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“俺”が言った“本当の最初の過去”。その真意が分からないまま、俺はフィエナとクロノスをそばで観察し続けた。


フィエナは小さな村に住む娘で、クロノスはその村で祀られている神。村には数百人が住んでいて、一定の文化が創り上げられていた。


「クロノス様。今年の穀物は豊作です」

「それは喜ばしいな」

「一部を保存食として備蓄しようと思いますがよろしいでしょうか」

「うむ。良い判断だ。お前達の考えたように動いてみなさい」

「かしこまりました」


村の長と思われる初老の男が、神殿でクロノスに報告に来る。この村では、神と人との距離が非常に近い。…大昔は、こんな風に直に関わり合っていたのかもしれない。


クロノスは、普段は神殿に鎮座していてごくたまに外に出て村人と直接対話に応じるらしい。その中でもやはり、特別親しいのが例のフィエナだ。

神に仕える巫女の役目も担っているそうだが、クロノスは明らかにそれ以上の感情を持って彼女に接していた。


彼女も、クロノスの気持ちには勘付いている。が、いかんせん神なので少し目をかけてもらっている程度にしか思っていなかった。


「クロノス様、こちらの衣装と装飾品は…?」

「お前への贈り物だ」

「え…。こんな大層なお召し物、いただけません…!」

「次の奉納祭でそれを着て舞っておくれ。その為に作らせた」

「えぇ…」


恐らく村一番の高級品となる。いち村娘が所持して良い品物ではない。クロノスは、こういった物品を頻繁にフィエナへ贈っていた。もうほぼ貢ぎ物である。


そしてフィエナは毎回「いただけません」からの「次の祭りで着用してくれ」で受け取るしかなくなるのだ。立場上一度はお断りするが、相手は神。神の言う事は絶対。

クロノスも“祭り”を口実にすればフィエナが断れないと分かっててそう押し付ける。確信犯である。


「…クロノス様。私に贈り物をするのはお控えください」

「なぜだ。気に入らなかったか?」

「そうではなく、巫女たる私がお仕えする神から物をいただいてしまっては村人達に示しがつきません…」

「その神に仕えている巫女が見窄らしい格好をしていては神の威厳に関わる」

「ぐっ…」

「実際、お前は手持ちの衣服が数着しかないだろう。物を大切にするのは良いが、女性であればもう少し持て」

「それとこれとは…、いや、なぜご存知なんです?」


こんな感じで、フィエナはクロノスに言いくるめられていた。

そもそも神は実体を持たず、神の目は地上の全てを見通す力を持っている。フィエナの着替えシーンなどはマナーとして見ないが、衣類の枚数くらいなら平気で覗き見る。

人間達も、神の行いは神聖なものとして考える為、下心を持っているとは一切思わない。

故にフィエナも、“ちょっと過保護で少しだけ過激な神様”という認識なのだ。

それで良いのか神話の人間よ。


「…太古の人間ってこんな感じなのか?」

「今のお前達も似たようなものだろ」


腑に落ちない中、俺は一人の村娘に着目した。

誰かに似ているような、薄っすらと面影のある女性。どことなくあの女に似ている気もするが…

まさかこんな太古から関係している訳がないと、一旦忘れる事にした。













観察し続けて数ヶ月、時間の流れは早く(というか、“俺”による時間操作で早送り状態)、村では年若い男女の婚姻式が行われていた。


普段の白いドレスに鮮やかな花冠と花束が良く映える。

新郎も華やかではないにしろ花の首飾りを着けていた。


「めでたい日の祝いの仕方はどの時代でも同じだな」

「当然だ。ましてや、この村は直にクロノスの加護を受けている。クロノスとの距離も他とは比べ物にならないくらい近い」


見てみれば村人達から離れたところにクロノス専用の神座が設けられている。


「村人の婚姻はクロノスも祝福するとして……。今はフィエナも独身だろ?どうするんだ、結婚する歳になったら」

「代々神に仕える巫女は、神の所有、神を伴侶とする風習がある。だから、フィエナが村の男と結ばれる事はない」

「クロノスからしたら都合が良いんだな。でもそれだと巫女になったら一生独身じゃ…」

