第58話 モブ、さらけ出す
「グレイ=マクスウェルである。よく来たな」
よく来たな、がもはや『よくここに顔を出せたな』にしか聞こえない。
年の頃は40前後といったところだろうか。
設定資料にマクスウェル公爵のものはなかったからあくまで予想することしかできない。
悪役として威圧感を持たせられるように、若干老け顔にして顔を厳つくさせたのかもしれないが今は実年齢はどうでもいい。
「はじめまして、エドワードと申します。本日はお招きくださりありがとうございます」
実際は今朝いきなり知らされてほぼ強制的に連れてこられただけだけどまあ誤差の範囲内だろう。
学校をサボることになってしまったが、それよりもマクスウェル公爵との面会のほうが何倍も重要だ。
「ここに客人として平民を入れるのは貴様が初めてだ。誇りに思うといい」
「は、はは……ありがとうございます」
そのまま一番最初にこの客室で暗殺される客人の座とか押し付けられそうで怖い。
一応警戒してはいるものの、精鋭揃いの公爵邸から逃げ出すなんてほぼ不可能だ。
だけどここで命を懸けてでも飛び込むべきだと判断したからここまで来たんだ。
歓迎されるなんて微塵も思っていないが、せめてでも名前くらいは覚えて貰えれば御の字だ。
……その前に生きて帰れるかわからないがそれを気にしてもしょうがない。
「本題はシャーロットが来てから話す。それまではゆっくりしておけ。平民と交わす世間話は残念ながら持ち合わせていない」
客人に対してめちゃくちゃ失礼なことを言っているが、そもそも公爵が平民と膝を交えて座っている時点で異例中の異例。
しかもこちらは元々悪役令嬢の父親が来ることを見越して来ているのだからこれくらいは可愛いものだ。
むしろ腹黒いよりここまでまっすぐに言われると逆に清々しい。
それほどの嫌悪感も抱かなかった。
そのまま沈黙が続き、待つこと10分ほど。
客間の扉が控えめにコンコンとノックされる。
「入れ」
マクスウェル公爵が返事をするとゆっくりと扉が開かれる。
そして扉の先に現れたのは、制服から綺羅びやかなドレスに着替えたシャーロットだった。
普段、制服姿しか見ていないからこうしてドレスを着ているところを見ると改めてシャーロットってものすごい美人だったんだな、なんて今更なことを考えてしまう。
黙っていれば深窓の令嬢だ。
「来たか、座れ」
「はい、お父様」
久しぶりの再会だろうに父娘の会話は少なく冷たい。
だけどこの光景は別にマクスウェル家が悪役の家だから冷たいわけわけではない。
残念ながら親子の愛情なんてものは存在しない貴族の家は一定数存在する。
シャーロットはドレスにシワがつかないように丁寧な所作で俺の隣に腰をかける。
マクスウェル公爵の隣じゃないのね、と思ったけどシャーロットも話の内容を聞かされていないんだとしたらこっちのほうが自然か。
「それで、お父様。今日はどのようなご要件で私達を?」
「なに、娘を2度倒した男の顔を見ようと思っただけだ。マクスウェル公爵家に連なるものがただの平民に2度も敗れた、というのはよろしくない。言っている意味はわかるな?シャーロット」
「……はい」
マクスウェル公爵はシャーロットに厳しい視線を向ける。
やはりその件は公爵的にもNGだったか。
でも俺も手を抜ける状況に無かったし、わざと負けるなんてそれこそシャーロットに殺されそうだしな……
「シャーロットはマクスウェル本家の者として最強の責務がある。だがそれを果たせなかった。つまるところこちらとして貴様の存在は都合が悪い」
「それで俺を殺すためにここに呼んだ……とでも?」
「そう思うか?」
「まあ今の話の流れをそのまま汲み取るならそうですね」
もっとも向こうがこちらを殺そうと思ってるならシャーロットが来るまで話を待つ必要がないし、殺せるタイミングなんて他にも数え切れないほどあった。
それにも関わらず、一度も襲いかかってこないということは《《少なくとも今は》》俺を殺すつもりはないのだろう。
もっとも部屋の外に何人も配置している時点で、これから殺そうという魂胆なのかもしれないが。
「言っただろう。娘を倒すほどの平民に興味が湧いた。貴様のような平民一人の命があろうが無かろうが我らかすれば知ったことではない」
「ならば生かして帰してくれるんですね?」
「少なくとも今は殺すつもりはない」
その言葉を聞けただけでも少し安心できる。
なりふり構わず始末しに来られたら流石に一人で対処できない。
「一つ質問に答えろ。今日はそのために時間を作った」
たった一つの質問のために数時間かけて呼び出すなんて中々豪快なことをする人だな。
シャーロットもマクスウェル公爵は多忙な人だと言っていたし、本当に俺に興味を持ったということなのか?
