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光が収まったあと、ゆっくり目を開けて広がった光景に唖然とした。


見覚えのある会場。

倒れた俺に駆け寄る周囲。

あの女がヴィエラを悪女として断罪し、クリストファー様との婚約を発表した日の。


これは、まさか。


「どうした!?」

「おい、おい!!」

「息してないぞ、誰か、救護班!!」


––––俺が、死んだあとの………?


「クリストファー様、私怖い!」

「…メフィ、私から離れるな」


目の前で人が倒れ、緊急事態となりあの女がクリストファー様に抱きつく姿を見て。


………腹わたが煮え繰り返りそうになる。


急ぎ蘇生措置が行われる俺の体。もう無駄だ。

死んだ事実を俺自身が証明している。


ヴィエラは無実の罪で連行され、婚約者を庇う事もせずまんまと敵の毒牙にかかって死んだ俺。

ほぼ即死が認められてシーツで包まれていく遺体のそばに、俺を見つめた俺が、立っていた。

パーティ衣装を着た、俺が。


その責めるような眼差しに思わず緊張が走る。


「…お前は、本当に過去をやり直せると思っているのか?」

「……え?」

「“最初の過去”に戻れば、ヴィエラを救えると。本気で思っているのか」

「…どういう意味だ」


落ち着け、騙されるな。これはクロノスが用意した“試練”だ。

俺の知らない過去の出来事。死んだあとの事を、証明する方法なんて…。


「あの女は、結局他の男には目もくれず、クリストファー様を選び、お前を含めた男共は切り捨てられた。…クリストファー様だけが欲しいなら、ヴィエラは巻き込まれる理由がない」


それは、今まで保留にしていた疑問だ。


そういえば、どうしてあの女は俺とヴィエラに近付いたのだろう。

クリストファー様が目当てだったのなら、他の子息など構わなければ良かったのに。


遡った時は、てっきり選り好みしているのだと思っていた。

けれど本当にそれだけなら、ヴィエラが巻き込まれたのはなぜだ?

ヴィエラの婚約者は俺だ。クリストファー様ではない。


周囲が暗闇に包まれ、何もない空間を目の前の俺が指差す。スポットライトのように照らされたそこに、まるで拷問あとのような姿のヴィエラがうずくまっていた。


「…っイライアス様、イライアス様…ッ」


ぐす、ぐす、とすする音。

牢獄らしい鉄格子の向こうで、衰弱した彼女の姿に心が痛い。


ごめん。本当に、ごめん。今更どれだけ謝っても、君には届かない。


「……お前が死んだあと、ヴィエラは牢獄に入れられ、クリストファー様とあの女へ行なった悪事の裁きを受ける事になった」

「けど、実際にはヴィエラは何もしていない」

「そうだ。…だが、無実の証明も出来ない」

「…俺が、死んだから…?」


無言で頷く。


「牢の中で、お前の訃報を聞き、ヴィエラは更に追い詰められた。パトリクス家は国家反逆罪の責を問われ処刑、レヴァーノン家も婚約の責として同様。……文字通り、ヴィエラは味方のいなくなった世界で、独り牢獄で過ごした」