「いや、そもそも巫女でいられる年齢がある。神は昔から若々しく未経験な“乙女”を好むんだ。他の男の手垢が付いた女など神聖さの欠片もないからな」


とんでもない言われようである。


「あと、人間の男と恋に落ちて、巫女を次代に継承した後に結婚するという女性もいるから、そこまで束縛もしない」

「……でも、フィエナの時にクロノスがそれを受け入れるかと聞かれたら…?」

「…………ははは」


どうやら、フィエナは厄介な神にたいそう好かれたようだ。


婚姻式では新郎新婦の誓いの儀式が終わり、クロノスが祝福の言葉を贈って一通りのやり取りが終わったらしい。

後は普段よりも豪華な食事とダンス、仲の良い友との会話で盛り上がっていた。


「……こうやって、神は地上の暮らしを楽しんでたのか」

「そうだ」


少し時間を進めば、新婚夫婦には子供も産まれ神の祝福を受けた。

その様子をそばで見守ったフィエナも嬉しそうである。


「…あの二人がとても幸せそうで、良かったです」

「………」

「クロノス様?」


微笑ましげなフィエナに対し、クロノスは思うところがあったようで考え込んでいた。


「……お前も、いずれは村の男と子を成したいと…思っているか」

「…?」


フィエナにあれだけの執着を見せたクロノスにしては、珍しく弱気な発言。

キョトンとしてふ、と微笑んだフィエナが彼に寄り添う。


「クロノス様。私は巫女のお勤めに満足しています。こうして直々に神様にお仕え出来るのですから、これ以上の幸福はありません」

「……フィエナ。しかし…」


にっこりと。それでいて優しげにクロノスへ語りかけるのだ。


「今すぐどうにかなりたいという欲求もありません。それに、巫女でいられる時間もそう長くないでしょうから、私は“今”を大切に生きるだけです」


彼女の方が、遥かに心が広かった。






❇︎❇︎❇︎







それから更に数年。

村の若い男女はほとんどが婚姻を結び、独り身なのはフィエナを含めて数人となった。


そんな頃だ。


巫女を引退した後の婚約として、彼女へ求婚する男達が急に増えたのだ。


「フィエナ!巫女を引退したら、俺と結婚してくれ!」

「…ごめんなさい、私は誰とも結婚する気はないの」


しょんぼりして彼女の元を去っていく男、後を絶たず。村一番の美女故に、恋慕を抱いていた男達は多かった。


「……意外だな。“巫女”の役目が終われば、村の誰かと結婚するつもりだと思っていたんだが」

「フィエナは心から神にお仕えしていた。“巫女”の役目が終わったとしてもその心は変わらない」

「…………信仰心の厚い事だな」


いっそ、本当にクロノスがフィエナを娶ったとしたら。全能なる神、時を司るクロノスなら、人間を娶る事も可能だろう。

けれど、仮にそうしていたとしたら、フィエナはヴィエラとして転生はしなかった筈。

いや、相手は神だ。人類の理解が到底及ばない力でモノをいわせる場合も…。


「なあ。クロノスは、結局フィエナを妻にはしなかったのか」

「何故そう思う?」

「妻にしていたなら、今のヴィエラはいなかったと…」

「そうか。そうなるのか」

「?違うのか?」


考える素振りの“俺”。何か引っ掛かる言動でもしたのだろうか。


「…“したかったが、出来なかった”が正しいだろう」

「…?それは、神として、か」

「いや、立場が云々の話じゃない。…見ていれば分かる」


そうして“俺”が再び時を進めると、フィエナとあの村娘がいた。ひと目のつかない部屋で二人は何か会話をしているが、穏やかではないようだ。


「フィエナ。貴女、クロノス様の事愛しているんでしょう?」

「そんな…。お仕えしている巫女の私が、おこがましいわ」

「…クロノス様は、貴女の事が特別のようだけど…?」

「…“特別”気にかけてくださっているだけよ。神が人間に恋心を抱くなんて……恐れ多いわ」

「……じゃあ、巫女を引退したら村の男と結婚するの?」


静かに首を振り、口を開く。


「………多分、私は誰とも結婚しない。一生独り身よ」

「………………なら、貴女からクロノス様に進言して」

「え?」

「私を、クロノス様の妻に迎えるようにと。それが出来ないなら、今私に殺されなさい」

「メイヴィス、何を………!?」


