2話 なかなか有意義な時間を過ごせた
ヤンキー風の男が大荷物をもった老婆をおんぶしながら横断歩道を渡ったり、河川敷をランニングしている野球少年団を見たりなどをしているうちに、どうやら目的地に着いたらしい。
彼女が言う前になぜ目的地に着いたとわかったかというとでかでかしく看板が掲げられていたからだ。
『Third Wars』と。
皇は誇らしげに言う。
「だから、言ったろう?第三次世界大戦と。」
俺はため息をこぼしながら彼女に続いて店に入っていく。
応対してくれたのは顔に傷の入った歴戦の戦士の様な風格をもつ初老の男性であった。
「これはこれは。ようこそお嬢様。」
初老の男性が恭しく頭を下げると彼女は首を振りながら言う。
「その呼び方はよしてくれたまえ。」
これは失敬、と笑みを浮かべると初老の男性は俺の方を向く。
「そちらはお連れ様で?」
「ああ、だがいつもの席で構わない。」
初老の男性は何やら得心を得たような顔で頷きカウンター奥へ消えていった。
皇は慣れた足取りで店内へ入り俺を手招きする。
店内の雰囲気は落ち着いておりカウンターにはワインやウイスキーのようなものが入っている棚があった。
テーブル席もいくつかあり、意外と広い店内である。
そんな中に一つだけカーテンがかけられて個室のようになっているテーブル席があった。
VIP席か何かであろうか、と思っていると彼女は臆さずその個室へ入っていく。
一体こいつは何者なんだ。
「まぁまぁ、別に何者でもいいじゃないか。いまではただの部長だよ。」
彼女の言葉に俺もそれ以上は追及しないでおく。
別にそれで困ることもないしな。
カーテンの中は駅前の人の喧騒がよく見える席だった。
俺たちが席に着くと初老の男性は見据えていたかのようなタイミングで顔を出す。
「こちら、お冷とサービスのチョコでございます。」
「いつもサービスはよしてくれと言っているだろう。」
彼女が口を尖らせると、初老の男性はほほっと笑みを浮かべ応える。
「これは失礼。ただ、こちら最近雇いました新米パティシエの試作品でございまして、どうしてもお二方に食していただきたいのです。」
あと、お嬢様の好きな喜蜂堂のはちみつをふんだんにお使いしておりますぞ、と続けると皇は耳をピクと動かし、声を上ずらせていった。
「そ、そうか。ならしょうがないな。ありがとうマスター。その新米パティシエ君にも伝えといてくれ。」
マスターと言われた男は笑顔で頷く。
こうしてみてみると、あの皇が年相応に見えてきてほほえましく思える。
かわいいとこもあるんだな。
そう思っていると皇がこちらを見やり、口を開く。
「おっと、注文を忘れていた。私はいつもの紅茶で良いが。君はどうする?」
「ん?んーそうだな。とりあえずコーヒーでお願いします。」
「当店のオリジナルブレンドでよろしいでしょうか?」
「え、ええ。それでお願いします。」
おっと。危ない危ない。結構本格的なカフェだった。
いい店だ。
そう考えているのを見たのか皇がそうだろうそうだろうとドヤ顔で頷き続けた。
「それだけで良いのかい?ここはスイーツや料理も豊富だぞ。」
そう言われても……まさかこんな本格的なカフェに行くとは思いもしていなかったため、あまり手持ちがないのだ。
コーヒー一杯分あるかどうか……。
こちらの顔で察したのか彼女は顔をほころばせた。
「安心したまえ。今日は私が全部出すつもりだ、」
「いや、さすがにそれは。」
「遠慮するな。入部祝いと思ってくれればよい。それに君にここの料理の味を気に入ってほしいのだよ。」
彼女が言うとマスターも続ける。
「男子としての矜持はわかりますが、ここは遠慮なさらなくてもよいですぞ。私共としましてもタカヒロ様にはぜひお楽しみいただきたい。」
「そ、そこまでおっしゃるなら……。」
さすがにマスターたっての希望とあっては断り切れない。
マスターは微笑みメニュー表を差し出す。
「こちらメニューにございます。何かご注文なさりたいのであれば、こちらのベルを鳴らすかQRをおよみくださって、電子でのご注文も可能でございます。」
マスターの言葉に皇は目を見開く。
「ほう、進んでいるな。」
「ええ、時代でございますな。では、ごゆるりと。」
そう言うとマスターはカウンターの奥へと消えていく。