「……っヴィエラ…」


暗闇にたった独り、いっそ死にたかったろうに。


「ヴィエラの最期を見たいか」

「…さい、ご…」


俺が是と言う前に、指が鳴らされる。

目の前の俺と、俺の間。

ちょうど、人ひとり入れる空間に、すっかり痩せ細ったヴィエラが横たわる。


「ヴィ…!」


思わず駆け寄ろうとする俺に、目の前の俺が首を振る。これは過去だ。起きてしまった事だと言わんばかりに。


「……い、らい、あす…さま…。おしたい、して…おりま…。いま、わたくしも…そちらに……」


泣き腫らした目から、一筋の光と共に彼女は微笑み、空虚を見つめながら瞼を落とした。


ヴィエラ。こんなになっても、最期まで俺を慕ってくれたのか。あんな目に遭っても、俺を信じてくれたのか。


手錠と足枷。至る所にみみず腫れと鬱血と、出血の痕。

彼女の身体に刻み込まれた暴行の数々。

なぜ、俺は彼女を守れなかったのか。


「これが、お前の変えたかった過去。変えようとしている過去」

「……そうだ。ヴィエラを救うために、俺がしようとしている事だ」

「なら、お前は知らなければならない」

「何をだ」


カツンと、この場にそぐわない足音が聴こえて反射的に振り返れば。


「…………………死んだ?」


あの女が、ヴィエラの鉄格子の前に立っていた。










「……だ…れ…」


ヴィエラが最期の力を振り絞り口を開く。


「私です、ヴィエラ様。メフィです」

「……め……ふぃ……?」

「すっかり変わり果てて。…もう、私の事もほとんど分からないんでしょうね」

「………?」


動く気力もない彼女に何を感じたのか、あの女はしゃがみ込んでよりヴィエラに視線を近くした。


「あれから私、無事にクリストファー様と結婚して次期王妃になったんです。あんな“残酷な事件”があったから、みんな私に優しくしてくれて」


何を言いたいのか、ヴィエラも俺も理解出来なかった。どちらももう関わりがないはずだ。

結婚指輪を見せびらかして、もしやこの期に及んでただの自慢話をしにきたのか。


「普通ね、結婚式を挙げたらお祭りとか、パレードとか、めでたいムードになるじゃないですか。楽しみにしてたんですよ。周りにおめでとうって言われるの」


すると女の表情に陰りが見え始める。


「…………国を挙げての挙式だったのに、教会で神様に誓おうとしたら、突然女神像が倒れたんです。国で一番大きくて、立派な女神像が。…それで神父様が、“神の怒りに触れている”ってありもしない事を言い始めて。だっておかしいじゃないですか。私、その神様のお告げに従ってクリストファー様と結ばれたのに、なんで神様に反対されないといけないんですか」


はぁ、とため息吐いて立ち上がる。


「だからクリストファー様に言ったんです。“私は神様じゃなくクリストファー様に誓います。例え神様に許しがいただけなくとも、私は永遠にクリストファー様と共にいます”って。国王御夫妻もそれで結婚を認めてくださって、かろうじて次期王妃になれました」


目が笑っていないとはこの事だろう。

口元は微笑んでいるのに、笑顔に見えないのだ。


「…でも、女神像が倒れたのが広まって、周りの人にあまり良い顔をされなかったから、内々で静かに婚姻だけ済ませたんです。祝福されたかったのに、思ってたのと違って、なんだかがっかり…」


ヴィエラが一切話を遮らなかったので満足したのか、女は最後に口角を上げた。

文字通りの笑顔。


「だからせめて、ヴィエラ様のそのお姿を見て、すっきりしたかった」


…この女は、ヴィエラのこんな姿を見ても、心を痛めないどころか––––


「ヴィエラ様。どうかそのまま不幸を背負って、苦しんで死んでくださいね?」


私のためにも。

そう付け足して、女は去って行った。







❇︎❇︎❇︎






「……何だよ…それ。…………なんで、なんで…」

「……お前は、“最初の過去”で魔道具を破壊すれば、全てをやり直せると思っているな」

「………違うって、言いたいのか」


目の前の俺が、いつの間にか今の俺と同じ姿をしているのに気付いて、胸騒ぎがした。


「……………なら、試しに“未来”を見てみるか?」

「…………は?」


言うなり、また指を鳴らす。


景色が一瞬で変わり、パーティ会場。

床には粉々になった魔道具。それを見つめる俺と、ヴィエラ。つまりこれは、“今の俺”の時空という事になる。


けれど理解出来ないのは、なぜこの光景なのか。


「……魔道具は破壊した。あの女も拘束されて、それで…」

「本当に?」

「…何が言いたいんだよ」


憐れむような、嘲笑うかのような、俺の顔。


「…じゃあ、もう少し時間を進めようか」


そう言って、シーンも変わる。そこは牢獄で、中には鎖で拘束されたあの女が座り込んでいた。

危険物の確認も済んでいるので、もう脱出すら不可能なはず。


「なんでよ、なんでよ、なんでよ、なんでよ…」


ブツブツと呟いているのは不満だろう。ヴィエラへの言動を見た後なので同情の余地はない。


「何かがおかしい。こんなはずじゃなかったのに。私は神様のお告げを受けた貴重な人材なのよ。国の次期王妃なのよ。なんで私がこんな目に遭ってるのよ。なんで上手くいかなかったのよ。神様がくれた神聖な宝石なのに、なんで加護なんかで壊されるのよ。イライアス様に見せるまでは完璧だったのに。クリストファー様も、みんなも、すぐ私に夢中になってたのに、どうして」