瞬間、村娘があの悪魔の姿に変貌した。











急所となる首を絞め、一瞬にしてその場に押し倒されるフィエナ。メイヴィスと呼ばれた村娘は、悪魔メフィストが人間に擬態した姿だった。


「ッメイ、ヴィス…!?」

「全能なる神に愛されてるってだけでも恨めしいのに……。私がどれだけ愛を伝えても振り向いてももらえないのに、貴女はそれがどれほど恵まれているのか自覚はあって?」

「…ッかは、」

「神が、人間の女に贈り物をする、その意味も正しく理解しているのかしら。人間同士の贈り物とは意味こそ同じでも重さが違うのよ。本来なら、貴女には拒否権だってないし人間如きが神の言葉に歯向かうなんて言語道断なの。お分かり?」

「……っぁ゛…」


ギリギリと、確かに込められていく力。

相手がただの村娘なら抵抗の余地もあるだろうが、悪魔相手では不可能だ。


「ねえ。貴女に私の気持ちが分かるかしら。悪魔でありながらたくさん愛を捧げて、贈り物もして、なのに神からは何のお返しも頂けなかった女の気持ちが。………惨めよ。目の前でただの村娘が神の寵愛を受ける光景を目の当たりにする。…何故貴女はそんな平気に拒絶出来るの?」

「…は…ッ」

「……私は、貴女が恨めしい。誘惑と快楽の悪魔が、人間の女に負けるなんて、悪魔の名折れだわ。…………ねぇ、クロノス様に言ってよ。“メイヴィスを妻に”って。ひと言で良いのよ。そうしたら、貴女を殺さないであげるから」


悪魔をも縛る契約。それほど必死なのだろう。

あの神に気に入られたいが為に。あの神を愛しているが故に。

込めていた手から力を僅かに緩め、フィエナが発言出来る余力を与える。

視線も朧げな彼女は、小さな声で、しかし確かに言った。


“クロノス様、お慕いしておりました”


憤慨した悪魔は、全力で首を締め上げた。

最初はしていた抵抗の意志もすぐに弱まり、細く白い手がパタリと地に落ちる。最期、閉じられた目からは涙がひとすじ流れ落ちた。


悪魔はその場からすぐ退散する。

地獄にでも逃げたのだろうか。


部屋には少しして来訪者が現れた。

クロノスだ。


「………………フィエナ………?」


変わり果てた姿の愛しい女性の姿に、戸惑いながら近付く神。その手には花束が握られていた。

ゆっくり抱き起こすと、完全に息絶えている事に気付いてクロノスの表情が歪む。


「………すまない、こんな事なら、もっと早くお前を妻に迎え入れるべきだった」


神は、彼女を妻にするつもりだったんだ。

“したかったが、出来なかった”。

それは、“妻にする前に、フィエナが殺された”という意味だった。

花束は、彼女へ求婚する為に持ってきたものだったのだ。


「………苦しかったろう、辛かったろう…。すまない、私が、不甲斐ないばかりに…」


縋り付くように、彼女を抱き締めた神が、ひたすら謝罪の言葉を口にする。

そして…


「………せめて、お前を、再び人間に転生させよう。今より遥か未来で、今より自由に…」


フィエナを中心に魔法陣が広がる。

そうか。これで、ヴィエラとして転生したのか。繋がった。

ヴィエラが何故メフィストに狙われるのか。全てが繋がったと同時、俺は衝撃の言葉を耳にする。


「………………そして、叶うなら、次は人間の私と、結ばれてほしい」


フィエナの魔法陣に被さるように、クロノスの周囲にも魔法陣が広がった。

何をするつもりだ、この神は。


クロノスの体からシルエットが伸びて、人の形が出来上がる。それは段々と明確な人物像を作り上げ、俺と同じ背丈の。いや、


俺に、なった。





❇︎❇︎❇︎







最初とうって変わり周囲が真っ白な空間になる。


「これが、“本当の最初の過去”。お前が知るべきお前自身の過去だ」

「……俺が、クロノス…?」

「正確には違う。お前は、クロノスが生み出した半身。転生したフィエナと結ばれる為、神クロノスが悲願を成就させるべく作り出した人間」

「でも、俺にそんな記憶は…。それにこの感情は俺自身のもので…」

「当然だ。お前自身は間違いなく、お前のもの。ただ、その魂はクロノスの半身で、だからこそメフィストはクロノスの半身であるお前に執着し婚約者になったヴィエラをしつこく狙ったんだ」


