3話 最近ツンデレってみないよな
翌日、学校に着くと玄関先で腐れ縁の親友と遭遇する。
「おはよう。タカヒロ。昨日はお疲れだったみたいだね。」
なんでそんなこと知っているんだ、と聞いても無駄だろうな。
この猫目の男、猫又マオは昔から色々情報が早い奴であった。
いつも、どこからそんなの仕入れるんだと聞いてもテキトーにはぐらかされてばっかりだったのを思い出す。
「3年ぶりだというのに、相変わらずな奴だよ。全く。」
俺の言葉にマオはにやにやと笑い、そうそうと口を開く。
「昨日のことだけどさ、」
しかし、俺はマオが言い切る前に下駄箱の中に上履き以外の何かが入っていることに気づく。
「これは、紙?」
俺が呟くとマオは言葉を止めて身を乗り出し、縦長の紙に筆で達筆に書かれた言葉を読む。
「『昼休み、体育館裏で待つ』。」
「何だそれは。馬鹿馬鹿しい。」
俺が呆れまじりに息をこぼすと、マオはククと笑いながら嘯く。
「よかったね。ラブレターだ。」
どちらかと言うと果し状であろうよ。
さて、昼休み。
俺は確かに体育館裏に来た。
てっきりマオが面白がって尾行してくるかもとも思ったが、そんな様子も無く俺は目の前の2人の女子と対面している。
そう、二人の女子だ。
果し状だろうと、冗談のラブレターであろうと一人だと思っていた俺は少したじろぐ。
しかも、俺はこの二人を知っている。
なにせ同じクラスの委員長とクラスカースト上位に位置している女子だからだ。
恐らく、俺を呼び出したのはカースト上位の女子、赤宮えるの方であろう。
なにせすごい剣幕でこちらを睨んでいる。対して委員長、東雲アオイはオドオドしながらこちらの様子を伺っている。
さて、そんなこんな考えていると、赤宮がその赤みがかった小さな口を開く。
「べ、別にあんたのことを好きで呼び出したわけじゃないんだからねっ!」
勘違いしないでよね!と彼女は続け、プイと顔を逸らす。
俺は一瞬呆気にとられるがすぐさまピキーンときた。
なるほど、理解したぞ。
どうやらラブレターの方だったな?
この立ち振る舞い、声色、容姿、完璧なツンデレじゃあないか。
平成後期に一世を風靡したツンデレ像そのものである。
俺は猛烈に感動した。
よもや、幻とも言われる、絶滅危惧種たる存在が今目の前にいるのである。
赤宮エル。
小柄な体型で少し赤みがかった茶髪に、ツンデレキャラの定番に近い声。
俺はどうしてこの逸材に今まで気づけなかったのであろうか。
まぁ、カースト上位と言ってもほとんど男子と絡んでいなかったのであるから無理もないか。
俺のクラスで一番コミュ力があって顔の良い男子が俺の親友をやっているのだから致し方ない部分もある。
一番女子にチヤホヤされているのは一番女子力の高い不動であるしな。あいつも寡黙な男だ。
と、そんなことはどうでも良い。
しかと返事をしてやらなければな。俺はうんうんとうなづきながら口を開く。
「すまない、今はそういう関係になるつもりは無いんだ。気持ちは受け取っておく。」
「いや、なんでそうなるのよ!勘違いすんなって言ったでしょ!」
なん、だと。
いやしかしあのような典型的なツンデレ的発言をしといて……。
だがそうか、今はもう令和の時代。
ツンデレは、もはや時代遅れの産物であったか。
平成を代表する彼女たちも泡沫のように消えていくのか……。
と、そんな風に一人感傷に浸っていると赤宮が俺のすねを強く蹴る。
「いいっったっぁぁ!」
「ちょっと。人の話聞いてんの?」
「え、えるちゃん・・・。さすがにそれはやりすぎだよ。」
東雲がたしなめるとさすがにやりすぎだとは思っていたのか、赤宮は申し訳程度に頭を下げる。
「ま、まぁ別にいいんだが。で、要件はなんだ?」
赤宮は無い胸を誇らしげに張り答える。
「ふふん!喜びなさい!人類観測部、私たちも入部してあげるわ!」
……静寂が流れる。
「あーと、なんて?」
「だ・か・ら!私たちも入部してあげるわ!と言っているのよ」
「それは……まぁ別にいいんだが。そういうのは部長に行ってくれないか。」
俺の言葉に赤宮はきょとんとした顔で答える。
「当然。言っているに決まっているじゃない。」
じゃあ、なぜ俺を呼び出してまでいう必要があるんだよ・・・。
俺の心の嘆きが聞こえたのか否か、東雲が頬を搔きながら応える。
「あはは。あの、えるちゃんは……。その、なんていうか。」
一拍、置いた。
「皇さんの……大ファンなんd
「そうよ!私こそ皇様ファンクラブ会員NO1にして皇様ファンクラブ会長の赤宮絵留よ!」
東雲の言葉を食い気味に遮り彼女は高らかに早口でまくし立てた。
あまりの衝撃に口をぽかんと開き呆けてしまう。
今俺はとんでもない顔をしているのだろう。
皇が見たらなんというだろうか。
俺の心情を置き去りにその場には風が落ち葉を拾い草木が揺れる音だけが流れる。
苦笑いする東雲。
呆然と立ち尽くす俺。
なぜか自身気な赤宮。
その奥には風が止んだというのに揺れ続けるくさ…き?
