第54話 モブ、助けられる
学園襲撃騒動から数日後。
その間、学園は1日だけ休校となって国の調査員みたいな人たちと何かを調べていたが、次の日には帰っていった。
そしてその翌日にはいつも通りの授業が復活する。
こうしてまたすぐに授業が始められるのはすごいと思うけど、王族含め、貴族や財力のある平民の子供が集まってる重要施設なんだからもうちょっと慎重に捜査して二度とこんなことが起こらないようにしてほしいものだ。
そして俺はと言うと……
「本当にもう無いのかね?」
「俺がわかることは全部言いましたよ……後は直接戦っていたマクスウェル様とブラッド先生に聞かないとこれ以上言えることはありませんって……」
謎の部屋で尋問を受けていた。
最初の方は少しでも襲撃者のヒントを得ようとその場にたまたま居合わせた俺に質問しているんだと思っていた。
だが同じ質問がこうも続くと嫌でも気付く。
俺は疑われているのだと。
だが俺は第三者から見れば普通の平民の家に生まれたのにも関わらず何故かこの学園に入学できるほどの金を用意し、何故か首席で最強と呼ばれるシャーロットを2度も倒し、マクスウェル家の後押しで異例のAクラスへの転入を行った謎の平民。
あまりにも怪しい部分が多すぎるのだ。
まあ潜入とかだとしたらどう考えても目立ち過ぎのような気がするけどもそんなことは目の前の人たちからすれば関係ないようだ。
(相手が同じ質問をしてくるなら同じ答えを返すだけだけど流石に気が滅入ってくるな……)
ステータスに精神防御、みたいな項目は存在しない。
故にドーピングすることもできず、ただただ自分の意志で耐えるしかない。
内心でラナと会話することで極力意識を目の前の人たちに向けないようにしていたことと、食事や水を絶たれてたり威圧的な態度じゃないことがせめてもの救いだろうか。
「本当に他に知っていることはないのか?」
「何度聞かれてもこれ以上は知らないとしか言えません。探られて痛い腹はありませんよ」
『この人たちずっと同じ質問してくるね。バカなの?』
(そう言ってやるな。向こうもそれで食っていってるんだ。高圧的じゃないし話が通じるだけかなり良心的だと思うぞ)
ドラマとか漫画だとほぼ拷問だろ、みたいな尋問が度々出てくる。
それと比べれば全然マシな方だ。
冤罪なのに無理やり黒にする、とか平民相手なら簡単にできそうなのにやらないということはそういうことだろう。
いや、マクスウェル家が一度俺を後押ししたことがあるから日和ってるだけか?
「俺はマクスウェル様が戦うのを少しだけアシストしただけです。大したことはしてませんし、大したことも知っていません」
変に匂わせなんてする必要はないので俺はこの姿勢を貫く。
シャーロットが変わったからシナリオが変わった云々の話は言い方は違うにせよ、ゲルナたちが言っていた。
だが確証があるわけでもないしそんなことをわざわざ言ったって俺が内通者だと更に疑われるようなものだ。
向こうがその気ならこっちもいくらでも受けて立ってやるつもりで気合を入れ直すと突然、後ろの方に立っていた尋問官たちがザワザワとし始める。
モーゼのように尋問官たちが2つに分かれ道ができる。
そしてその道を堂々と歩いてきたのは意外な人物だった。
「ハミルトン様……?」
「遅くなってしまってごめんなさい。父を説得するのに少々時間を要してしまいまして」
そう言って申し訳無さそうに言うのはアリシア=ハミルトン。
あの襲撃騒動が起こる前日に授業で会ったきりだったからなんだか随分と久しぶりに会うような感覚になる。
だがそんな感慨深さより俺の頭は疑問で占められていた。
「ハミルトン様はどうしてここに?」
「そんなの決まってるじゃないですか。エドワードさんが内通者なわけがないですから。もし内通者なら目立ち過ぎですし、そもそもジェシカとアレック殿下を救ったりしないでしょう?」
え……なんでそのことを?
俺の助命のためにあの王子やピンク頭がそのことを報告するとは考えづらいし、俺1人では証明できないから、その線で食い下がるのは諦めてたのに。
「遠くの校舎からたまたま見ていたんです。本当はすぐに加勢しようと思ったんですが、先生に見つかって半ば無理やり避難させられてしまって……」
そう言ってアリシアは悔しそうな面持ちをする。
だけどアリシアには悪いがあのタイミングは加勢しなくて正解だ。
逆にちゃんと避難させてアリシアに傷一つ負わせなかった先生の判断に称賛を送ろう。
別にそこは気に病むポイントではない。
「気にしないでください。結果的に俺にもマクスウェル様にも怪我一つ無かったんですから。ハミルトン様が気にすることではありませんよ」
「ですが……」
アリシアはあまり納得していなさそうに顔を俯ける。
やっぱり少し生真面目すぎるな。
まあそこがアリシアの美点だと思うからその姿勢を変える必要はないと思うけど。
「そのお気持ちだけで嬉しいんですよ。あまりハミルトン様が気に病んでいるとこちらも申し訳なくなってきてしまいますよ」
俺は冗談っぽく笑みを交えてそう言う。
アリシアは少し驚いたように小さく目を見開いたが、次の瞬間には柔らかい微笑みをたたえていた。
「そう……ですね。あまり気にしすぎないようにします」
「はい、そうしてください」
アリシアはニコリと笑うと尋問官たちに向き合う。
その姿に威圧感は無いものの表情は真剣そのものだった。
「というわけでエドワードさんを解放してください」
「で、ですが……」
「エドワードさんはアレック王子殿下をその手で救ったのですよ?疑うのは失礼ですしこれ以上の時間は無駄というものでしょう」
アリシアははっきりと言い切る。
尋問官たちは目を見合わせるとやがてゆっくりと頷いた。
「……わかりました。上にはそう報告しておきます」
「はい、ありがとうございます」
◇◆◇
かくして軟禁状態から脱却し、久しぶりに外に出た俺は大きく伸びをする。
太陽がいつもより眩しく感じる。
「本当に助けてくださりありがとうございました」
「いえいえ、お気になさらず。それに今回これほどスムーズにことが進んだのはマクスウェル家のおかげでもありますから」
アリシアの言葉に俺はピシッと固まる。
……なんだって?
なんでマクスウェル家の名前がここで出てくるんだ?
「伝言です。マクスウェル様からエドワードさんに渡すように、と」
そう言ってアリシアは一通の高級そうな封筒に入れられた便箋を渡してくる。
俺は恐る恐る受け取ると中身を取り出し読み始める。
そして読み終わった瞬間その場で膝から崩れそうになった。
曰く
『少々話したいことがある。シャーロットと共に一度我の前に姿を見せろ』
そこに書かれていた送り主はシャーロットの父、マクスウェル公爵のものだった──




