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婚約者も救えず自身もヒロインの魅了魔法によって破滅した。気がつくと婚約者と出会った時に遡っていて––––?







「イライアス様!信じてください、私はやっておりません!」


衛兵隊に拘束された婚約者だった女が、必死な表情で俺に助けを求める。

わかってる。君は何もやっていない。わかってるのに。


「まだ罪を認めないか…」


俺の口は、俺の意思とは関係ない言葉を吐く。

やめてくれ、俺の体を、操らないでくれ。


「メフィ…よく耐えたな…。もう大丈夫だぞ」

「クリストファー様…。ありがとうございます」


この残酷な惨状を作り出した張本人と、それに踊らされた男達がこぞって事態の収束を安堵するが…


(頼む、動いてくれ!俺の体、俺の口!!俺は、どうなっても構わないから、彼女を、ヴィエラを…!!)


ピクリとも動かせない己の体に、いっそ殺してくれと願いながら、強く強く俺は念じた。


ヴィエラが衛兵隊に連れられていく。

王族を騙し、婚約候補となった女への悪事を働いた者として、彼女はきっと生涯を牢獄で暮らす事になる。よしんば出られたとしてそれは国外追放か死刑の時である。

………俺のせいだ。

俺が、あんな女の魅了を防げなかったばかりに。


「これで、私、殿下と無事結ばれますね」

「ああ。私は、決して君を裏切らないし、君を永遠に愛すると誓うよ」

「嬉しいですわ…!」


感動のフィナーレ。抱きしめ合う男女。


なんて、クソみたいな結末。


「……ッぐ!?」


絶望に打ちひしがれていた時、俺の心臓が握り潰されるかのような苦痛を感じた。周囲にいた者達が、「どうした!?」と声をかけてくれるが返事をする余裕もない。


なんだ、この苦しみは。


ハッと思い出す。

魅了魔法に無理矢理操られた者は、ごく稀にだが副作用として、効果を失った後死に至る場合があると。


……ああ、これは、抗った俺へのご褒美なのかもしれない。もう、ヴィエラのいない世界に希望も生きる価値もないから。


もしくは、操られた俺への罰か。

何にせよヴィエラが受けた苦しみに比べれば、こんなもの軽いのだろうと、


––––俺は意識を手放した。






❇︎❇︎❇︎






これが、俺の前世の記憶。

罪悪感と後悔に苛まれながら生涯を終えた、俺の記憶である。


意識が戻ると、俺は幼少期に遡っていた。

目の前には、婚約した当初の幼いヴィエラが純粋な眼差しを俺に向けていて、見つめたまま動かない俺を心配し声をかけてきた。


「––––イライアス様?どうされました?」

「……………ヴィエラ…」


咄嗟に、抱き締めたい衝動を抑え込んだ。

これは、過去か。楽しかったあの頃に戻ったのか。……これは、現実なのか。


「…失礼しました、ヴィエラ嬢。何ともありませんよ」


にこ、と微笑むとヴィエラはほっとした表情を浮かべる。

…そういえば、この頃は“まだ”こんな風に笑顔を見せてくれていたな、と気付いた。

同時に、いつから、ヴィエラの笑顔を見なくなったのかを思い返すと、それはあの女が現れた頃だと合点がいった。

原因はあの女が一度だけ見せてくれたアクセサリーだ。魅了魔法を付与された魔道具の類は、基本人の目に触れてその効果を発揮するが、あの女の持っていたものは種類が違った。


あれは、もはや呪いである。


誰にでも効果を発揮するものではなく、持ち主の意思によってその絶大な効果が現れる。

普段はポケットや服の下に忍ばせておいて、その力を温存、貯蓄しておく。


そして必要時には、対象者に極めて至近距離からその魅了の魔法を浴びせる。油断させた瞬間ほど、その強さは恐ろしいほど根強く対象者に纏わりつく。


その結果、魅了の魔法は一転して魅了の呪いへと変貌するのだ。

対象者が抗えば抗うほど呪いは強くなり、いずれその精神は崩壊していく。最終的には呪いの反動により対象者の肉体は耐えきれなくなり、死に至る。


魅了系が黒魔法や闇魔法に分類される由縁でもある。故に、禁忌魔法とされた。


それを、あの女は俺を始めとしてあらゆる王族貴族の子息に使用した。立派な国家反逆罪である。


(どうして、俺は遡れた?)