そこで俺はあることに気づき風格ある老齢の男性をじっと見つめていた。
正面で見たこともないような笑顔でチョコを食べていた皇がああ、と呟き言う。
「彼は元傭兵でね。昔ある戦争に参加したときに片足を失ったのさ。それがきっかけで引退してこのカフェバーを開いた……。まぁ一応私の世話役でもあったがね。」
その言葉に俺は色々納得する。
道理で歴戦の猛者のような風格漂うわけだ。
それにカフェバーか。
「ああ、夜はバーに様変わりというわけさ。今はおしゃれなカフェだけどね。」
「それより、そのチョコ食べないなら私がもらうよ。」
俺は彼女に取られる前に目の前のチョコを口に入れる。
「ん、生チョコか。うまいな!」
「であろう。追加で頼むとするか。それと私はこの漁師風パエリアにしようかな。君はどうする?」
「結構がっつり行くんだな。俺は夕飯もあるし……。何かここのコーヒーに合うおススメのものはないのか。」
「なら、インペリアルティラミスなんてどうだろうか。グランパがよく食べていた。」
……すごい名前だ。
しかし、メニュー表にそんなのあったであろうか。まぁおススメなら頼んでみるか。
「じゃあ、それで頼む。」
皇と他愛もない会話をしている間にドリンクとチョコそして俺が注文したティラミスがマスターの手によって運ばれた。
その時マスターはいたずらな笑顔で俺の耳元でささやく。
「実はこちらお館様とお嬢様限定の裏メニューとなっているのですが、特別ですぞ。」
その言葉に俺は冷や汗を浮かべるが、彼女は気づかぬ様子でチョコと紅茶を楽しんでいた。
全く、心臓に悪い。
マスターはそのまま皇の前にスープを置き、去っていく。
それを見届けると皇は口を拭いながら言う。
「注文したものもある程度来たことだし、部活動開始といこうではないか。」
部活動、ねぇ。ここから何をするってんだか。
「窓を見てごらん。」
彼女の言うとおりに俺は窓を見やる。
「ここは駅前ということもあっていろいろな人が行きかう。それはつまり、その数だけ物語があるというわけだ。まずはチュートリアルとして、どのような物語があるか観察を通して想像してみようではないか。」
想像、ねぇ。
「うーむ。あーならあの人はどうだ。いかにもな地雷系の格好をしている。」
「ほう。いい目の付け所だね。なぜ彼女にしたんだい?」
単純にかわいかったからだ、と言った瞬間冷たい目で見られそうなのでやめとこう。
しかし、彼女はそれを見透かしたのかやれやれとため息を吐く。
「まぁ何でもいいが……。彼女は今ある人を待っている。ほら、ちょうど今来たところだ。」
皇の言葉につられて地雷系の女の子の方を見ると、何やら身なりのいい高級そうなスーツを着ている男
性が親しげに話している。
「あーもしかしてアレか。」
俺が察したように言うが彼女は首を横に振る。
「いや、彼と彼女はいわゆる幼馴染ってやつさ。女性の方は30歳で男性は27だよ。」
皇の言葉に俺は目を見開く。
なんで、そんなこと知っているんだというツッコミは無駄だろうな。
「彼の様子から見るにようやく決心がついたようだね。」
「決心?」
俺が首をかしげると彼女はさらりと言う。
「それはもちろんプロポーズだろう。」
なるほど、と俺は頷き、彼女はそのまま続ける。
「とまぁ、こんな風にだ。ただはたから見ただけじゃ偏見まみれの結果しか出てこないが、深ぼるとなかなか面白そうな物語が出てくるだろう?そういうのを探していこうというのさ。」
確かにそういうのは面白そうだ。と思い窓を見ると、今度は同じ制服をきた生徒を見つけた。
「あれは……。俺たちと同じ学校のやつか。しかし、なんというか変な組み合わせだな。」
大男三人にまるで守られながら歩いている背の低い男の子。だが、四人とも俺たちと同じ制服だ。俺が言うと、皇がなんてことないように教えてくれた。
「彼は1年5組の東毛択。とある中華マフィアの次期頭首だね。」
「ごふっ。」
俺はコーヒーを吹き出すのを我慢するが気管に入りむせてしまう。
「げふげふ。おいおいなんでそんな奴がいるんだよ……。」
「まぁまぁ。では彼の物語の一端を話そうか。」
彼は中華マフィア龍王を率いる四つの家、東家、南家、西家、北家の内東家を治める長老、東貉君の孫で、ただ一人の家族でもある。
その四つの家はその時代最も力のある家が他の家の親として君臨することになっているんだが、長らく東家が君臨していてね。
