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それから更に数年後。

俺達は国王主催のパーティに招待されていた。

大人の仲間入りを祝した宴である。国内全土から貴族の子息令嬢が集まった。


そして同時に、例の女と初めて接触した場所でもある。


「イライアス様!」

「ヴィエラ」


お互いの姿を見つけると、待ち合わせをしていたように名を呼び合う。すっかり大人の女性に成長したヴィエラが、美しい所作でドレスの裾を広げた。


「…ドレス、似合ってる。…綺麗だ」

「ありがとうございます…」


素直に褒めれば頬を赤らめて照れる婚約者。可愛いなと眺めていたいのに背後が五月蝿い。

ちなみに、幼少期のような他人行儀な態度はもうとっていない。単純に、俺が「ヴィエラと呼んでも良いか」と聞いた。微笑みながら「是非」と返事が来たのでそうしている。


《可愛らしいですわねぇ!》

《ふん、これで大人扱いか。我らからすればまだまだ赤子だ》


ヴィエラのドレス姿をマジマジと見た二人が保護者気取りに感想を述べる。ちょっと二人とも。視界の邪魔だって。


「今年は王族のクリストファー様も御成人なさるのですね。同世代に王族の方がいらっしゃるなんて素敵」

「そうだな。同世代として、貴族として、名に恥じぬ行いをしよう」


…そのクリストファー様も、俺と同様魅了の魔法でお前を苦しめたんだが、記憶がないから仕方ない。


「イライアス、ヴィエラ嬢!」


噂をすれば、である。


「殿下。この度は、パーティにご招待くださりありがとうございます」

「よい。気軽に楽しめ。このパーティは私も含めた成人男女の宴の場だ。そこまでかしこまるな」


ヴィエラの形式的なご挨拶に、クリストファー様は気さくな態度で返答した。

以前であれば、懐の広いお方だと尊敬していたが。


(思えば、あの女も殿下の紹介だった気がする。もしそうなら…)