一番に疑問を抱いたのはそこだった。

俺以外にも魅了を浴びせられた男はいたはず。恐らくだが、あの女が侍らせていた子息達は少なくとも。けれども、あの場で俺以外に呪いによって不調が現れた者はいなかったように思う。

気付かなかっただけかもしれない。


もしかしたら、俺だけなのか?ヴィエラは?


目の前にいる彼女は、遡っているようには見えなかった。


「…イライアス様?…やはり、どこか具合が悪いのでは」

「……いえ。ただ、急用を思い出しまして。申し訳ありません、本日はこれで失礼しますね」

「はい!また今度、ですわね!」


機嫌良く手を振り、俺は急ぎ自室へ。

部屋にはやはり俺の幼少期の私物しかなく、逆行した事がはっきりした。


何故なのかはこの際置いておく。考えたところで意味がないと思って。そんな事よりも今一番に考えなければいけないのは、あの魅了の回避方法。

策を講じなければ、二度目の死が待っているだけだ。ヴィエラを救えず、苦しみながら死ぬ未来。それは意地でも回避してみせる。


闇魔法、黒魔法、呪いetc…

効果はこの身をもって知っている。あの道具の特徴、性能。それらを調べ尽くす。

屋敷には、幸いにも書庫が併設されている。父が大変な読書好きで、多方面の書物が保管されている。……中には魔法に関する物も。




速攻、書庫へ走った。





❇︎❇︎❇︎





「イライアス様、どちらへ?」

「書庫!ちょっと探し物!」

「時期にお夕食ですよ、あまり長居しないように!」

「分かった!」


途中でメイドに声をかけられるも、俺の足はもう書庫へと向かっている。

扉を開ければ想像以上の書物が保管されていた。父は、若い頃外交で世界中の国を渡り歩き、仕事中でも興味のある書物に出会えば買い集めたという。

あらゆる言語で書かれた物を、どうやって読んだのか。まあ外交を担っていたのなら、語学も堪能だったのだろう。まずは今読める物から探す事とする。


「魔法史、文化…、魔術書…、………言語変換術?」


探していた書物ではないが、ちょうど興味深い題名の背表紙を見つけた。すぐ手の届く高さだったのも幸いして、俺はその書物に手を伸ばす。


不思議な事に、題名の言語は読めないのになぜか理解出来たのだ。まるで、“読め”と言われているようで。


「……“この本を手に取った貴殿は、この本を必要とする者。さすればその秘術は必ずや貴殿の役にたつだろう”」


表紙を開けて本来なら中表紙があるはずのページに、まだ読めないはずの言語でそう記述されていた。読み上げると、本自体がぼんやりと輝き始め、ページが勝手に捲られていく。

次第にその光は強くなり、本から文字が浮かび始めた。


「––––!?」


余りの眩しさに、一瞬目が眩む。

すると、その文字列は俺の周囲を取り囲み、高速で渦を撒き始めた。これ、どうなってる!?


焦る俺に、文字列はぎゅるぎゅると移動していたのがピタッと止まり、瞬間俺の中へと吸い込まれ、消えた。


…確かに、体の中に入っていった。なのに、実感はない。今のは、なんだったのか。

もう一度本を広げたが、中表紙にあった文章は真っさらに。それどころか、全ページ、白紙と化していた。

それを見て、最初に脳裏に浮かんだのは––––


「……父上に、ころされる…」


この書物の所有者である、父の激怒の表情。

やばいやばいやばい、父は大の書物好き。普段俺はそこまで興味がないのでこの書庫自体立ち入ったのも前世を含め今回が初。


バレたら、別の意味で殺されるかもしれん。


「……イライアス様、お夕食の時間です」

「っ!!!い、今行く!!」


さっきすれ違ったメイドの声。まさに心臓が跳ねた。本を元の場所に戻し、急ぎ書庫を出る。


「随分と夢中になっておられたのですね」

「そッ、そう、ついね!」


明らかに自分でも動揺しているのが分かる。

調べるのは次だ。一冊の書物を駄目にしてしまったかもしれないのが相当こたえた。







❇︎❇︎❇︎







次、調べ物の続きをしに書庫へ行った時、入った瞬間に雰囲気が変わった事に気付く。

まだ触れても、題名を読んでもいないのに、何の書物か、何に関する本なのかが理解出来た。


…どうして、と思ってふと前回読んだ書物を思い出す。


「これが、“言語変換術”…?」


本の上に読める言語が浮かび上がっている。書物の種類によっては文字に色が付き、それが歴史に関するものか、魔法に関するものか、はたまた魔術に関するものかがナビのようになっていた。