本性を垣間見た瞬間だった。

そもそもその神様とやらが偽物だったんだ。悪魔メフィストが用意したものが、神聖なもののはずがないんだ。

けれどそれにすら気付かなかったのは、この女には見破るだけの素質も力もなかったから。

欲に溺れ目先の事しか考えなかったから悪魔なんかにつけ込まれ、利用された。


「…これが、見せたかったものか?」

「いや?ここからが本番だ。…よおく見とけよ」


面白いものが見れるとでも言いたげな俺の姿に、少し趣味が悪いなと感じる。


「……そうだ。もう一度、神様を喚べば…」


女はおもむろに己の髪へと手を伸ばす。

何だ?もう魔道具に出来るものは…。そう思った矢先、俺はふと思い出す。


ルシファーを喚び出したとき、俺は何を媒介にした?


––––ぶちぶちぶち!!!


それはまさに、狂人とも言うべき行動。

女は自分の髪を鷲掴み、力任せに引き抜き、地面へ置いた。


「ねえ。もう一度、私に力をちょうだいよ」


悪魔は喚び声があれば応える。人間の欲が主なエネルギー源だからだ。

そこに、準備とか手順とか、面倒な経緯は必要ない。


文字通り女は、己の髪を媒介に、再びメフィストを喚んだのだ。


《あらあら。可哀想な事になってるじゃない》

「…うるさい。あんたの魔道具が壊されちゃったのがいけないのよ」

《アタシのせいってわけ?あんたが不用心に誰彼構わず見せるからでしょう》

「ッあんたが!!“これで男達はイチコロだ”って言ったからでしょ!?」

《それを鵜呑みにしたのはあんたよ?もう少し賢いかと思ってたのに》

「〜〜〜ッ、ぐだぐだ言ってないで、力をくれるの!?くれないの!?」


呆れたような表情のメフィストが、悪魔の力で何かを作り出した。それを女の目の前に置いた。おい、まさか。


《アタシもそう何度も魔道具を出せるわけじゃないのよ》

「……」


破壊した魔道具よりも、更に小さく、更に闇の力が強い。嫌な予感がした。


《前回のより、強力にしてあげたわ。その代わり、使えばあんた自身にも副作用が出る》

「……これを、使えば……」


それを拾い上げて、女は狂気に笑う。


「ふふ、ふふふふ…」

《上手に使いなさい》


もはや“使わない”という選択肢などない笑い声。メフィストもそれが分かっているから不敵に笑うのだ。


せいぜい、楽しませてねと、悪魔は静かに闇へと消える。


直後、牢屋番が現れ、女に魔道具を見せられていた。警戒しつつ見たが最後、牢屋番はその魔道具に魅入られ、牢の扉を開けた––––。


再び周囲が暗闇に変わる。


「…これは、起きる未来なのか」

「ほぼ確定の未来だ。お前が血を媒介に悪魔と契約を交わしたように、あの女もまた、何度でも魔道具を手に入れられる。そうなれば、別の形で呪いは発動し、また死に至る」

「破壊したところで、未来は同じって事かよ…」

「まあ端的に言えばそうだ」


これでは、“最初の過去”で魔道具を破壊しても意味がない。…どうすれば。

やはり、魔道具の破壊だけでは駄目なのか。魔道具を与える張本人、悪魔メフィストを斃さないと…。


「“今のお前”が、この事を知らずに迎えた未来も見てみろ」

「見たところで、何か策でも?」

「あの女が、悪事がバレても尚どうやってお前を死に至らしめるのか。知らないでいれば、何度過去をやり直したところで、未来は変わらない。……ヴィエラも、同じ結末を辿るだけだ」