俺の意図を悪魔と天使は汲み取った。


《主よ。メフィストの気配がするぞ、気を付けろよ》

《…臭いますわね。欲と嫉妬に塗れた、醜い女の臭いですわ》


さすがに二人もついてて、俺とヴィエラに加護を付けてて魅了の罠がかけられるとは思えないが、用心に越した事はないだろう。


「ああそうだ、二人にも紹介しておこう。今年我が国に移住してきた公爵家のご令嬢だ。歳は私達と同じ」


そう言って、殿下の背後からゆっくりと姿を現した。


「メフィ・フェレストス嬢だ」

「初めまして、メフィ・フェレストスと申します」


当時の俺は思った。ヴィエラとは違う系統の、可愛らしいご令嬢だと。

けれど呪いを受け、残酷な末路を辿り地獄の苦しみを味わい、その原因を教えてもらった今なら分かる。


––––この女から溢れるドス黒いオーラ。


《…間違いないな》

《ええ。間違いありませんわね》


二人も俺と全く同じ反応だ。


「ヴィエラ・パトリクスと申します。お会いできて光栄ですわ」

「…イライアス・レヴァーノンと申します。以後お見知り置きを」


当たり障りのない挨拶にとどめ、他の貴族にも紹介すると言って殿下は女を連れて去って行った。

このパーティでは最初の挨拶が済めばあとはほとんど自由行動。恐らく、その時にあらかじめ目星を付けていた子息達にコミュニケーションを装いあの魔道具を使ったのだろう。


《…あるじさま達には加護があるから平気ですが、見ていてあまり気分の良いものではありませんわね》

《ここ数千年の間でも珍しいほどの呪いの濃さだぞ。…それだけ欲深いのか強い契約でも結んでいるのか》


二人から見ても相当酷いものらしい。俺は人間の目でしか見れないが、二人にはもっとはっきり見えているのだろう。


「ヴィエラ。俺から離れるなよ」

「イライアス様?」

「…ひ。人混みで迷子になったら大変だから」

「わたくしももう大人ですのに」


どこで呪いを受けるか分からないので、警戒を怠らぬようそう言ったのだがそういやヴィエラは事の顛末を知らないのだった。慌てて違う理由で誤魔化す。


《………ルシファー。同じ悪魔遣いには俺の契約印もお前達の姿も見えるんじゃなかったのか》


初めてルシファーと契約を結んだ時、本人が言っていた事だ。契約印は、同じ悪魔遣いにしか見えないと。

自己紹介では悪魔が見えているような素振りがなかった。見えていない振りをしていたならとんでもない役者だが。

そう思って、念話でルシファーに問いかける。

けれどもその答えはガブリエルが持っていた。


《あるじさま。お忘れのようですけど、今あるじさまにはわたくしの加護があります。これにはあるじさまの力を隠す効果もあるのですわ。ルシファーの姿があちらに視えなかったのもその為です》

《便利だな。…でも、俺にかけられた呪いは解けないのか》

《…申し訳ございません。加護は、言い換えれば防御魔法のようなものです。既に侵入を果たしたものには効果がありません…。その代わり、呪いが解ければより強固な力になります》

《つまり、意地でも今日、あの魔道具を破壊なりしないと駄目って事だな》


ちなみに人前で二人と話すにはどうすれば良いかを悩んでいた頃ガブリエルがあっさりと《念話で話せば良いのですよ》と答えた。ルシファーは思いつきもしなかったらしい。曰く、必要性を感じなかったと。


《…ガブリエル。ヴィエラの加護を強化しておいてくれ》

《かしこまりました》

《主はどうするんだ》

《魔道具を破壊するにも、メフィストを叩き潰すにも、どちらにせよ囮が要るだろ》


呪いを受けた時。あの女に魔道具を見せられた時。俺はここまでヴィエラのそばに付きっきりではなかった。ある意味一人だったから、つけ込まれたのかもしれない。


《…まずは接触だ》










主催者である国王の祝いの言葉が終われば、成人祝いのパーティは一転社交の場へと変わる。

婚約者も決まっていない新成人男性にとっては格好の口説きの場なのだ。


案の定あの女も同じらしく、クリストファー様が席を外した途端見境なく子息に声をかけ始めた。中には本当に社交辞令として世間話だけで済ませているのもあり、あれは恐らく品定めしているのだろう。