正直言ってかなり探しやすい。


これはあの書物の著者に感謝しよう。この能力は、絶対に俺に必要なものだ。


ナビの文字を頼りに全ての棚を歩き進め、まるで俺に“読め”というようなひときわ存在感のある題名に行き着く。


「…“召喚術”?」


手に取ったその書物は、表紙に魔法陣が描かれたどこからどう見ても魔術に関する本だ。ただし、文字の色を見るにあまり良いものではなさそうで。


…それでも、あの最悪な結末を迎える以上の出来事はそうそう起きないと確信もあって、“男は度胸!!”と思い切って表紙を開く。


「……“悪魔・ルシファーの召喚術”」


導かれたように、そのページが目に入る。ルシファーといえば、悪魔の中でも上位種ではないだろうか。そんなものがどうして、読めたのか。


それに召喚術とは、通常生け贄や魔法陣、時間帯、材料などが必須で召喚者の魔力が足りなければ逆に命を落とすほどの高等魔術。


…俺の何かが、召喚するに値すると?

何の準備もなしに、術が成功するとも思えなかった。

さすがに気のせいだろうと、ページを捲る。


「いっ!」


指を滑らせ、紙が皮膚を切った。結構ざっくりいったらしく、血が滴る。


「うわ、本が汚れ…」


慌てて本を閉じようとした時だ。一滴ページに落ちた。ちょうど召喚陣のど真ん中だ。今度こそマズい。前回は書物を白紙化させ、今度は魔術書の破損。


え、俺結構ヤバくないか。と青ざめた瞬間である。

魔術書、厳密には召喚陣が黒光りした。暗い紫色のモヤが本から黙々と溢れ出し、俺の周囲を取り囲む。何だか既視感あるぞこの光景。


《我は悪魔、ルシファー。汝、力を欲するか》

「えっなに」


野太い男の声が聴こえる。間違いなく、モヤの中からの声だ。


《汝、力を欲するか》

「…これ答えないと終わらない?」

《欲しいのか、欲しくないのか、どちらだ》

「…生け贄とか、要るんじゃ。俺、まだ死にたくない」


こういう手合いは、相手の質問に答えたら即死だと教わった。特に悪魔や魔人系は、人間の欲望に付け込んで契約を交わさせる。

悪いけど、後先考えず「はい」と答えるほど俺は馬鹿ではない。


《生け贄は既に貰い受けた。後は貴様の意志だけだ》

「…え、まさか、俺の血が、生け贄になった?」

《そう言っている。さあ答えろ。力が欲しいのか、欲しくないのか》


どうやらこの悪魔、答えるまで終わらないらしい。


「……力を欲したら、俺はどうなる。死後、お前に魂を喰われるのか」


悪魔契約の定番。契約者の死後、その魂の地獄行き。

まあ一度地獄を見ている。この際、目的が達成出来れば死後どうなっても…。


《人間の魂は欲で穢れている。…が、貴様の魂は美味そうだ。貴様、魂と肉体が面白い事になっているな》


グネン、とモヤが俺を見下ろすみたいに歪む。表情は見えないのに笑っているのが分かる。


《ふは、気に入った。このルシファー、貴様の力になってやろう》

「は。」

《ただ魂を喰らうだけではつまらぬ。貴様が我が力をどう扱うのか興味が湧いた》

「それってつまり?」


ニカッと悪魔の牙が見えた。


《貴様にとって不利益になるような事は、ない》

「…俺の力になってくれんの」

《だからそう言っておる》

「悪魔って本来人間の弱みに付け込んだり…」

《悪魔は己の欲望や興味に忠実なだけだ。それが悪魔というものだ》


なるほど。結論、この悪魔…ルシファーは、純粋に俺に力をくれるらしい。ならば答えは一つ。


「…ルシファー。俺に力をくれ」

《心得た》


それまで俺の周囲を漂うだけだったモヤが、勢いよく俺の胸元へと吸収されていく。これも既視感が。けれどあの時と違うのは、契約印が俺の手の甲に現れた事。


