「珍しいね、あんたが詩人みたいなこと言うの」

「はは、そうかも」


その笑い声の裏で、心臓がわずかに痛んだ。

医師に言われた“心筋症”という病名は、彼の日常のすべてに影を落としていた。

心臓の筋肉が次第に弱まり、いつか動かなくなる――

それがどういうことなのか、説明を受けた時は理解できなかった。

でも、こうして春風の中に立つと、その意味が実感として迫ってくる。

生きるという行為そのものが、時間との競争だと気づかされる。


放課後、悠真と並んで帰り道を歩く。

「なあ陽翔、今年は夏休みに旅行でも行かね? 俺、免許取る予定だしさ」

「旅行?」

「そう。山でも海でもいい。部活引退したら、自由だろ?」

「……いいな、それ」

「だろ? あ、でもお前体弱いんだったな」

「大丈夫。俺、意外としぶといし」


軽口の裏に隠した真実は、悠真には届かない。

それでいい。

伝えれば、彼の笑顔が曇る。

陽翔はそれだけは避けたかった。


家に帰ると、母が台所に立っていた。

「おかえり。今日も元気そうね」

「うん。授業も普通に出たよ」

母は無理に笑顔を作っていた。

その笑顔の奥にある不安が痛いほど伝わってきた。

「ねえ、陽翔。無理しないでね。学校、行けない日があってもいいから」

「大丈夫。行けるうちは行く。普通に生活したいんだ」

「……そう」


夕食は静かだった。

テレビの音が遠くで流れている。

父は寡黙に箸を動かし、妹の紗菜は宿題のプリントを広げていた。

陽翔はその光景を、まるで写真のように心に焼きつけた。

――あと何回、こうして家族で食卓を囲めるんだろう。

そう思うだけで、胸が締めつけられた。


夜、眠れずにベッドから抜け出した。

ノートを開く。

前に書いた「死ぬまでにやりたいこと」という見出しの下に、二つ目の項目を足した。


「家族に、“大丈夫”って笑ってもらう」


ペンの先が震えた。

“自分が死ぬ”という現実を、彼は少しずつ言葉にして受け止め始めていた。

死を恐れるのではなく、生きた証をどう残すかを考えるために。


数日後、放課後の図書室。

陽翔は偶然、一人の少女と出会った。

窓際の席で本を読んでいた彼女は、陽翔が入ってきたことに気づくと小さく顔を上げた。

「……席、空いてるよ」

「ありがとう」


少女の名は、凛音りおん

同じ学年だが、あまり話したことはなかった。

黒髪を肩で結び、どこか静かな雰囲気を纏っていた。

陽翔は隣に座り、手に取った本を開いた。

でも、文字が目に入らなかった。

風で彼女の髪が揺れ、微かに甘い香りがした。


「……その本、泣けるよ」

「え?」

「それ、主人公が最後に自分の命を使って誰かを救う話。私、それ読んで三日間泣いた」

「そ、そうなんだ」

「でもね、悲しいだけじゃないの。ちゃんと、“生きる意味”があるんだよ」


その言葉が胸に刺さった。

――生きる意味。

自分は今、それを探している。

まるで彼女がそのことを見透かしているようで、陽翔は思わず顔を背けた。


帰り際、図書室の前で凛音が言った。

「ねえ、陽翔くん。前から思ってたんだけど、あなたって、なんか“悲しい目”してる」

「……え?」

「笑ってるけど、目が笑ってない。そういう人、私、すぐ分かるの」

陽翔は返す言葉が見つからなかった。

ただ、小さく笑って言った。

「……俺、そんなに分かりやすい?」

「うん。でもね、それでいいと思うよ」

「どういう意味?」

「悲しみもちゃんと“生きてる”ってことだから」


そう言って凛音は去っていった。

春の風が吹き抜け、桜の花びらが二人の間を舞った。


その夜、陽翔はまたノートを開いた。

三つ目の項目を書き足す。


「本当の意味で、“生きる”って何かを見つける」


それは、凛音との出会いが残した言葉だった。

彼女の瞳の奥に映る強さと優しさが、陽翔の心に小さな灯をともした。

死ぬことばかりを考えていた自分が、少しずつ“生きること”を考え始めた瞬間だった。


四月の終わり、校庭の桜が散り始めた頃。

陽翔は悠真に病気のことを打ち明けようか迷っていた。

黙っているのが正しいのか、それとも支えてもらうべきなのか。

答えは出なかった。

ただ、夜の屋上に立ち、風に吹かれながらつぶやいた。


「……俺、死ぬまでに誰かを救いたい」


その言葉は、誰に向けたわけでもなく、自分への誓いのようだった。

そして彼は、少しだけ笑った。

涙ではなく、確かな希望の笑みで。


春が終わり、季節は夏へと向かう。

陽翔の“最後の一年”が、静かに動き出していた。

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