それをよく思わなかった西家と南家が東家の力を削ごうと6年前に当時長老であった貉君以外の家族を抹殺し、まだ幼かった毛択を手籠めにしようと考えた。
しかし、毛択が生まれた時からそのことを危惧していた貉君は毛択を護衛と共に安全な日本に幼少のころから住ませていたのだ。
その甲斐あって、毛択と貉君以外の東家はほとんど消されてしまったが、毛択が彼らの手に落ちる前に逆に西家と南家の長老を処罰することて、その両家の力を取り込むことができ、事なきを得たのさ。
「ちなみに、毛択をとらえる寸前で何者かに邪魔されたという話もあるらしい。」
どこかで聞いたことがあるような気がするが、気のせいだろうか。俺は頭を悩ませるが思い出せそうにもないので、いったん捨て置くことにした。
「しかし、そりゃまたすごい話だな。じゃああいつの両親は……。」
俺が神妙な面持ちでつぶやくと皇も厳かに頷いた。
「ああ、両家に消されたよ。」
一拍置いて、一転皇は明るい口調でしゃべりだす。
「お、どうやら面白いものが見られそうだ。」
窓を見てみると、どうやらさきほどの毛択が足を止めて誰かと話している。
だが、その話している人たちにも問題があった。
毛択が話しているのは背中に龍が描かれた革ジャンを羽織るガラの悪い女性。
しかも、その女性の後ろには高そうなスーツを着こなすガタイのよい決して堅気とは言えないような雰囲気を醸す男たちがいたのだ。
「おいおい。シャレになってねぇぞ。」
だが、俺はそこであることにも気づく。
「ん?あの女の人俺たちと同じ制服を着ていないか?」
革ジャンを羽織っていたためによく見えなかったが、あれは間違いなくうちの制服だ。
「ああ、彼女は一年四組で龍禅寺組の龍禅寺可憐。いわゆる極道の一人娘だね。」
皇の言葉にだが次は驚くことはなかった。
さすがにあんな連中連れ立ってたら想像できる。
「一触即発じゃないか。」
「まぁ大丈夫だろう。街中だし。」
彼女の言う通り二人は何やら言葉を交わした後そのまま通り過ぎ去っていった。
俺は胸をなでおろすが彼女ははたと首をかしげる。
「しかし、彼女がここにいるのは珍しいね。何かあるのかな。」
その言葉におれは問題だけは起こしてくれるなよと祈るしかなかった。
そうこうしているとカーテンが勢いよく開かれ、コック帽をかぶったガタイの良い褐色の大男が顔を出した。
「よう、お嬢!漁師風パエリアおあがりだぜ。」
「これは料理長ありがとう。久しぶりだね。」
そういうや否や彼女は空の皿を端に寄せ、ナイフとフォークをわくわくと構える。
料理長はニカッと笑いながら彼女の前に大皿をドンっと置く。
確かにこれはうまそうだ。こちらにも芳醇な香りが漂ってくる。
今度はちゃんと食べに来たいな。
「ふふ、次は事前に約束していこうか。そしたら夕飯を作ってもらわなくても大丈夫だろう?」
「ああ、そうだな。」
彼女が何でもないように言うので俺も平然と装い無愛想に返すしかなかった。
……まるでデートの誘いじゃないか。
だが、俺は首を横に振りあまり深くは考えないようにする。
料理長はこちらを見ると大きく口を開けてしゃべりだす。
「アンタがタカヒロか!イイ男じゃないか!鍛えがいがあるな。」
「どうも。おいしそうですね。」
「がっはっは。そうだろう?ここいらは港が近いからな。新鮮な海鮮をふんだんに使っているんだ!存分に味わっていってくれ。」
料理長はそういうとカウンター奥へと消えていった。
「元気な人だな。それに、」
それに料理長は律儀に俺の分の取り皿まで用意してくれた。一応夕飯があるからあまり食べられないとはいえ、少しくらいは食べてくれということだろうか。
「しかたないね。一口だけだぞ?」
彼女の言葉に感謝を示しつつ取り皿に一口分と少々取り分ける。
その時、どうやら駅前がざわざわとし始めていることに気づく。
「あれは、さっきの龍禅寺のお嬢さんじゃないか?」
今度はまた別の誰かともめているようだ。マスクをつけたスケバン風のいかにもヤンキーです感あふれる女性集団と話している。
「ふむ、あれは虎峯大河だね。私たちとは別の高校だよ。あの二人は中学時代からあんな感じでね。この周辺地域じゃあナンバー2と3を争っていたんだ。」
「ナンバー2と3?」
ナンバー1ではなく?