未だ状況が飲み込めない。突然、「お前は神の半身だ」と言われても理解出来ない。


「それなら何でクロノスを召喚した時、あいつはその事を言わなかった?わざわざ“試練”なんて回りくどいやり方をした?」

「いきなり“半身だ”って言われても納得しないだろ」


ぐうの音も出ない。


「元々、クロノスもお前に見せるつもりはなかった。見せなくても、お前はヴィエラと婚約していたから。…でも、事情が変わった」

「…ヴィエラが、また殺された…から…?」


メフィストの嫉妬がどれだけ執念深いのか。

いや、それほどに神クロノスを愛していたのだろう。

悪魔でありながら、愛を捧げ、慕い、人間の娘を憎み、妬み。


「………恋は盲目、とはよく言ったものだ。悪魔ですら、この力には抗えず、振り回される」

「…………クロノスは、過去を見せて、俺に何をさせたかったんだ」

「…半身とはいえ、お前にもクロノスの力の一部が宿っている。なら、意味は分かるだろ?」

「………“時渡り”」


最初は、クロノスにしか扱えない能力だと思っていた。時の神にしか行使出来ない力だと。

それが、もし違うのなら––––?


「…俺も、“時渡り”が使える…?」

「今のお前は人間だから、リスクは高いが使える筈だ」

「………そんなの、考えた事なかった…」


“俺”が指を鳴らすと目の前に魔力の粒が集合して懐中時計が現れる。

アンティーク調の時計だ。


「これは…?」

「本来なら、魔法陣のみで使える“時渡り”だが、お前の場合人間だからな。クロノスの力が込められた、“時渡り”用の魔道具だ」

「……親切なんだな」


てっきり、使い方も思い出せとか言われるかと思っていた。


「……それだけ、クロノスもフィエナの事を大切に想っているという事だ。…次こそは幸せになってほしかったから、な…」


懐中時計をグッと握り締め、決意を固める。

初めて持つ魔道具なのに、不思議と手に馴染むのは俺がクロノスの半身だからか。


「………これを使えば、望む時空に飛べるんだな」

「ああ。だが、膨大な魔力を使う。乱用し見誤れば時空のはざまで永遠に彷徨う事になる」

「…重々肝に銘じるよ」


手元に魔力を込める。

アンティーク調の装飾部に魔力が流れ込んで、中央に埋め込まれた魔法石から懐中時計自体も輝き出す。使い方は体が分かっていた。


「…ありがとう。……お前も…いや、貴方も、永久の時の中で苦しんでたんだな。…時の神、クロノス」


俺がそう話しかければ、“俺”は驚いた顔をして、体全体にノイズが走りクロノスの姿となる。


“試練”の案内をしていたのは、クロノスだったのだ。


「………いつから気付いていた」

「最初は本当に俺の姿を模したクロノスの代理とかかと思っていたよ。でも、時間を操るのはクロノスの特権のようなものだし、神話の時代にやたら詳しかった。…あと、クロノスの事にも」