そしてやはり、決めた相手には––––


あの魔道具を見せていた。


《あんな小道具を使わねば異性を口説けないとは、情けないですわね》

《人間の小娘が考えそうなものだろう》


二人が言いたい放題しているがそんな事どうだっていい。

魔道具から直で魅了をかけられた者達は、やはり瞳から光が消えていた。罠にかかった証だ。今頃あの女はほくそ笑んでいるのだろう。

様子を見ていると、一向に俺のところに来ない。前回は向こうから寄ってきたが、今回はこっちから仕掛けてみるか。


「ヴィエラ」

「イライアス様…?」


俺が微笑みながらヴィエラに腕を差し出す。誘導の仕草だ。流れるように腕を取り、あの女のところまで一緒に行く。


「やあ。楽しんでいるかな」

「イライアス様、ヴィエラ様」

「わたくし達ともお話ししてくださる?」

「勿論です」


さっきは素っ気なかった俺が笑顔で話しかけてきた事に一瞬驚いていたが、ヴィエラがフォローしてくれたので向こうも友好的な態度になる。


「お二人はご婚約されているのですね」

「ええ。幼馴染でもありますの」

「とてもお似合いで羨ましいです」

「ふふ、ありがとうございます。メフィ様はまだお相手がいらっしゃらないのでしょう?どなたか気になるご子息はいらっしゃいまして?」

「どの男性も素敵な方で、迷ってしまいます…」


“迷う”。

つまり、選り好みしているという事だ。もしくは気に入った男でハーレムでも作るつもりだろうか。いや、恐らくそうだ。

警戒している俺と違いヴィエラはポジティブに捉えている。


「交友関係は広いに越した事はありませんわ。是非沢山の方とお話しなさって」

「はい!」


いかにも、新人令嬢ですと言わんばかりの笑顔。だがさり気なく取り出されたものを見て、悪魔と天使が敵意剥き出しになる。


「あ、そうだ。友好の証に、お二人にお見せしたいものがあります。私が大切にしている、宝物なんです」

「あら、宝物を見せてくださるの?」

「はい。是非」


手に広げた物は間違いなくあの魔道具だ。


「綺麗ですわね」


ヴィエラが近付くが、加護のおかげか何も起きない。女も大して気にしていないのか、無関心だ。ああ、確か魅了の魔法は使用者の意思でいかようにでも扱えるんだったか。

さあ、これでどうやってこの魔道具を破壊しよう。公衆の面前でもあるしと悩んでいると、ガブリエルが企んでいる表情で指示してくる。


《あるじさま、その魔道具に触れてください》

《…はっ?》

《それは良いな。触れてみろ、主》


…まあ、二人に鍛えられ加護も付いているので、今更ビビる必要もないか。

言われるがまま、許可を取る。


「メフィ嬢。触れてみても良いかな?」

「ええ、どうぞ」


女からしてみれば飛んで火に入る夏の虫か。

魔道具の装飾部分に触れた瞬間、埋め込まれた宝石にピシリと小さなヒビが入り、それが広がったと思ったらまさかの魔道具が木っ端微塵に破裂した。


「!?」

「きゃっ!」


パンッ!!と割と大きめな音が鳴って、周囲の貴族の視線も一気に集まる。

ちょっとさすがに俺もこれには引いた。


「えっなに」

「今、何が起きたの…?」


騒つく会場、俺が人の所有物を目の前で破壊したと思って真っ青になるヴィエラ。ごめん、これは俺も予想外だった。いや、どこかで破壊しようとは思ってたけど。


「な、どうして…」


魅了の魔法をかけるつもりだった女は、魔道具が破壊されたのを見て明らかに動揺している。


さてどう言い訳をするか。またガブリエルが言い訳もとい、指示を出してきた。


《わたくしがお仕えしている事で、あるじさまは今や聖魔法の遣い手でもあるのです。加えて加護もあるので、あるじさまが触れるだけでこれからかかる悪意あるものは全て浄化、もしくは破壊されます》


自動発動って事か。それなら俺には責任はないな。自衛の加護だし。正当防衛だし。


「…言っていなかったが、俺は聖魔法が使えるんだ。俺とヴィエラには加護もかけてある。きみの宝物を破壊してしまったのは加護が発動したから。……不可抗力だったんだが、さて、俺達に何をしようとしたんだ?」


聖魔法、加護、という事で、状況は完全に逆転した。俺が聖魔法を使えるというのも以前にヴィエラには伝えていたので疑惑の視線は女に注がれる。


「…ヴィエラ様。イライアス様に、何をなさるおつもりだったのです…?」


魔道具が破裂した瞬間、魅了をかけられていた子息達は一気に解除されたらしく、頭を振って自身の状況を確認していた。…その中にはクリストファー様の姿も。


「加…護…?まさか、そんな…、ご、誤解です…、私は、害そうなど…」

「現に、加護は発動した。どんな魔法であれ、それが俺達に害あるものと判断されたのは間違いない。……答えてくれ、何の、魔法を、かけようとしたんだ?」


女は口籠る。別に馬鹿正直に答える必要もない。たまたま、宝物に込めた魔法に反応して加護が発動してしまった、とかでも良かったのだ。

それだけ計画が狂ったのが予想外だったのだろう。慌てて口を滑らせていた。


「っこんなはずじゃなかったんです!私はただ、神様に言われて…!」

《…………神?》


ぴくりと反応を示したのはガブリエルだ。

そして突如周囲の時間が止まる。動けるのは、俺とルシファーとガブリエルだけ。

女すら、固まっている。

警戒している二人の様子を見るに、どうやら時を止めたのはルシファーでもガブリエルでもない。

となると。


《あーあ、アタシの魔道具が壊されるなんて。口も軽いし所詮は人間の小娘ってトコかしら》


バサリと羽の音。

やたら露出度が高く、ルシファーのような黒い翼を持った女。直感で分かる。こいつが。


「…お前が、メフィストか」

《あらぁよくご存知で》


ニヤリと笑うその姿は悪魔そのものだ。

あの女は、こんな奴を神様だと思い込んでるのか。

魔道具を壊された事も、大して気にしてないのか、メフィストは、呑気に自己紹介なんかし始めた。


《初めまして、愚かな人間。アタシはメフィスト。悪魔メフィスト・フェレス。誘惑を司り、快楽を追い求める者。アタシの止めた時間の中で動けるって事は、アナタ相当強い魔力の持ち主ね》