て、おい!
よく見たらマオじゃねぇか!
やっぱりちゃっかり覗いていやがったな。
で、どうするんだこの空気はよぉ!
俺の胸の内の叫びを気づいているのか気づいてないのか、奴は知らぬ存ぜぬを突き通さんと言わんばかりにあさってのほうを向き、口笛の素振りだけをする。
俺は長い溜息を吐きながら口を開いた。
「それで、そのなんだ。なんとかファンクラb」
「皇様ファンクラブ」
声だけでぬるいコーラもキンキンに冷やしてくれるのではないかと錯覚してしまう。
「えーと、皇様ファンクラブ?の会長殿というのはわかったが。なぜ俺を呼び出す必要があるのでしょうか。」
あまりの剣幕につい敬語口調になってしまう。
俺がドギマギすればするほど楽しんでいる奴がいるのが気に食わないがしょうがない。
まぁ、大方予想はつく。
俺に人類観測部をやめてほしいとかそういうのだろう。
ファンクラブということはだ。
俺があいつと一緒なのが気に食わないとかそんなだろうよ。
この女ならほかのクラスの女子をあつめて部員数に達することもできそうだしな。
だが、返ってきた答えは実に意外なものであった。
「挨拶よ。これからともに部活動をしていく上での、ね。」
軽い感じで返ってきた言葉に実に拍子抜けしてしまう。
しかし、彼女は続けて口をとがらせて言う。
「た・だ!私の……いえ、私たちの皇様に変なことしたら容赦しないわよ!」
「いや、そんな気はないから安心してくれ。」
ただ俺の回答は何か間違っていたのか東雲は意外そうな顔をして、赤宮は長い溜息を吐いた。
「むぅ、その回答は回答で気に食わないわね。」
じゃあ、どうしろっていうんだよ……。
俺は喉まで出かかった言葉を飲み込み考える。
これで部員数は四人。あと一人か。
「なぁ、一ついいか。」
「なによ。」
「ん、そうだな。あと一人で部活動できるんだが、だれか心当たりはないか?俺なんかよりもよっぽど友達多いだろ。あんた。」
だが、俺の問いに答えたのは東雲のほうであった。
「それなら心配ないですよ。ね、猫又さん?」
二人の後ろの草木に隠れていたマオが肩を震わせる。
しかし、よく気づいたものだな。数メートルは離れているぞ。
真正面から見えていたはずの俺ですら気づくのに時間がかかったというのに。
案の定赤宮のほうは気づいていなかったのか、後ろを向いてマオの姿を確認すると体を震わせ胸を手で覆う。
マオは最初こそやり過ごそうとしたのかだんまりを決め込んでいたが三人の視線に耐え切れず観念してその姿を現す。
「いやぁ。気づかれていたか……。さすがだね。」
へらへらと笑いながら俺たちの前に姿を現したマオ。
俺はこいつに聞かなければならないことがある
「なぁ、マオ。もしかしてお前、」
「うん。入部したよー。」
俺がみなまで言う前にマオが答えた。
「いつ入部したってんだよ、お前ら……。」
俺の嘆きに応えるのは風の音のみであった。
俺とマオはほかに用事があるらしい二人と別れて教室へと戻る。
「にしても、よく気づいたな東雲。」
「ああ、さすがだよねー。確か実家が何かの武道場やってるらしくて、それと関係あるのかも。」
マオは何やら含みを持たせた笑顔で答えた。
武道場……。どこかで聞いた気もするがどこであったろうか。
確かにあの隙のない身のこなしといい、何かしらの武術はたしなんでそうではあった。
まぁ、思い出せないのならそれでいいか。そう思い、俺とマオはそのままテキトーに世間話をしつつ教室へと戻っていった。