「…饒舌過ぎたな」

「けど、確信したのは半身を作った時だ。気付くには遅過ぎだよな」


クロノスはバツが悪そうな顔をして、まるで親に叱られた子供のように感じた。

手元の懐中時計が眩しい光を放つ。準備が整ったらしい。


「そんな顔するな。今度はちゃんとやる。フィエナの分まで、ヴィエラを救うよ」

「………すまない。頼む」











強い光が収まった頃。俺は最初に呪いを受けたあの会場にいた。


今度は過去の光景ではなく、実際の過去。

瞬時に理解し、隠密の術を使い潜む。

呪いを受ける前に遡ったので、子息達もまだ健在である。


「今年の成人パーティは豪華だな」

「王族であるクリストファー様もご成人なさるから、国王陛下も力を入れてらっしゃるのだろう」


衛兵が雑談をしてしまう程度には、かつてない豪華さを見せたパーティ。


俺は早々に目的の人物を発見した。


……メフィ・フェレストス。

そばにはクリストファー様がついていて、あの女の紹介に会場中を回っているらしい。


挨拶に夢中になっている今がチャンスか。


姿は消したまま、魔力探知で例の魔道具を探し出す。歪な闇の魔力は、ドレスのポケットから発せられていた。


そこへ向かって手をかざす。わざわざ近付いて触れなくても、今なら遠くから聖魔法をぶつければ破壊可能である事は理解出来たのだ。


魔道具を静かに粉砕し、ポケットの違和感にあの女は気付いたようだった。けれど音があまりにも小さくて、気のせいだったと挨拶を続けた。


その間に、俺は誰にも気付かれずこの会場に加護と結界を張った。

魅了にかけられた者だけに付与する事も出来たが、その場合万が一対象を変更された時に対処が出来なくなる。

これは、あくまでも保険なのだ。


周りの人間に俺の魔法がバレている様子もなく、更に次の行動へ移る。やらなければいけないのは、魔道具の破壊だけではない。それをあの女へ授けている張本人、悪魔メフィストを祓う事。


さあどう誘い出すか。前回(魔道具は破壊したがメフィストには逃げられた件)はあの女がポロッと口を滑らせた為、向こうからお出ましになっていた。

同じ手は、通用しない。


そこでメフィストに言われた事を思い出す。


“先に出会ったのがアタシだったなら、喜んで契約したのに”