「………」


それを言われると、反論出来なかった。

でも起こりうる未来を先に見れるのなら、こんなチャンスもう二度とないだろう。ただ唯一文句を言うとすれば。


「…見せてくれ。こうなったら、とことんまで付き合ってやる。元々それが“試練”だろうからな」

「ふっ、そうこなくては」


俺と同じ顔で、そんな悪どい表情しないでほしいという事だけだ。











目の前の俺(面倒臭いので以下“俺”としておく)がまた指を鳴らす。一瞬で明るく照らされ、眩しさのあまり「うっ」と声が漏れた。


場所はまた変わり王城。そこには俺とヴィエラ、クリストファー様。

分かりやすく言えば、あの日の当事者達だ。


先ほどの“俺”の説明通りなら、これは“あの女が再び魔道具を手に入れた事”を知らない世界のはず。


「此度は我が愚息が多大なる迷惑をかけた。貴殿らの晴れ舞台を台無しにしてしまった事、謝罪しても足りぬと心得ておる。詫びと言ってはなんだが、被害を最小限に抑えてくれた貴殿らに、何かしらの功績をと考え本日はこの場へ集まってもらった」


国王陛下直々の言葉。そばにはクリストファー様が控え、手元に何かを抱えていた。


「…私の不注意で、危険な目に遭わせた事、心から謝罪と感謝を申し上げる。あの後すぐに王宮の魔法士から、魅了の呪いをかけられていたと教えられた。特にイライアスには、加護によりその呪いから解放してくれた恩義も含め、国王陛下からの許可も頂き勲章を授与したい」


光景だけを見れば、これでハッピーエンドである。悪者は懲らしめられ、勇猛果敢に猛威から人々と国を救った英雄は讃えられる。


牢獄の事を知らない俺も、警戒せずその場から一歩前へ進んで首を垂れた。


「勿体なきお言葉。謹んでお受けいたします」


俺の返事に満足そうな陛下とクリストファー様。クリストファー様がゆっくりと俺に近付き胸元に勲章を取り付けた。

それを隣で誇らしげに見つめるヴィエラ。


「本当にありがとう」

「当然の事をしたまでですよ」


次に、ヴィエラには宝石の贈り物。これは謝罪の分だろう。名のある職人が作ったとされる首飾りがとても彼女に似合いそうだ。


ヴィエラはそれを丁寧に受け取ると、また俺に微笑んだ。小声で彼女に話しかける。


「とても綺麗な首飾りだ」

「はい。素敵すぎて、付けるのが勿体な––––」


どこからか、ヴィエラの胸に矢が突き刺さる。

いや、後ろから。彼女の胸を矢が貫通した。


いくら装備を身に纏っていないからと言って、人の力でそう易々と矢が胸を貫通するのか。


「ヴィエラ!!!!」


倒れ込むヴィエラを咄嗟に抱えた俺。

矢を打たれたヴィエラは…すでに息絶えていた。まさか、背後から心臓を、矢でひと突きされて?


「ヴィエラ嬢!?」

「誰か、衛兵はおらぬのか!!侵入者ぞ!!」


目の前での出来事に、陛下もクリストファー様も動揺を隠せず、禍々しい気配に俺が入り口を振り返る。


そこには、あの女が立っていた。複数の衛兵を引き連れて。






❇︎❇︎❇︎






「メフィ!?なぜ、牢にいるはずじゃ…!?」

「牢屋番は何をしている!!早くあの娘を捕らえよ!!」


陛下の命令も虚しく、ただただ地獄のような光景が続いた。牢屋番は全てあの女の魅了にかけられ、そこから衛兵や門番もあの女の手に堕ちていったのだ。

城を守る兵もあの女の手下になったのだから、当然止める者などいない。まんまと、懐への侵入を許してしまったという事である。


目の前でヴィエラが矢で倒れたというのになぜ俺が冷静でいられたのか。冷静というわけではない。こうなる前提で未来を見せられている。


加護はどうしたのか。悪意あるものは跳ね返せるはずなのに、なぜ発動しなかったのか。答えは簡単、兵による矢の襲撃は物理で、かつ魅了された者による攻撃はそこに“悪意”という認識がない。加護の穴をすり抜けている。


「………イライアス様。これなら、加護も無効なのでしょう?ご心配なさらず。すぐにヴィエラ様のところに送って差し上げます」


ふと、ルシファーとガブリエルは何をしているのかと思った。二人ともヴィエラの事を気に入っていた。むざむざと殺されるようなヘマをするのか。

その疑問にもあの女が答えた。


「……悪魔と天使がついていらっしゃったなんて、予想外です。私も、ここまでしなければ気付けなかった……」


女は、すでにヒトの姿ではなかった。眼は黒く変色し、顔や首筋、手の先に至るまで黒い模様に覆われている。あれではまるで、悪魔だ。


––––使えばあんた自身にも副作用が出る。


これが、副作用?


