第53話 モブ、解放する
嫌な予感を抱えたまま帰ってきたシャーロットの部屋。
どうやら先生たちは生徒を連れて学園の外に避難したらしくここに来るまで誰とも出会わなかった。
いつしかブラッドと戦っていたバルドスの魔力反応もなくなっている。
俺とシャーロットとリサがまだ学園に残って戦っているのに逃げるなんて随分と薄情だなとは思うが変に加勢されても邪魔で足手まといなだけだし、俺がシャーロットに押し倒されている場面を見られていたかもしれないから結果的にはこれで良かったのだろう。
「はぁ……なんか、ここに来てちょっと疲れたような気がするわ」
「ゆっくり休んでください。それよりも早く中に入ってリサ様を救出しないとですよ」
「わかってるわよ。ちゃんと調きょ……成長してるかしらね?」
「人は変態化を成長とは呼びません」
ドMが二人になったら俺の手に負えない。
変態性を開花させるくらいなら才能を開花させてほしい。
まあ本人も知らなかった幸せを知るという意味では成長なのかもしれないが、世間一般は変態になることを成長とは言わない。
「人間変わればなんでも成長でしょう?まあ他の人間は全然変わらないけど」
「天才視点で言わないでください。みんながみんなやろうと思って成長できるわけじゃないんですから」
俺とジェシカが戦いが決まりシャーロットが参戦した時、俺が勝ったわけだが多分シャーロットはあの『天ノ鳴神』とかいうえげつない力を隠していたわけではないのだろう。
あの戦いが終わって一週間というめちゃくちゃ短い期間でシャーロットはあの力を手に入れたんだ。
あれと一緒にされたらこの世の人間のほとんどは成長しないことになってしまう。
「そう?そういう人間は努力が足りないんじゃないかしら?」
「無茶言わないでくださいよ……」
「人間できないことなんて少ないわ。そこに至るまでの過程が悪いのよ」
人間できることのほうが少ないと思うが。
努力の数だけ結果に実を結ぶというだけでも天才の部類だと思うんだが。
結果は平等に舞い降りるわけじゃない。
「……まあ、できないなら努力するほか無いという部分には同意しますよ」
俺は苦笑しながら小さく頷き、鍵を開けたシャーロットの部屋の中に入る。
そしてリビングへと向かうと俺が結んだ時より遥かに卑猥な格好で縛られているリサの姿があった。
(おいおい……シャーロットさん容赦無さすぎだろうが……)
服を脱がされる、などは流石にされていないがリサはいわゆる亀甲縛りと呼ばれる縛り方で縛られていた。
やけに胸が強調されていて完全にアウトな絵柄である。
(もはやここまで来るとエロいよりも呆れが先に来るんだが……)
普通に目に毒な格好だが全然興奮しない。
ドン引きが何よりも最初に来るのである。
「し、シャーロットお嬢様……?シャーロットお嬢様ですか……?」
リサは目隠しをされているせいか不安そうにシャーロットを呼ぶ。
これが見知らぬ男とかだったら女性からしたら恐怖でしかないもんな。
不安になるのも仕方ない。
「私よ、リサ。今帰ってきたわ」
「ああ……よかった……」
「……マクスウェル様、解いても?」
「別にいいわよ」
一応シャーロットの許可を取り、俺はリサの縄を解き始める。
だがどうやってやったのか知らないけどめちゃくちゃ固くて全然ほどけない。
なんでシャーロットはこんな結び方ができたんだ?
インターネットなんてあるわけないし、やり方なんて人に聞けるわけないだろうに……
(……これは解くのは無理だな、ラナ)
『はーい……』
俺の呼びかけに応えラナが霊剣化する。
縄を解くのはを諦めてリサを傷つけないように縄を切っていく。
そして3分間ほどの時間をかけ、リサはようやく自由になった。
『全く……霊剣を変態プレイの一環で使うのはこれっきりにしてよ?私の刃はそんなことのためにあるわけじゃないんだから』
(風評被害が過ぎるぞ、ラナ。こんな簡単に解けないような結び方をしたのは俺じゃない)
『精霊が創り出す神聖な霊剣をこんなことに使うのは前代未聞なんじゃない?』
(話を聞かんかい。そんなことを言うなら、対ギルバートでしか使わないぞ)
『私がいなくても他の人と戦えるならそれでいいんじゃない?』
(くっ……!)
完全に俺の敗北だった。
変態プレイという部分は訂正させたかったが、実際問題、亀甲縛りをしたのは俺ではないしシャーロットに無言の圧をかけられたことが原因とはいえ最初にリサを縛ったのは俺。
なんとなく否定しづらい雰囲気があり、ラナも俺との口論に慣れてきたからか反論できなくなってしまった。
「どうかしら?リサ」
「どう……と聞かれましても……」
リサは目隠しを外し、眩しそうに目を瞑るとシャーロットの質問に困ったように答える。
確かにそんな質問されても困るよな。
もう二度とやりたくないです、って言えない雰囲気だし。
「気持ちよかった?」
「えーっと……気持ちいいというより恥ずかしかったです……」
リサは顔を真っ赤にして俯きながら答える。
俺がいるなか、こんなことを答えなくてはならないのは屈辱かもしれないがこのタイミングで退席するのもおかしな話だし、少し我慢してほしい。
だけどリサが気持ちいい側に堕ちなくて本当によかった。
帰ってきたら発情タイムとか勘弁してほしいぜ。
「まあ最初はそんなものかしらね。その恥じらいが貴女を幸せにしてくれるわ」
名言っぽく変態なことを言わないでほしい。
美少女をドMにいざなう痴女ってか?
誇り高き悪役令嬢がそんなことになってしまうなんて俺は悲しくて仕方ないよ……
「シャーロットお嬢様……本当にそんなことで幸せになれるのですか……?」
「さあ?やってみればわかるんじゃないかしら。またやってあげるわ」
その言葉にリサは絶望する。
あまりにも理不尽すぎる言葉。
俺に助けを求めるように視線を向けてくるがこの状況で俺にできることはない。
リサを匿おうものなら俺も調教されてしまう恐れがある。
ほんとドSなのかドMなのかよくわからない人だな。
「またやりましょうね」
「……はいぃ……」
リサはそう言って首を縦に振るしかなかった。
ごめんよ、リサ。
俺は必要のない戦いはしたくないんだ。
そう言って平和を望んだ数日後。
俺の平穏がいとも簡単に壊される知らせが来ることを今はまだ知らなかった──