俺の魔力の強さに、メフィストは随分と興味を示していた。悪魔と天使を従えている事に驚愕しつつ、俺の持つ膨大な魔力に魅力を感じているのは明らかだった。

なら、おびき出す有力な方法は一つだ。


懐中時計で時間を停止。

その中で、俺はあえて魔力を解放し挑発する。


「………出てこいよ、メフィスト。…お前の欲しがっていた魔力だ」


これは召喚にあらず。


また、交渉でもない。


「今度こそ決着をつけようぜ」


黒いモヤが下から立ち上がる。

渦を巻いて人ひとり分の大きさになった塊から、バサッと黒い翼が拡がりモヤが霧散する。

悪魔、メフィスト・フェレスだ。


《美味しそうな魔力。…初めましてじゃ、なさそうね》

「……俺は会いたかったぞ?」


かつてメフィストがそうしたように、俺も不敵な笑みを浮かべる。

明確に不快な表情をする目の前の宿敵に少しばかりの優越感を抱いた。

全ての元凶、全ての始まりにこれから反撃が出来るのだから当然である。


《さっき、アタシの魔力を込めた魔道具が破壊されたわ。しかもこの部屋、加護と結界に護られている。…アンタの仕業ね?》

「さてどうだろうな」

《時間を止めている中で唯一動いてる癖に、誤魔化す気があるのかしら》


見渡して俺以外の時間が全て止まっているのだからそりゃあ胡散臭いか。


「万が一に備えてだよ。…千載一遇のチャンス、逃すわけにいかないからな」

《……ふうん》







❇︎❇︎❇︎







《…一応聞くけど、アンタ人間よね》

「何故そう思う?」


クロノスの半身である事を除けば、俺は正真正銘の人間だ。間違いなく生身の人間と言える。


《魂に不思議な感覚があるのよ。懐かしいような、愛おしいような。でもアタシは人間にそんな心当たりがない》


へえ。理性では違うと分かっていても、本能がそうだと肯定しているのか。つくづく魂って面白い。


「正解だとしたら?」

《…は?》

「お前が俺に感じるその感覚の正体、俺は知ってるよ」

《…》

「でも、言ったところで信じないだろうな」


俺がそうだったように。

あまりに余裕たっぷりな俺に嫌悪感を抱いたメフィストが、不機嫌そうに殺意を露わにした。


《気持ち悪い加護と結界のお陰でアタシは今超機嫌が悪いの。言いたい事があるならさっさと言えば?…じゃないと、間違ってアンタを殺しちゃうわよ》


敵と言えど、こんなにはっきりと宣言されるとは。クロノスとの事を知っている俺からしたら意外である。でも。


「お前に俺は殺せないよ」

《…はぁ?頭沸いてんの?それとも悪魔が人間に負けるとでも?》

「そうだな…。以前の俺なら、どうやってもお前に勝てなかった」


実際、ヴィエラを人質に取られまんまと悪魔を逃してしまった。あれは最大の敗因だと思ってる。


「けど、もう逃す気も逃す理由もない」

《…人間の癖に生意気ね。悪魔に対して結構な強気だこと》

「当然だ。…負ける気がしないんでな」


メフィストの足元に聖魔法の結界を貼り、二重の意味で逃げ道を奪う。一瞬の出来事だ。


《はぁッ!?何これ!!ちょっと!?》

「もう、失敗しないって決めてるんだよ。一度ならず二度、お前に負けてる。いや、あったかもしれない未来の話まで持ち出せば、俺は三度敗北を味わった事になる。……もうこれ以上、ヴィエラを失いたくない」

《出せ!!出しなさいよ!!》


結界越しにメフィストが激しく叩き激怒している。


「聖なる光よ、裁きを下したまえ。ホーリー・ジャッジメント」


魔法陣から真上に向けて勢い良く光の柱が昇る。同時にメフィストから叫び声が上がった。


《ギャァアアア!!!!》


ジュッと焼けた様な音。悪魔を祓う時ってこんな感じなのかと、少しサイコパスな事を考えてしまった。


光の柱はすぐに収まり、全身に焼け痕のメフィストがこちらを睨み付ける。煙は出ているが、まだ致命傷ではないらしい。


《…あ、アンタ…、いったい、何者なのよ…》


喋る余裕もあるのか。悪魔も相当体力あるな。いや、この場合体力ではなく魔力か。まあどうでもいい。

本人(?)が知りたがっているようなので、これなら教えても良いかと口を開く。

俺自身も驚いた、俺達の共通点。


「……俺は、時の神クロノスの、半身だ」

《………は?》

「俺も、ついさっきまで知らなかった。クロノスが、フィエナを幸せにする為に創り出した人間……。地上でフィエナと結ばれる為に創り送った半身、それが俺だよ」

《………な、…………え…?》

「信じられないって顔しているな。お前がヴィエラに固執している理由も知ってる。…ヴィエラが、フィエナの生まれ変わりだからだ。フィエナはお前に殺されたが、クロノスが次こそ幸せになれるようにとわざわざ転生させていた」


情報過多。まさにそれだろう。


「…どうして、あの女がヴィエラをしつこく狙うのかがずっと分からなかった。クリストファー様が好きなら、俺達に構う必要なんかなかったんだ。他の男になんか目もくれず、クリストファー様だけに行けば良かった」


その答えも、今はもう出ている。


「………お前の魔力に、クロノスへの執着が残っていた。魅了の呪いはクロノスの半身である俺へも向かって、フィエナの生まれ変わりであるヴィエラにもその矛先を向けた。所有者と呪いの意思が複雑に絡まって、結果暴走したんだ」

《……アンタが、クロノス様の、半身………?》

「さっき、お前が言った、俺の魂に懐かしさと愛しさを感じるってやつ。あれの原因だよ」

《…そんな、まさか……。…!?……!??》


改めてじっくり俺の魂を観察して、心底驚いた表情になって。


《え、…そんな…》


急にしおらしくなった。そう思った瞬間、今度は青ざめた。悪魔の割に表情がコロコロと変わるな。すると項垂れて。


《……嘘》


絶望を現した言葉に聞こえた。その理由を考えて、行き着いた答え。

…ああそうか。俺がメフィストの呪いで死んだっていうのはつまり。


「お前は、俺に気付かなかった上、敬愛するクロノスの一部を殺した事になる」

《…ッ》


肩がびくりと震え、怯えた様な眼差しで俺を見上げる。まるで幼な子だ。悪い事をして、親に叱られるような、幼な子の目。


「最初に言ったが、逃す気はない」

《…代償は払うわ。クロノス様の半身を見抜けなかった…。これじゃあ、愛してるなんて言っても信じてもらえない…。それに…》


眼差しが変わる。覚悟を決めた目だ。そして、愛おしむかの様な目。俺の魂を通してクロノスを見ているのだと分かった。


《…他でもないクロノス様の…、半身であるアナタに祓われるなら、この上なく本望よ》

「……そうか。それは光栄だな」


再度手をかざす。

悪魔祓いの最上級魔法を使えば、きっと跡形もなく浄化されるだろう。最大の苦痛をもって、メフィストはきっと悶え苦しむ事になる。

いいじゃないかそれで。それだけの事をしたのだから。正当な報復と言える。けれども…


《アナタの魂に刻んだ呪いも、アタシが消えれば完全に無くなるわ…。もう、呪いで死んで過去に遡る事も、永遠に魔力を吸い取られる事も無くなる。ヴィエラと、幸せになりなさいよ………どうせ、アタシはその様子も見れないけれど》