《その契約印をもって、貴様を我が主と認める》

「…素手だと周りにバレるか」

《同じ悪魔遣いでなければバレん。ただし、我の姿も声も貴様にしか届かんからな。話しかける時は十分に気を付けろよ》

「何それむず…」


とりあえず、ハラハラドキドキした召喚は無事成功したようだ。

これで、最優先の目的へ進める。


《して主よ。最初の命令を聞こう》

「……魅了を防ぐ、もしくは跳ね返すやり方を教えろ」




❇︎❇︎❇︎





《主は、魅了に興味があるのか》

「違う、魅了に破滅させられた事があるんだ」

《…ほう?》


正式に主従契約を結ぶと、ルシファーは簡略だがその姿をはっきりと現していた。頭に2本角が生えた、悪魔らしい姿だ。


《あれは人間如きがそう易々と扱える物でもない。どういう経緯でそうなった?》


…俺が経験した事、普通なら人に話せる内容ではない。けれど、ルシファーは“普通”ではない。呪いに匹敵する人ひとり殺せる術は、専門家に聞くのが一番だ。餅は餅屋ってね。


「…魅了の魔道具を持った人間がいたんだ」

《ふむ》

「そいつの罠にかかって、俺を含む何人かが、魅了の魔法にまんまと引っかかった。気付いた時にはもう体の自由は効かなくなって、最後には呪いの反動で死んだよ」

《……なるほどなぁ》


しばし考える素振りを見せたルシファーが、ニヤ、とまた笑う。


《主よ。その人間、恐らくだが悪魔と契約しておるぞ》

「は!?」

《先ほど言っただろう。魅了は人間如きが易々と扱える代物ではない。文字通り、悪魔が手を貸している》

「……なに」


という事は、俺は悪魔に殺されたって事なのか。

ルシファーは魂に言い聞かせるように俺の胸に爪を突き立てる。


《安心しろ。魅了は専門分野だ。最良の結果を主にもたらそう》

「…頼むぞ、ルシファー」

《ルシファーの名にかけて》











それから、ルシファーはちょくちょく俺に話しかけてくるようになった。

食事中も面白がって団欒の邪魔をするのでイラッとする。


《主はあの娘に惚れているのか》

「あの娘じゃない。ヴィエラだ」

《良いのか?我がその名を口にすればたちまちあの娘が我のしもべに…》

「あの娘で」


ヴィエラとの逢瀬もこいつはついてくる。契約者から離れられないと言うのだから当たり前だが、からかわれるのはモヤモヤする。


《さて、主は一度魅了にかかって死んだのだったな》

「ああ」

《魅了には、まじない程度のものと、呪いの2種類がある事は知っているか》

「…まあ。だから、禁忌の魔法って言われてるんだろ」

《その通りだ》


勤勉でよろしい、とルシファーは褒めるが、何も嬉しくない。


《主が受けた魅了は、間違いなく呪いの類。それも反動で死に至るだけでなく、こうして過去に舞い戻ったのがその証だ》


待て。過去に舞い戻ったのが呪いの証?


「ルシファー。俺が戻ってきたのは、偶然じゃないのか」


すると意地の悪い笑みを浮かべる悪魔。


《何だ、偶然だと思っていたのか?》

「…説明しろ」

《命令か?》

「命令だ」





❇︎❇︎❇︎






面白おかしく説明を始めたルシファー曰く、俺が受けた魅了の呪いはただの呪いにあらず。


魂に刻みつけられ、対象者の生命力、精神力を延々と吸い取っていく。その吸い取られたエネルギーを悪魔は好物としていて、過程をループさせるのだとか。


ループ。つまり、何度も何度も同じ事を繰り返させる。なんとも悪魔が考えそうな事である。


他の対象者も同じなのか、と訊ねると俺が特別なのだと言われた。何でも、婚約者への想いが強く、魅了にかかってしまった事への罪悪感がひときわ強い者に、その呪いは発動する。