俺の疑問に皇はいたずらに微笑む。
「さてね、高校入学と共に表舞台から姿を消してから全く情報がないのだよ。」
案外近くにいるかもね、と彼女は嘯く。
少なくともこいつではないのは確かだな。あんな体力がないのにナンバー1張ってたらほかの連中が心配だ。
「わかっていることと言えば、とんでもない極真空手の使い手で秩序を重んじる厳格な女性だったということだけさ。」
彼女は一拍置いて続ける。
「この物語も面白そうだろう?」
そうだな、と俺は頷き動向を見守る。
例のナンバー2と3も争うことはなく、虎峯だと思われる女性が龍禅寺に何かを手渡し、険悪な雰囲気のまま二人は反対方向へ歩いていく。
「今日はハラハラしてばっかりだ。」
「ふふ、チュートリアルには最適だね。一体何を手渡したのだろうか。ラブレターかな?」
だとしたらとてつもなくかわいいんだがな。
そう思っているとガタイのいいスキンヘッドの大男を見つける。
「お、あいつはわかるぞ。同じクラスの不動じゃないか。」
「不動静男君だね。それと、一緒に連れ立っているのは同じ部活の人たちかな。」
確かによく見てみると不動のほかに数人の女生徒が歩いている。加えて不動の手には何やら大荷物が抱えられている。
「荷物持ちとは不憫な……。」
「んーでもほら、彼ってとてつもなく優しいから自分から言い出してそうではあるけどね。」
「確かにな。それにしても何の部活だろうか。」
「多分園芸部じゃないかな。」
園芸部か。はたからみればあべこべな組み合わせではあるが、あの心優しく、クラスの誰よりも女子力が高いといわれている不動なので変に納得できる。
「園芸部ならあの大荷物も納得だな。しかし、よく女子しかいない部活に入れる勇気があったな。」
うらやましいぜ。
「君はヘタレだからね。」
おい、誰がヘタレだっての。
俺は心の中でため息を吐くが彼女は素知らぬ顔で続ける。
「いやはや、それにしても、ここにはよく来るが、今日ほど面白い組み合わせを発見できたのは初めてだ。君と来れてよかった。」
「そりゃ、何よりだ。」
俺は彼女のまぶしい笑顔から目をそらすが、皇はにやりと笑いながら言う。
「おや、顔が赤いぞ?」
「夕日でそう見えているだけだろ。」
気のせいだ。と俺は続けて言うが、彼女はにやにや笑い続けたままである。
それからも往来する人々を見ながらあーでもない、こーでもないと話しているうちにすっかり暗くなってしまっていた。
「む、もうこんな時間か。」
結構楽しくて時が過ぎるのを忘れていたな。
「ここらへんで暇としよう。」
俺は彼女の言葉に頷きながら席を立つ。
マスターと料理長がまるでそれを見越していたかのようにこちらにやってきた。
「当店の商品はお気に召されましたかな?」
「ええ、それはもちろん。最高でした。」
それはよかった、とマスターが胸をなでおろし頷き、料理長がその大きい口を開く。
「また、来てくだせぇ!学友にもぜひ声をかけてやってくれ!」
「ああ、そうするとしよう。我が部が正式に活動できるようになったら皆で来ようではないか。」
料理長も大きく頷き、皇が続ける。
「そうそう。新米パティシエにこう伝えておくれ。一人前になったらきちんと私に挨拶するようにとな。」
「たしかに。」
そう言うと、彼女はお会計を済まし、店を出ていく。俺も後に続いて店を後にするのだった。
カフェから出ると何やら高級そうな外車が停まっていた。
考える間もなく、この女の実家のだろう。
すると皇がこちらを向き言った。
「乗ってくかい?」
さすがに俺は首を横に振り断る。
「いや、飯をおごってもらったんだ。そこまでしてもらわなくても大丈夫だよ。」
彼女はそっか、とつぶやき、車に乗り込む。
彼女が窓を開けて口を開こうとした瞬間、俺はあることを思い出し、彼女の言葉を遮る。
「ものすごく、今更なんだが。なんであの人たち俺の名前を知っていたんだ?」
彼女は一瞬目を丸くさせるが、小悪魔な笑顔で、人差し指を唇に触れさせて、言う。
「ヒミツだよ。」
そして彼女の、また明日という言葉とともに車は走り去っていく。
俺は心の中で大きくため息をつきながらそのまま家に帰ることにした。