俺の契約印とルシファーを見比べて、心底残念そうに笑った。


《先に出会ったのがアタシだったなら、喜んで契約したのに。…でもよりによってガブリエルがいるなんて、アナタ何者?悪魔と天使、両方を従えた人間なんて聞いた事もない》


あからさまな嫌悪感。別に二人とも出会いは偶然なんだがこの際言う必要もないだろうな。


しかしこの悪魔、ルシファー以上の饒舌だ。言葉で人間を惑わせる常套手段なのかもしれない。


《…あら?よく見たらアナタ、アタシの魅了の呪い持ってない?あらあら、という事はもしかして、唯一の呪い持ち?ヤダー!この小娘、あれだけ魅了浴びせたのに一人しか呪い持ちにできなかったの!?》


……ちょっとイラッときた。

俺の魂に刻まれた呪いを見て、悪魔は瞬時に自身の呪いだと気付いた。気付いて、嘲笑うかのような言い回しでこちらを煽ってくる。


「よし、ガブリエル。こいつ殺すぞ」

《御意》

《仕方ない、我も協力するぞ》


満場一致でメフィストへの殺意を固めて戦闘態勢に入る。するとメフィストは俺達と距離を取りつつ口を吊り上げまた笑った。


《残念だけどアタシはただの分身体なのよねぇ。そこの小娘がちゃんと呪いを付与出来るかの監視も兼ねて、本体が魔道具に込めた魔法の一部ってわけ。だからアタシを殺しても、本体には何の影響もないのよ》

《悪魔のくせに、小賢しいですわね》

《まあ悪魔だからな》

「ルシファーはどっちの味方だよ」


文句を言いつつ、練り上げた魔力で作った魔剣を装備する。ルシファーとガブリエルに鍛えられた俺の魔力は、数年前から更にその精度を増していた。


《分身体と言えど、メフィストの一部である事に変わりはありませんわ。今ここでこの女を滅してしまえば、メフィスト本体の力も多少は削れるでしょう》

「よし。」

《よし。じゃないのよガブリエルってこんなに脳筋だった?》

「よその天使の事は知らんが、うちのガブリエルは最初からこうだ」


ガブリエルの破魔の力も上乗せして、魔剣が虹色に輝き出した。手違いでルシファーに当てたら消えちゃいそうだな。


「悪いんだけど、俺からしたら絶好の機会なんだ。……逃す気はない」


俺の闘気にメフィストは不敵な笑みを浮かべる。


《……中々に唆る顔だわ。けど、アタシもタダで殺られるわけにはいかないの》







❇︎❇︎❇︎







メフィストが指を鳴らす。何だ?と思っていると、ガブリエルとルシファーが声を荒げた。


《あるじさま!》

《クソッ》


振り返ると。

女がヴィエラの首筋に何かを突き立てていて。

それはよく見ると、先ほど俺が加護で破壊した魔道具の破片だった。まさか、そんな。


「ヴィエラ…!」

《アタシ達悪魔は、誘惑によって人間を惑わしそう差し向ける事が出来る。悪魔の囁きってよく聞くでしょう。…契約していれば、場合によっては契約者の肉体を意のままに操る事だって出来るの》


そう言って、破片がグッと押し込まれる。あともう少し力を込められればあっという間に血が出てしまう。


「やめっ…!」

《勇敢な坊や。さあ、ここでアタシを見逃すと言いなさい。そうすれば、一時撤退してこのお嬢さんも無傷で返してあげる》

「そんな戯言…!!」

《主よ》

「なんだルシファー!」

《……メフィストは嘘を吐いておらん》

「……!?」


ルシファーを見ても、嘘や冗談を言っている顔ではなかった。

ここまで来て、ようやく宿敵に一泡吹かせられると。そう思ったのに?