…要は、悪魔の好物を大量生産出来る人間をひたすらループさせる事で、安定したエネルギーの供給を得るのが目的だと。


まじふざけんな。


《随分と厄介な悪魔に好かれたものよ》

「褒めてんのかそれ」

《ここまで気に入られる人間も珍しい》

「全く嬉しくないな」


で、肝心の呪いを解く方法が。


「手を貸した悪魔を討伐して、道具を破壊するか…」

《ああ》

「それで解呪出来たとして、言っとくけど、俺、悪魔を討伐出来るほど強くないぞ?お前が代わりに討伐してくれるんじゃないんだよな?」

《残念だが悪魔にも暗黙のルールがある。悪魔同士は傷付けられない》


痛みなどのダメージは与えられても、決定打にならない。ゆえに、悪魔は人間を使うらしい。


《お前に呪いをかけた悪魔の名は“メフィスト”。誘惑を司り、快楽を追い求める者》

「…その悪魔を斃す為に、俺は何をすればいい」

《まずはお前自身を鍛える。悪魔を斃すに相応しい実力を身に付けろ》












それからルシファーの指示で、こっそり修行をする事になった。今のままではまたおめおめと同じ結末を迎えるだけというので。

両親には勉学の他に鍛錬と称して(嘘は言ってない)出かける許可をもらい、ヴィエラにはしばらく忙しくなる(嘘は言ってない)と手紙で説明しておいた。

下町にいけば冒険者ギルドもあるけど、バッチバチに貴族の子息が登録してしまえば盗賊ホイホイになる。そうなればまあ面倒くさい。


師匠がルシファーなら最短で強くなれるので有り難くご教示を受ける事にしたのだ。


《主よ。まずは己の魔力を感じ取れ》

「魔力…」

《我と契約した事で、我の魔力も主と共有出来る》


ひと気のない森で、お手本を見せられひとこと、「やってみろ」と催促された。そんな簡単に出来る事なのか??


《目を閉じればやり易いはずだ》


言われた通りにやってみる。

すると、体中の血管に流れる温かいものの存在を感じ取る事が出来た。…まさか、これが?


《…主は飲み込みが早いらしい。メフィストが気に入るのも頷ける》

「いや嬉しくないんだって」

《では次だ》


魔力を放出する訓練、魔力を剣や弓に模して使う訓練、魔力を使った魔術の訓練。

魔力は、使えば使うほどその量は増えていき、洗練されていくらしい。まあ元々の許容量にもよるが、俺の場合は呪いによって本来の魔力量が大幅にグレードアップした。

それ喜んでいいのか…?


《主は面白いな。普通の人間は、こうもならん》

「……俺は普通でありたかった」

《だが喜べ。この調子ならばそう遠くない内に目的は果たせる》

「本当か?」


初歩的な召喚術で下級悪魔の喚び出しが成功し、更に上の魔術の訓練中に唐突にルシファーがそう告げた。


《我が言葉を疑うか。なら証明してやろう》


するとルシファーは指を鳴らし、周囲に悪魔を召喚させた。下級悪魔ではあるだろうけど、そんな突然!?


「ッおいルシファー!?」

《何を慌てている。さっさと討伐しろ》


こちらの話も聞かず、この悪魔は手下に命令を下し一気に襲いかかってきた。文句を言っている暇なんてない。文字通り、魔力で剣を創り出し、斬りかかる。


「このっ…!」


1体ズシャッと斬りつければあっさり崩れ去る。あれ、てっきり苦戦すると思ったが案外イケるのかも。


「くらえっ!」


2体、3体と斬り、俺は遠距離攻撃として剣を弓へと変形させた。


元が魔力で、武器を変形させられるのなら使用者次第でどんな闘い方も可能になる。

単体へ矢を放ち、それを数回繰り返した俺はまどろっこしさを覚えた。


《ほう》


遠くでルシファーの声が聴こえた気がするが、そんな事どうでもよくて。魔力で矢を3本に増やし、掃討数を稼いでいく。


「ええい、数が多い!!」


最初はまだ少なかったが、俺がそこそこ順応している事に察したルシファーが手下の数を増やす。無限に出てくる悪魔達に矢でも間に合わないと感じて、咄嗟に対抗手段として召喚術を発動させた。


「誰でもいい、こいつらを倒せ!!」

《いいでしょう》


俺がそう言って足元に広がった召喚陣は、ルシファーの時のような黒々とした闇のものではなく、その違和感に「あれ?」と思ったのも束の間、神々しい光と共にその声は応えた。