もしや、悪魔に堕ちた?

それでルシファーとガブリエルの存在もバレた?


「……………お前がヴィエラを殺したのか」


バッと振り返る。途轍もない胸騒ぎを感じて。

ヴィエラを抱き上げた俺の声が、出した事がないくらい低い声だったのだ。

闇のオーラが溢れ出る。あれはもしかして悪魔を召喚しようとしている?

心臓が激しく鼓動を打つ。


「………どうして、ヴィエラが殺されなければならない。どうして、こうも俺の邪魔をする」


ゆらりと立ち上がるその姿は、勇猛果敢とは程遠い。まるで闇堕ちだ。

足元に現れた禍々しい召喚陣。ブワッと風が吹き荒れ、その場にいる全員が吹き飛ばされないようにするのが必死で、なのにその渦中の俺は平然としているのがなんとも不気味だ。


「……もう、いい」


悲壮な、全てに諦めてしまった、そんな声。


「…………最初は、魔道具さえ壊せばと思ってた…。でも、何をしても、お前がヴィエラを殺すのなら……」


感情を捨てた俺の目から、ツ、と涙が流れて。


「俺が、お前を殺してやる」










「死者の国より甦れ。怨念を抱きて復活せよ。我は悪魔と契約せし汝らが主。我が喚び声に応え我が怒りを吸い高まれ」


床に無数に出来た影から次々とアンデッドが出現し、女の率いる兵達に襲いかかる。

魅了にかかってはいても、恐怖や痛みを感じない訳ではない。


斬りつけられ、斬り刻まれ、死んだ兵士も黒魔術でアンデッドと化していった。


「……余計な抵抗はしてくれるなよ。面倒だ」

「……そんなに、ヴィエラ様が大切ですか」


ルシファーもガブリエルも出てくる気配はない。もしかしたら、女の術で引き離されているのか。


「大切だ。俺の命よりも。だから、お前は殺す」

「……」


女が手を向けると同時、腕が鋭く斬り落とされる。一瞬の抵抗も赦さないとばかりの鋭利な魔術。

衝撃で膝をつくも体が悪魔と化しているのか血も出ない。悲鳴も上げない様子を見るに、どうやら痛みも麻痺しているらしい。


「……」

「俺やヴィエラの苦痛を味わわせてやりたかったが、この際どうでもいい。…さっさと死ね」


躊躇ない一撃。迷いのない一閃。

くうを手刀で斬ったかと思うと、それは女の首に。

ごとん、と床に転がったそれを、遠目で見ていた陛下とクリストファー様が無言の悲鳴を上げる。


「…ヴィエラ………」


冷たくなり始めているヴィエラの頬を撫で、ようやく俺の目に感情が浮かび上がる。


「………待ってて。俺も、すぐに…」


黒魔術、アンデッドの召喚。暴走した魔力は術者の命を急激に消耗させる。

故に。


…ッピシ。


乾燥した泥人形のように、体の至る所にヒビ割れが生じて。


「……ヴィエラ。愛してる」


––––ビシ。ガラッ。


直後、音を立てて崩れ落ちた。

生きながらの石化。悪魔と契約する事で、その肉体は土に還る事もなく、また魂は天に昇る事もない。







❇︎❇︎❇︎






「自分の死に際を客観視出来るとは思わなかった」

「…意外と冷静だな」

「いや、さすがに闇落ちは想像してなかったよ」


再び周囲が暗くなる。

吹き荒れた大部屋は、俺の死と共に収まっていた。その後どうなったのかは、見ずともおおよそ予想はつく。


「魔道具を破壊しても無駄……となれば…」


クロノスによるこの“試練”は、その最善策、対抗策を自分で見付けろというものだろう。


「…召喚されるメフィストの方を、斃すしかないのか」

「……」


正直、本当に悪魔を斃せるのか、疑問が多い。

聖魔法?聖水?それとも十字架?

ガブリエルの力を最大限使って聖魔法の最上級魔術で勝てるか?


