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第62話 モブ、叫ぶ

翌朝、俺は教室の自席にてため息をついていた。

まだ周りには誰も登校して来ていない。

だがこの静かな空間が更に空気を重くしているような気がする。


(はぁ……なんでこんなことになってしまうんだよ……)


思い返すのは昨日シャーロットに言われたこと。

それを今日早速実行に移そうとしていた。

別に何か準備があるわけでも、早く来る必要があったわけでもないが、少し緊張して早く来ることにしたのだ。

個人的にはまだシャーロットに初めて喧嘩を売った時の方がまだマシだった。


『マスター、本当にやるの?シャーロットちゃんが裏切ったら殺されちゃうんじゃないの?』


(まあな。あれでも一応マクスウェル公爵(パトロン)の娘だ。俺は逆らえないんだよ)


『それはまた、悲しい世の中だね』


(仕方がない。これが社畜根性というものだ)


元社会人の現平民なんて上司や貴族に使われる運命なのだ。

こればっかりはどうしようもない。

俺は人の命とか責任持てないし、使われる側のほうが性に合っているのは間違いないが、それで俺の命の危機が訪れるのは絶対に勘弁してもらいたいところ。

そう考えるとシャーロットは上司になってほしくない人堂々のナンバーワンに輝けることだろう。

『つまらないから』なんて理由で無茶振りを押し付けてくる時点で絶対に嫌だけど逆らえないのが今の俺なのである。


「あら、随分と早いのね」


俺がそんなことを考えていると突然声をかけられる。

見るとシャーロットが不敵に笑いながら教室の扉のところに背を預けていた。

ツカツカと綺麗な所作で歩き出すと自分の席にカバンをドサッと置き、俺の下にやってくる。


「ちゃんと覚悟は決めてきたんでしょうね?先延ばしにしても良いことはないのだから今日やるのよ?」


「……わかってますよ。やればいいんでしょう?ただしちゃんと助けてくださいよ?」


「わかってるわよ。私がそんなに信用できない人間だと思ってるわけ?」


思ってます、と即答したいところだけどここはグッとこらえる。

素直に答えたところでシャーロットが態度を変えるわけないし、言うだけ無駄だ。


「まあ助けてもらわないと本当に俺の命が危ないので否が応でも信用するしか無いでしょう?もし助けてくれなかったら、今までの会話も全部話してマクスウェル家も巻き込みますからね」


「アンタ、随分面白いことを言うのね」


そう言ってシャーロットはふふふ、と笑う。

こちらも一応脅しのつもりでけしかけたのだが、シャーロットには全く効いていないようだ。

これが力を持つ者と持たざる者の差か……


「楽しいエンターテイメントになることを期待しているわ」


「目的が変わってませんか?」


「別になんでもいいのよ。研鑽においては過程は大事だけど計画において大事なものは結果よ。結果良ければ別になんだっていいでしょう?」


「そういうものですか……」


「そういうものよ。期待しているわ」


そう言ってシャーロットはウインクを飛ばす。

なまじ見た目は絶世の美少女なだけにその姿はとても画になっていた。

なんだかんだ言うことを聞くしか無いこの状況に俺は再び重い溜息をつくのだった──


◇◆◇


いくらか時間が過ぎ、ホームルームも10分後くらいに控えているとなるとクラスもかなりの人数で埋まってくる。

俺は覚悟を決めて立ち上がるとある人物の元へと歩いていった。

そして意を決して口を開く。


「おはようございます。少々お時間をよろしいでしょうか、《《アレック王子殿下》》」


「あ?」


俺が話しかけるとその相手──アレック王子が鋭い目つきで睨みつけてくる。

周りにいたクラスメイトたちもギョッとした様子で一斉に俺に視線を向ける。

攻略対象たちも集まってきた。


「俺に話しかけるな。前もってそう言ってあったはずだよな?」


「申し訳ございません。少々お願いしたいことがありまして」


やっぱりめちゃくちゃ怒ってるんですけど!?

俺このまま叩き切られちゃったりしない!?


「例の件は俺に言っても無駄だと言っただろう」


「いえいえ、あの件とはまた別件ですとも」


この王子なら平民が王子の自分に話しかけるのは不敬だ、くらい言うと思っていたが、ジェシカや他の貴族たちの目があるからか予想よりはマシな態度だった。

まあそれを見越して話しかけたという背景はあるけども。


「別件、だと?」


「ええ。全然違うことを今日はお願いしに来ました」


「簡潔に話せ。くだらんことだったら許さぬからな」


よしっ!

とりあえず話を聞いてもらうところまでは了承してもらった!

第一段階は一先ず成功と言っていいだろう。

もっともここからが一番難関で危険な段階に突入するわけだが。


「ありがとうございます。流石は寛大なる心をお持ちのアレック王子殿下。その広き心はまるで海のようで──」


「黙れ。貴様の気味の悪く中身のない称賛など必要としていない。手短に話せと言ったはずだ」


俺はチラリとシャーロットにアイコンタクトを送る。

これくらいで大丈夫かという確認だ。

アレック王子を怒らせるのも今回の計画のうち。

シャーロットは小さく笑みを浮かべながらコクンと頷いた。


「……それではお望み通り単刀直入に。俺と次の定期考査で勝負しませんか」


「「「っ!?」」」


クラス中にどよめきが走る。

ロブが俺に近寄ってきて胸ぐらを掴む。

体も大きいからかなり威圧感がある。

まあシャーロットと比べたら怖くはないけど。


「……どういうつもりだ?おい」


「言葉のままの意味ですよ。誇り高きクリミナル王国の王子殿下ともあれば無名の平民一人を捻ることなんて片手でも余裕でしょう?」


「てめぇ……!言わせておけば……!」


ロブは拳を振り上げる。

そして一気に振り下ろしてくるが俺は一切回避行動を取らない。

これくらいは余裕で受けられ──


「駄目です!」


バチィンと肌がぶつかり合う特有の音が教室に響く。

見るとなんとロブの拳をアリシアが受け止めていた。

体格差もあるってのに……すごいなアリシア……


「教室内で暴力沙汰はダメです。それにエドワードさんも今回は暴走が過ぎます。殿下への不敬ととられてもおかしくはないのですよ!」


アリシアはキッと俺達二人を睨む。

その姿はまさに平等と礼儀を重んじるゲームでのアリシアそのものだった。

俺は思わぬ説教に面食らってしまう。

だが、その人物には残念ながら響くことは無かった。


「どけ、ハミルトン嬢。俺はこいつに用がある」


「で、殿下……」


「おい、平民。身の程知らずにも俺をバカにしているのか?そんなに死にたければいますぐ殺してやるよ。絞首刑が良いか?斬首が良いか?好きな死に方を選ばせてやろう」


お、おい!

勝負を受けてもらう方向に持ってかないといけないのに俺が一方的に殺される方向性で話が進んでるんだが!?


(し、シャーロット!へールプ!!!!)


俺は助けを見てシャーロットの方に視線を送る。

するとシャーロットはこれまでにないほど楽しそうに満面の笑みを浮かべる。

あんのイカレ女ぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!

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