どちらかというと聖なる光の魔法陣で、あのルシファーが凄くやだそうな表情をしたのだ。


「えっ」

《神の御名において、汝の魂に救済を––––アーメン》


声の主が淡々と告げると、周囲に蔓延っていた悪魔達は一瞬にて浄化される。“ジュワッ”と音がしたがあれは蒸発した音なのだろうか。

あたり一面にいた悪魔達が消え去ると、声の主は姿をはっきりと現した。金髪が印象的な、まさにルシファーと正反対とも言える容姿。声から察するに、女性。


《まさかガブリエルを喚び出すとは》

《あら、ルシファーではありませんか》

「えっガブリエル??」


二人が知り合いである事より、俺が召喚したのが天使だという方のが驚いた。確かに誰でもいいとは言ったけど、そんな上位存在が来るなんて思いもせず。


「俺、天使を召喚したの?」

《ふふ。あるじさまは心の清らかな方でいらっしゃるのに、不思議な魔力をお持ちでしたので興味をそそられました》

《何天使まで誘惑してるんだ主》


知らんて。


《どうやら呪いを受けていらっしゃるようですね。わたくしが呪いを解いてさしあげますわ》

「え、出来るの」

《呪いをかけたのはルシファーの兄弟分、さしずめメフィストあたりでしょう。彼女程度であれば、わたくしの浄化の力で滅する事も可能です》

《おいやめろガブリエル。さらっと暗黙のルールを破るな》

「悪魔同士は傷付けられなくても天使なら出来るって事か」

《さようですわ。わたくしは天界のガブリエル。悪魔如き敵ではございません。あるじさまが望まれるなら、メフィストだけでなく地獄の悪魔共を半数以下に減らしてご覧にいれますわ》

《やめろやめろ、天使が天界と地獄の均衡を崩すな》


思ってた感じと違う。

しかもいつの間にか天使から“あるじさま”と呼ばれている。主従契約も結んでないのに。

ルシファーがツッコミ続けてるのも意外すぎて面白かったが静観しているとどうやら話は落ち着いたようで。


《天使のくせにこの脳筋め》

《貴方は悪魔のくせにルールと五月蝿いですわね》

「二人は犬猿なの?」






❇︎❇︎❇︎







想定外に天使を召喚して数日後、俺の魔力…というより戦闘力は爆発的に上昇した。


天使が。ガブリエルが。モンスターや魔物を浄化しまくるのだ。それってそもそも俺の戦闘力と違うくね?と思ったらそうでもなく、ルシファー曰くガブリエルを召喚するのも使役し続けるのも魔力を消費するので、ガブリエルの戦闘力は俺の魔力の大きさに直結するらしい。


「ガブリエル。俺、結局召喚はしたけど主従契約まで結んでないはずなのに、天界に戻らなくていいのか」

《ご心配なく、あるじさま。契約しなければ力を貸さない悪魔と違い天使は心の清らかさを重視します。必ずしも、契約を必要としているわけではないのですよ》

《おい、言い方に嫌味を感じるぞ》

《おや、嫌味を含めたのですわ》


どうやら俺はガブリエルに気に入られたらしい。天使と悪魔を従えるなんて全くの想定外だけど、これで最悪のシナリオは回避出来るだろう。


《主よ。ガブリエルなんぞいなくとも俺が主を強くする。今からでも遅くない。こいつは天界に送り返そう》

《あらあら野蛮な事。あるじさまを闘わせておいてご自分は傍観?それでよく“主”などと呼べますわね。ご自身ではメフィストを斃せないくせに、これではまるで負け犬ですわ》

《ァア゛?ンだとこの糞天使》

《悪魔は言葉遣いも教養がありませんのね》


他の人間からは見えてないからってこの二人(?)好き勝手やり過ぎじゃないか。

俺には姿も見えるし声も聴こえてるんだが。


さすがに気が散るので、ひと目がないところで二人を叱りつけた。天使に説教で罰当たり?知るか。


「ガブリエル。少なくとも、俺はルシファーのおかげでここまで強くなれてる。お前を召喚出来たのもその成果なんだ。俺に協力してくれるなら、いちいちルシファーに突っかかるな」