「こいつの言う事、信じろって言うのか」

《非常に癪だが、悪魔は嘘こそ吐けど約束は破らん。それは、口約束だろうが悪魔をも縛る契約の内だからだ。メフィストが自ら交渉するのなら、悪魔といえど反故する事はできん》

《…あるじさま。ルシファーの言う通りです。今あるじさまがメフィストの提案を蹴れば、婚約者様は即座に殺されてしまいます。…心苦しいですが、ここはメフィストの提案に乗るべきですわ》


ガブリエルまでルシファーに賛同するものだから、断腸の思いで魔剣を仕舞った。

それをほくそ笑んで見下ろすメフィスト。


「約束だ。お前を見逃す」

《……素直な子は好きよ》

「お前のためじゃない」

《ふふ。将来が楽しみだわ》

「ほざいてろ。お前の思い通りにはさせない」


女がヴィエラを解放する。そして元の位置に戻ると同時に周囲の時間が動き出した。


「あ、れ…?私……?」


操られた後遺症なのか、女は一人困惑していた。


「………メフィ嬢。君が神と呼ぶ存在、それは良くないものだ」

「っどうしてそんな事が分かるんですか?」

「……“魅了”なんて、本来己の力のみで努力するものだからだよ」

「……どうして、それを…」


婚約者のいる俺や、子息、王族にまで目をつけた理由なんて、分かりたくもないが。


「………努力せず得られるものなんて、何一つないんだ」











危険物持ち込みの容疑として、結局女は警備兵に捕えられ別室へと連れて行かれた。

別室とは言いつつ、王族も巻き込んだ騒ぎだったので事実上の王国転覆罪である。行き先は恐らく牢屋か監獄か…。


これで一件落着……とはならないのが、俺の現状だ。


《あるじさま。そう気を落とされませぬよう。ご婚約者様を救うためには最善の方法だったのですわ》

《そうだ主よ。あの場はあれが最善だったのだ》

「……でも、結局メフィストの方が一枚うわてだった。ルシファー。悪魔っていうのは、他にどんな能力を持ってる?分身、呪い、誘惑、もう同じ轍は踏みたくない」

《…悪魔として、己の弱点を晒すようで余り気乗りはせん》

《言ってる場合ですか。同族を売りたくないと?やはりお前はこの場で浄化した方がよろしいですわね》

《おいやめろやめろ。メフィストを庇っているわけではない。まさか保身のためにこんなことを言っていると思っているのか》

《違うとでも?》


あの場で当事者となった俺とヴィエラ、それに魅了にかけられていた子息達。女が連行された直後、複数人が体調不良を訴えそれぞれに個室が与えられた。しかも、知り合ったきっかけが王族だった事もあり、クリストファー様だけが謹慎である。


