第52話 モブ、心配する
「はぁ……はぁ……もう我慢できない……♡」
俺の上にまたがるシャーロットは息を荒げ、まるで肉食獣が獲物を見るような目で俺を見下ろしている。
ゲルナのとき以上に命の危険を感じるんだが?
「ま、待ってください……マクスウェル様!?何をしてるんです……!?」
「何って……押し倒しただけでしょ?はぁ、はぁ……♡」
押し倒した、だけ?
いや、普通こんな太陽もクソ高い状況で押し倒すも何もないしそもそもここは外で戦闘から避難するために周りに誰もいないとはいえ、先生を始めとしていつ誰が来てもおかしくはないのだ。
シャーロットはすぐに俺を巻き込んで変態プレイを始めようとするから忘れそうになるがそもそもシャーロットはアレック王子との婚約関係を解消したわけではない。
こんなところを見られたら待っているのは破滅のみで間違いなく俺は死ぬ。
というか殺される。
「押し倒しただけって……すぐにどいてください。こんなところ他の誰かに見られたら……」
「興奮しちゃう?」
「しちゃわない」
そんなことで興奮するのはお前だけだ。
まあある意味命がかかってるから別の意味で興奮することになるかもしれないが。
「だって私ずっとオアズケされてたのよ……?それになんだか体が熱くて……なんか体がゾワゾワするの……」
もしかしてやはりこれは先程シャーロットが使った『天ノ鳴神』の副作用ということか……?
いやでも『マジロマ』はエロゲじゃないんだから技を使ったら反動で発情するなんてそんな意味のわからん副作用があるのか?
少なくとも俺は無い気がする。
「わかりました。では今すぐ医者に行きましょう。なので俺で発散させようとするのはやめてください」
「医者ではこの昂りは収まらないわよ……アンタじゃなきゃ……ね?」
こんなにも嬉しくない告白がいまだかつてあっただろうか。
しかも多分シャーロットは恋愛的な意味は一切なく自分の欲求を満たすためだけにこんなことを言っているだけだ。
何一つとして嬉しくないどころか逆に大迷惑極まりないんだが?
「とにかく一度俺の上から降りてください!そうじゃないとゆっくり話すこともできませんよ」
「むぅ……仕方ないわね」
そう言ってシャーロットは渋々と……本ッ当に嫌そうに俺の上からどいた。
そういうのって普通男のほうが迫るものじゃないか?
いや、世の中男女平等の多様性だからこういう発言はNGか。
この世界でもその常識が通用するのかは知らんけど。
俺はシャーロットをベンチに座らせる。
俺もその隣に腰をかける……なんてことはもちろんなくシャーロットの前に立った。
俺はひとまずシャーロットの発情以外の異変が無いかを調べるべくシャーロットに問いを投げかける。
「体はどこも痛みませんか?」
「平気よ。アンタも見たでしょう?あんなやつの攻撃なんてこの私がくらうわけないもの」
「それは知っています。俺が心配しているのはあの『天ノ鳴神』という大技の反動がないかということですよ」
「心配……?私を……?」
そう呟いてシャーロットは驚いたように少しだけ目を見開く。
そんなに驚くようなことだろうか。
俺は他の人を心配することすらできない人でなしとでも思われていたんだろうか。
そうだとしたらかなり心外なんだが。
『人でなしなのは間違ってないんじゃない?女の子を歪めた変態さん?』
(俺はもうその手のネタには乗らんぞ)
『ちぇっ、つまんないの』
俺は聞き流しスキルをゲットしたのでラナの茶々を華麗に聞き流す。
段々ラナと一緒にいるのが当たり前になってきたし慣れるのが少し遅かったくらいだ。
「そんなに驚くようなことですか?」
「驚く……そうね。少し意外だったわ」
「意外?」
「ええ。昔から私を心配する人間なんて一人もいなかったもの」
そう言われて俺はハッとする。
別にシャーロットが誰からも愛されていないから心配されているんじゃない。
彼女は幼い頃から聡明で、天才で自分が周りに何を求められているか理解してそれを尽く実現できてしまう。
だからこそ周りは心配ではなく尊敬や、畏怖、期待といった感情を向けられてばかりなのだろう。
別に心配される=愛されていて幸せ、というわけではないがなんだか今は少しシャーロットが不憫に思えてきた。
「少なくとも俺は心配ですよ。先程の貴女は放っておいたらどこかに消えてしまいそうな危うさがあったんですから」
「……ふふ、そういうことにしておいてあげるわ」
そう言ってシャーロットは楽しそうに笑う。
なぜ笑ってるのかはわからないが少なくとも体調が悪いわけではなさそうで一安心だ。
「本当にどこか異変は隠してませんね?そんなことをしても何も良いことはありませんから」
「隠してないわ。意地を張ってそんな非合理なことをする必要が無いもの」
まあシャーロットならそう考える……か?
逆に痩せ我慢をしそうな性格な気もするけど……
まあまさか触診するわけにもいかないし確かめる方法が無いので本人が大丈夫と言うのだから信じるしか無い。
「まあ無理はせずしばらくの間は安静にしておいたほうがいいかもしれませんね」
「嫌よ。つまんないじゃない。それに私を満足させてくれるって約束したでしょう?」
「駄目。安静にしてください」
「……はぁ、わかったわよ」
俺が少しだけ口調を強めていうとシャーロットは観念した表情で頷く。
ちゃんと聞いてくれてよかった。
「ただし、ちゃんと約束は守りなさいよ?」
「………まあ、はい」
「はぁ、はぁ……お預けはイヤだけど放置プレイだと思えば……はぁ、はぁ……♡」
こいつ無敵か?
そして正気か?
まあでも安静にすると言質はとったので後はリサに監視と経過観察を頼むしか──
「……そういえばリサ様は?」
「あ、忘れてたわ。まあ死にはしないし苦しくもないはずだから大丈夫よ」
「…………」
本当に大丈夫かよ、と思ったのは内緒である。
正直今リサがどんな状況になってるのかわからないし想像もしたくないがまさか放置して帰れば欲求不満のシャーロットがいつ暴走してもおかしくない。
俺は行きたくない気持ちをなんとか堪え、シャーロットと共に部屋に向かって歩き出すのだった──