「なあ。クロノスは、俺がメフィストを斃せると確信があって、この“試練”を寄越したんだろ」

「そう思うか?」

「じゃないと、俺が死んだ世界と俺が死ぬ未来、両方見せない」

「解釈は自由だ」


明確な答えは出さない。でも、否定もしない。


「…ヴィエラがどうやっても殺される理由。俺は、それを知らないといけない気がする」


“俺”がニヤ、と笑う。ねえほんと頼むから俺の顔で遊ばないでくれ。


「じゃあ、もう少し昔に遡ってみようか」

「は?昔?“最初の過去”ならもう見たぞ」

「それよりも前の話だ」

「いや、前って、」

「まあまあ、ちょっとした昔話だよ。良いから付き合え」

「え、いや、」


有無を言わさず“俺”が指を鳴らす。


すると、景色はガラリと変わった。

見た事がない草原で、辺り一面が見晴らしの良い大地。

遠くに数本の木がある程度で、周囲には建物が一切なかった。


こんな土地、国のどこにもありはしない。


風が頬を撫で、草木の匂いも感じる。あまりにも現実味があって、果たしてこれは本当に“昔”なのか。


「…これは、いつなんだ?」

「……いつだと思う?」


質問に質問で返すな。そう文句を言おうとしたとき、視界の端から女性が走っていくのが見えた。


「クロノス様!」


神話の時代を彷彿とさせる白いキトン。クロノスの服装とも似ているが、こちらは庶民用だろう。

女性が近寄った相手の男は、俺が召喚で出会ったクロノスその人で、どうやら神と人間がまだ近しい関係だった時代らしい。

いや待て本当に神話の時代に来てるのか。


そして更に驚くべき事に、クロノスと呼ばれた男に親しげに近付く女性。その顔にとても見覚えがあって。


「……ヴィエラ?」


間違えるはずもなく、俺が愛してやまない彼女に瓜二つであった。











「クロノス様、こちらにおられたのですね!信徒の皆様がお待ちですよ」

「呼びに来てくれたのか」


俺の時とは雲泥の差の柔らかな表情。同じ男として気付いた。クロノスは、彼女を愛している。


「お時間になってもお見えにならないので、私が遣わされました」

「素晴らしい祭式日和なのでな…風を浴びたくなった」


そう言うクロノスは、確かに心地よさそうな顔をしていた。


「…だが私が戻らぬ事で、そなたが叱りを受けるのは本望ではない。すまぬな、今戻る故、赦せ…」


優しい手つきで女性の頬を撫で下ろす。

人の恋路を盗み見ている様でむず痒い。なんだ、この甘い空間は。


「赦すだなんて…。神の行いは総てが正しく意味あるものでございます。…私如き人間が、推し量るものでは…」


困った表情のヴィエラ(に瓜二つの女性)。クロノスは、ふ、と微笑み彼女の腰に腕をそっと回して歩き出す。


「私はそなたを一番に気に入っている。その様に己を卑下するな」

「勿体なき言葉です…。私などを…」

「フィエナ」


ぴく、と女性がクロノスを見上げる。

フィエナというのが彼女の名前らしい。


「我が最愛なる女性よ。どうか、私の言葉を真っ直ぐに受け止めてくれないか」

「………我が神のお望みとあらば」


愛しい女性の一線を引いた言葉に、クロノスは哀愁の表情を見せる。

一人の男として見てほしい神と、事実上神として崇める女性。その隔たりはどうしても大きい。


しかし俺としては、ヴィエラに瓜二つの彼女の方がとても気になっていた。

“俺”が見ろと言うからには、何か繋がりがあるはずなんだ。


二人が去るのを見届けたあと、しれっと“俺”が現れる。


「驚いたか?」

「おい」

「ははは。まあお前も気付いたろうが、彼女はヴィエラの前世だ。神話の時代、フィエナとしてクロノスと共にいた」

「…前世。ヴィエラが殺される事と何か関係があるのか」


まだ、神話の時代に連れてこられた意図が不明確だ。


「……お前は、“最初の過去”を勘違いしている。お前がやり直すべき本当の“最初の過去”はここだ」

「本当の、“最初の過去”…?」


想定していなかった過去である。“俺”が憂いを帯びた眼差しで告げた。


「悪魔との因縁、運命とやらを断ち切りたいんだろ。なら、その答えはこの世界にしかない」







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