部屋に通され、他に人の目がない事を確認した上で、俺はさっき起きたばかりの出来事を思い出す。


「お前らの事はこれからも信用したい。けど、こうも後手に回っていると俺もいい加減に腹が立つ」

《主…》

《……》


せっかくの最強ピースが二つも揃っていて宿敵に勝てないのは、別の何かが不足しているのだとしか思えない。

そう考え、現状を打破しうる策を二人へ催促する。


二人は少し渋っていたが、先に口を開いたのはガブリエルの方だった。


《……あるじさま。余りオススメはいたしませんが、方法はあります。それこそ、確実に呪いを解く、唯一の策が》

《おい…》


止めようとするルシファーを俺が制止して、続きを促す。


「本当か」

《ええ。……そのためには、あるじさまにはもう一人召喚していただく必要が…》

「召喚…。ということは、天使?」

《天界の者ではありますが、天使ではありません…》


隣のルシファーが、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。ガブリエルが来た時以上の。

悪魔からしたら、ライバルが一人増えるみたいな感覚なのか。


「誰?天界で、天使じゃないとしたら…」


たっぷり間をおいたのち、ようやくガブリエルが重い口を開く。


《………時の神、クロノスです》

《やめておけ、主。奴は天界の中でも性悪だ》

「悪魔に性悪って言われてんのか」

《事情があるのです。クロノスは時の神。文字通り、時を司ります。その力の範囲に限界はありません》

「時…。その気になれば、過去も?」

《はい。過去どころか、未来も。あらゆる時空において干渉する力を持っているのが、時の神クロノスですわ》

「……なんだそれ、最強じゃん…」


つまり、最初に俺が呪いを受けた次元に飛ぶ事も勿論可能なわけで。


《故に、他の神や天使よりも、少々気難しいところがあるのです…》

「気難しい?」

《“気難しい”などとオブラートに包むな》


どうやらそのクロノスは天使からも悪魔からも避けられているらしい。


「けど、唯一の策なんだろ?」

《はい、間違いなく》

《………》


断言するガブリエルと、答えないルシファー。

無言は肯定とも言うんだぞ、ルシファー。


「…いいよ。召喚しよう。用意するものはあるか?」

《……特に必要はありません。神を召喚するに相応しい魔力があれば。あるじさまは既にルシファーとわたくしを召喚しておりますので、魔力については問題はないかと》

「んー、つまり、他に多少の問題があるって事か」

《はい。先ほども申し上げた通り、クロノスは時を司る神。過去や歴史を重んじる性質があり、それを変えようとする行いは嫌う傾向があります》

「…ん?」


なんだか非常にマズイ予感が。


《……あるじさまは、既に一度死に、メフィストの呪いによって過去へ遡っておられます。………それを、クロノスがどう判断するか》

「…遡ってるのが、俺の意思じゃなくても、か」

《経緯はどうあれ、クロノスは事実として捉えます…》

「でも、このままだと俺はまたいずれ遡る事になる」

《仰る通り》

「なら、召喚するしかないな」


俺の決断は早かった。

悪魔らしからぬ表情のルシファーに、笑顔で接する。


「ありがとう、ルシファー。俺の心配してくれてるんだろ」

《…主よ。我は、人間がどうなろうと知ったことではない…。天界には悪魔よりタチが悪い者もいるが、我には関係がない》

「うん」


真剣な声と眼差しで、どれだけ心配してくれているのかが分かる。


《だが、主と婚約者殿には、幸多からんことを願っているのだ。悪魔の中でも上位であるこの我が、主達の幸せを切に願っている》

「ルシファーにそう思われてるなんて光栄だな」


これは本心からの感想だ。









❇︎❇︎❇︎










ガブリエルの推奨で、クロノスの召喚は教会でする事になった。

少しでも味方に引き込めるようにと。


体調不良を訴えた者達も一晩休めば回復し、俺とヴィエラも翌日には家へと帰った。

ヴィエラはもう少し休養をと言ってくれたが、俺自身休んでられない用事が出来てしまったので、表向きありがとうとだけ言った。


そして、国が有する教会。ここは全能なる神々を崇拝しているので、確かに神を召喚するならその領域が一番効率が良いのだろう。


「教会で神を召喚するのに、服装いつもので良かったのか?」


今、俺は戦闘用の服装で来ている。教会へ来るのに着替えなくて良かったのか。


《…あるじさま。クロノスが一筋縄でいかないのは申し上げましたね》

「あ、うん」

《…クロノスの性格上、召喚に成功したとて契約まで持ち込めるか分かりません。“神の試練”をあるじさまに要求する可能性もあります》

「“神の試練”なんてあるんだ」

《ありますとも》

《あるさ》


声を揃える二人。仲良いな。


「ルシファーもガブリエルも“試練”は無かったよな」

《基本的に“試練”自体は神の特権だ。稀に天使も使うが、“試練”というより“お告げ”に近い》

「ああ…なるほど」


クロノスを召喚するのに最適な場所はやはり教会内にある礼拝堂。十字架と女神像にも聖魔法が込められているので尚更最適らしい。


召喚のところを他人に見られるのは気が引けたが、魔力を持たない者には祈りを捧げてるようにしか見えないし、多少持っていたとしても加護が光っている程度にしか見えないらしい。