「なんでしょう。俺に答えられることでしたらなんだって答えます」
「貴様は何ゆえ強さを求める?特に目標も無く、簡単に倒せるほどシャーロットは弱くない。ならば何が貴様を駆り立てる?」
「……何ゆえ、ですか」
「貴様の体を見れば一目瞭然だ。貴様は特段才能があるわけではない。むしろシャーロットと比べたら足元にも及ばないだろう。そこにたどり着くまでにどれほどの時間と労力を費やしたかなど少し考えればわかることだ」
見る人が見ればやはりわかってしまうものなのか。
まあ俺はただのモブだし、才能なんてシャーロットと比べてあるはずがない。
だけど目の前で戦ったわけでもないのに見抜かれるとはなぁ……
「私は貴族の方に士官したいのです。育ててくれた両親に恩返しを……」
「嘘を吐くな」
一蹴。
マクスウェル公爵は一切の躊躇なく俺の言葉を遮り、一蹴した。
その眼光は鋭く、俺の全てを見透かしてしまいそうなほど底が見えない。
俺はその時、目の前にいるこの人物がどれほどの怪物かを本当の意味で理解した。
(こんなにも早く嘘を看破されるのか……!というか一体この人は俺に何を求めているんだ……!?)
「次に嘘を吐いたら殺す。我は、自身の欲を言語化できない者に興味はない」
さっき殺さないって言ったじゃん!?
なんでそんなに掌返しが早いんだよ!?
「それとも……貴様の欲は所詮人に自身の誇りを持って語ることすらできないどうでもいいものなのか?」
その言葉に俺はハッとなる。
心が燃えるようにジリジリと熱くなり、体温も上昇していく。
そんな言い方をするなんてずるいじゃないか。
「フフ……はは……!」
「はぁ……なんで笑ってるわけ?アンタはお父様の質問に……っ!?」
笑いが込み上げてきて止まらない。
これほどどす黒い感情が俺を流れるのはいつぶりだろうか。
王子や攻略対象たちと直接相まみえたときぶりだな。
「あははは……!ここで言う事じゃあありませんよ?」
「構わん。ここでの発言の全てを不問に処す。自分の欲を思うがままに言ってみろ」
鏡があるわけでもないが、自分でも今自分が凶悪な笑みを浮かべているのがわかる。
俺はまっすぐにマクスウェル公爵の目を見据えた。
ここまで俺を焚き付けたんだ。
もう一歩も引いたりしてやらないからな。
「俺の目的は……欲は……今のクリミナル王国をひっくり返すこと。無能でクズな上層部どもを引きずり落とし、この世界の運命を変える。それが俺の欲だ。誰にも決して邪魔させはしない」
「アンタ……それ……」
隣に座るシャーロットが絶句する。
流石の悪役令嬢でも俺の発言には驚いたらしい。
俺はマクスウェル公爵から目を決して離さず見据え続ける。
10秒ほど沈黙が訪れ、公爵は突然笑い出す。
「く……クハハハハハハハハハ!!!!!いいぞ!面白い!そんな分不相応でイカれた欲を持った馬鹿を我は待っていた!」
それはまさにイカれた闇を宿すものだけが見せる狂気を孕んだ笑みだった──