本当に、良いのか、俺。


悩んだ末、俺は聖魔法とも悪魔祓いとも少し違う言葉を紡いでいた。










「––––時の神、クロノスよ。汝の赦しを欲する者が、ここにいる」

《…!?》

「名をメフィスト・フェレス。聖なる裁きを受け、己の罪を悔い改めし者。……汝が半身、イライアス・レヴァーノンの名の下に…彼の者の罪を赦し、これを導きたまえ」

《ちょっと…!?何を…ッ》


裁きの光とは真逆に真上から眩い光が降り注ぐ。

神の国、天国へと続く道しるべ。神の導きの光。暖かい陽の光にも近いその温もりは、当然悪魔が覚悟していたものとは違うもので、想定していなかった事態にメフィスト自身が驚いていた。


「俺はお前の罪を赦した。あとはクロノス次第だ」

《ゆるッ…!悪魔が天界になんて行けるわけ…!》

「でも天界への道は開いたぞ」


そう言っている間にメフィストの体は本人が意図せず浮いていく。


《ア、アタシに復讐するんじゃなかったの!?》

「…そのつもりだった。けど…」


何と言うか、そう。


「お前に、ヴィエラと幸せになれって言われたのが、嬉しかったみたいだ」

《…はぁ!??》


ぎゃーぎゃーと騒いでいる間にも、メフィストの体は光に包まれていく。


「まあそういう訳だから、天界に行ったらクロノスによろしく伝えておいてくれ」

《……ッ》


グッと黙り込んだメフィスト。顔を赤らめて、ボソボソと呟く。


《………あ、ありがと……》


そうして、キラキラした光と共に天へ昇っていった。

悪魔が果たして、赦されるのかは分からない。が、そこはクロノスが上手くやるだろう。何せあいつは時の神クロノスなのだから。


「さて」


止めた時間の中、再度周囲を見渡す。

使用前に魔道具は破壊した。魔道具を精製していた悪魔も居なくなった。これで、事実上あの女はもう魅了が使えない。


加護と結界を解き、時間停止も解除。

何事もなかったように、人々が動き出す。


少し様子を見ていると、あの女がクリストファー様に何か話しかけていて、ポケットに手を入れるのが見えた。

粉砕されている事に気付いたのか、明らかに動揺している。


隠密状態で近付き、やり取りを聴いた。


「誰かが壊したんです!ここにいる人達を調べてください!」

「待ってくれ、壊されたって、何を壊されたんだ?」


クリストファー様に訴えるが、全く理解してもらえず。

そりゃそうだろう。誰が考える。成人パーティで、魅了の魔道具を持ち込んでいたなんて。


「メフィ。落ち着いて説明してくれないか」

「クリストファー様!この会場に、危険人物が紛れ込んでるんですよ!危ないんです!」

「ちょっと待ってくれ。危険人物?警備兵もいるのに、紛れ込める訳がないだろう」

「いるんです!!私の大事なものが壊されたんですよ!!?」


砕け散った宝石と魔道具の欠片をクリストファー様に見せるが、魔力の名残も無い為それはただの装飾品の残骸にしか見えない。ましてや、本人が隠し持っていた物を、“誰かに破壊された”と言われても自己責任である。


「それはどういう物だったんだ?場合によっては被害届も出せるが」

「神様からいただいた物です!宝石が埋め込まれてあって、魔法も込められてあって、」

「どんな魔法かな」

「みっ…」


本能的に喋ったらマズイと思ったのだろうか。それとも、メフィストに他言無用とでも忠告されていたのだろうか。


今、確実に“魅了の魔法”と言おうとした。


騒ぎは会場全体に知れ渡り、視線があの女へ集中する。


仕方ない、正体がバレる訳にもいかないから、少し神の真似事でもしてみようか。俺、クロノスの半身だしクロノスも許してくれるだろ。





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