なら堂々と召喚出来るな。


「その“神の試練”は命に関わるものなのか」

《分かりません。精神を試される場合もありますし、そもそも召喚自体に失敗して命を落とす場合も》

《召喚は確かに“喚ぶ”ものだが、相手が応えなければ失敗するだけだ。神を召喚して契約をしようと言うのだからそれなりのリスクはある》


十字架と女神像を見上げるように祈りの姿勢をとる。両手を組み、ガブリエルから教わった召喚の詩を口ずさむ。


「全能なる時の神、クロノスよ」


足元に召喚陣が現れる。

ルシファーやガブリエルを召喚した時に似ているが、神々しさがケタ違いだ。


「時の守り人、神々の父。汝が権能を以って、我に道を示したまえ。我は汝の祝福を望む」


召喚陣に魔力が吸い取られていく感覚がする。

それも膨大な量だ。


なるほど、悪魔や天使を召喚するのとは雲泥の差である。


「我に祝福を与えたまえ。我を救いたまえ」


喚ぶ間にもどんどん光が強くなる。もう、周囲から俺の姿を視認するのは難しいだろう。


さあ、この負の連鎖を終わらせよう。












《私を喚んだのはお前か》


声が聴こえて、咄嗟に顔を上げればそこは教会ではなく雲の上。

どこだここ。ルシファーもガブリエルもいない。


《ここは天界。神々の世界。私を喚ぶ声が聴こえたので連れてきた》

「……時の神、クロノス…?」

《無作法である。こうべを垂れよ、人間》


黄金の椅子に腰掛けた男。見下ろすその視線に、瞬間、圧をかけられた。俺の意思関係なく視線を強制的に下に向けられる。


《問いに答えよ。私を喚んだのは、お前か》

「…はい」


答えよ、と言いながら発言するたびに感じる圧はなんだ。答えさせる気があるのかないのか。


《人間如きが私を召喚するとは…ふ、面白い。発言を赦す。時の神、神々の父たるこの私に、お前は何を望む?》


ガブリエルは言っていた。時を司る神故に、その矜持は他の神や天使などとは比べものにならない程に大きく、また堅い。なので引き入れるにはそれに見合う交渉材料が必須である。


材料なら、もう持っている。


「過去に渡る術を」

《……ほう?》

「過去をやり直す力を、俺に」

《………“時渡り”は人間には分不相応だ》

「知っています。すでに一度、俺は死に、過去に戻されています」

《…らしいな。悪魔の呪いとは、厄介な運命を背負わされたものだ》

「その運命を断ち切りたい。そのためにも、俺は最初の過去に行きたいんです」


過去を重んじる神ならば、そう何度も過去に戻られるのは許せないはずだ。時間の歪み、歴史の改変、様々な問題点が発生する。

最初に呪いを受けたあの時空に戻る事で、全てをリセットする。それが俺の狙いだ。


《過去に行き、何をするつもりだ》

「俺に呪いを付けた、魔道具を破壊します」

《過去のお前自身に見られたら双方の時空が歪むぞ》

「バレない自身はあります」

《仮に成功したとて、今のお前は消滅するな》


少し、ヴィエラの顔が頭をよぎった。

以前は蔑ろにしてしまった彼女が、今はとても可愛らしくて、俺には勿体無い位の女性になった。しかしそれも呪いにより過去に飛ばされた俺の浅はかな夢だったと思えば、吹っ切れる。


「元より、今の俺は存在するはずがないもの。覚悟の上です」

《…ふむ。それ相応の準備はしているようだ》


クロノスが立ち上がった。全身が見える事で、よりその全貌が明らかになる。

人間の等身大とはいえ、高身長な体躯。全身が真っ白なヒマティオンで覆われガブリエルとも違う神々しさ。


《興が乗った。試練をやろう》


そう明言するなり、クロノスは片手を俺へ向けて指差す。


《私を喚んだように上手くやり遂げてみせろ。乗り越えた暁にはお前の望む通り“時渡り”をさせてやる》


クロノスを召喚した時のような陣が足元に広がり、光に包まれる。


「…きっとやり遂げてみせるよ。ヴィエラのためにも」






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