《かしこまりました、あるじさま》

《ははっ、天使が人間に叱られてやんの》

「ルシファーもいちいちガブリエルに目くじら立てるな。お前の仕事はガブリエルと喧嘩する事か?」

《…分かった、主》


人間よりはるかに長く生きているはずなのに、二人ともどこか子供っぽい。そう感じるのは、きっと彼らが人間の事をちゃんと知らないからなのだろう。


「…俺は、未来で起こる事を回避するためにお前達を召喚している。だから頼む、俺に失望させるな」

《主…》

《あるじさま…》


ルシファーの鍛錬は勿論有難いが、呪いの対抗手段に最も有効と見られる浄化の力を持つガブリエルの存在は、かなりの強カード。利用しない手はない。


《我とした事が、本来の目的を見失うところだった》

《…わたくしも、大事なのはあるじさまだというのに》


どうやら二人とも冷静になったようだ。


「正直な話、ルシファーの魔力とガブリエルの浄化の力。これでどのくらいメフィストに対抗出来そう?」

《ふむ。消滅は容易いだろう。最悪失敗したとしても呪いは完全に消えるし奴も軽傷では済まぬだろうな》

《わたくしがいて失敗などあり得ません。何なら今ここでルシファーで試してみてもよろしくてよ》

《おいやめろ、我が消えたらお前も維持出来なくなるんだぞ》

《それは困りますわね》


とりあえず大ダメージを与えられる事は確定しているらしい。


「…じゃあ、より確実に、メフィストを斃す為に、最大限に俺を鍛えてくれ」

《うふふ、勿論ですわ。ガブリエルの名にかけて、あるじさまを最強の聖戦士に鍛え上げます》

《おいおい、地獄の王を忘れてくれるなよ。このルシファーが直々に鍛えるんだ、その気になれば魔王も夢ではない》

「いや、俺魔王になる気はないからな?」

《何だ、残念だ》














「イライアス様、最近なんだか雰囲気が変わられましたね」

「…変、ですか?」

「いいえ、そう意味ではなく、何というか、…逞しく、なられた気がいたします…」

「…っほ、本当ですか…」

「はい」


久しぶりのヴィエラとの茶会(俺の背後には天使と悪魔がいるけど)で、ヴィエラが初めて俺の事を褒めてくれた。後ろで二人が「我の鍛え方が良いからだ」とか「わたくしの教え方が良いのですわ」とか言ってるけどとりあえず黙ってて。

これまでも勉学で分からないところを教えた時に感謝された事もあるが…


「…最近、鍛えてるから、それでですかね」

「鍛錬を始めたと、お聞きしました」

「……やらなければならない事ができまして、その為に、鍛えております」

「…どちらかに修行に行かれるのですか?」

「いえ、将来の為であって、ヴィエラ嬢を一人にはしませんよ」


にこっと笑えば彼女は安心したように微笑んだ。え、俺の婚約者可愛くないか。ほんとに、この笑顔守らないと。


用意された紅茶を一口飲んで、ふぅとひと息つく。


「……俺、これまで立場に甘んじて、すべき事から目を逸らしていたんです」

「すべき事…?」


こてん、と首を傾けた仕草がとても可愛らしくて、思わずきゅんとしてしまう。


「…一つ、貴女にお見せしますね」

「?」


椅子から立ち上がり、ヴィエラの方へ歩み寄る。膝をつき、彼女の手を取る。

ごく最近、ガブリエルから教わった、守りの魔法。これをヴィエラに。


「…貴女に神の御加護を。イライアスの名において、何者も貴女を傷付けさせない」


まだ何も着けていない真っさらな指。いずれはここに俺達のお揃いの物が納められる。そこへ誓いの口付けを落とすと、金の粒が俺達を囲み、キラキラと光を放つ。

ガブリエルの加護は、無事に発動出来たようだ。


「イライアス様!?これは…」

「聖魔法の加護です。これからは、何があっても貴女を守ります」

「聖魔法…!?あれは、確か魔力の消費が大きい上に扱いが難しいと…」

「鍛錬で習得しました。まだまだ未熟ですが」


そういや、聖魔法自体聖職者でも使える者が少ないって聞いた事はある。俺の場合ガブリエルがいるので非常に効率良く発動出来るし、魔力はルシファーがいるのである意味最強タッグだ。


「…本当に、逞しく、立派になられましたね」

「全て、ヴィエラ嬢を守りたい一心です」


ガブリエルの加護を与えられたヴィエラは、そう簡単に危害を加えられる事はない。誰かが故意に傷付けようものなら、それは跳ね返ってくる。


「私も、イライアス様に見合う立派な淑女になる為、これからも誠心誠意励みます」

「…貴女は今のままでも充分立派な淑女ですよ」








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