第48話 モブ、奔走する
シャーロットの部屋を飛び出した俺は煙が立っている場所へ全力で駆ける。
既に騒ぎになっているらしく野次馬目当てで生徒が集まっていたり逆に俺とは逆方向に逃げていく生徒とすれ違ったりした。
(一体何が起こっている……!こんな時期に学園で騒動なんて話はなかったのに……!)
完全に想定外の事態に焦りが生まれる。
集まっていた野次馬たちをかきわけて前へ出ると俺は言葉を失った。
(おいおい……!あれは……!?)
俺の目に飛び込んできたのは凄まじいほどの魔力を纏った牛のような角を持った人型の怪物とそれを取り囲む教師陣の姿だった。
その教師陣の先頭にはAクラス担任であり攻略対象でもあるブラッド=ベイカー。
ゲーム内最強クラスの力を持っているキャラクターではあるが目の前のこの怪物は人間の手に負える範疇をとっくに越えている気がした。
(しかもコイツは……)
更に俺にはこの牛のような異形の怪物を知っている。
もちろんその知っている理由はゲーム由来のものだが、ゲームで知っている姿形をしっているキャラ、という時点でモブである俺が敵うはずもないのに流石にこんなビッグネームが目の前に現れると思っていおらず冷や汗が流れる。
『マスター……?眼の前のこのバケモノを知ってるの……?』
ラナが怯えたように俺に問いかける。
ギルバートはまだしもシャーロットとの戦いで一切怯みすらしなかったラナがこんなにも怯えるということは目の前のこの怪物と自分たちの実力の差を正しく理解しているのだ。
(ああ……コイツは今……こんなところに現れちゃいけない存在だ……)
『フハハハ……久しぶりに人間界に来れたと思ったら随分と腑抜けになったようだなぁ……!こんなにも容易くたどり着けるとは思わなかったぞ……!』
ただ喋るだけでビリビリと腹にくるほどの声量。
そこに立っているだけで俺達にプレッシャーを与えている。
野次馬するために集まっていたんじゃない……逃げられなかったからこんなに集まっていたのか……
『我が名は魔軍神バルドス!早く光の巫女を出せよぉ……!さっさとしなけりゃここらの人間全員消し飛ばすぞ!』
魔軍神バルドス。
ゲームの中でも最終盤で戦う強敵。
なんならラストダンジョンで初めて相まみえるクラスのバケモノでありどう考えても自分から学園に来ていい存在ではない。
(は、はは……光の巫女を消しにきた……?一体何がどうなってるんだよ!)
ここでジェシカが殺されたらストーリーは破壊できるだろうが同じように人類も終わりだ。
光の巫女以外に倒せないという設定は無かったがシンプルにゲームでは主人公たち以外にまともに戦えるやつがいなかった。
ゲームが現実になったとはいえ他に倒せるやつがいると期待するほうが間違ってるだろう。
(ラナ……こいつ倒せると思うか……?)
『倒……!?む、無理だよ!こんなの人間の手に負える存在じゃないよ!』
(はは……じゃあ神様にでも縋れと?)
『それは……』
ラナも詳しい事情を知らないながらも理解しているのだろう。
今この段階でジェシカを殺されてはまずいと。
(正直あいつを助けるのは釈然としないが俺一人の私情で家族の命は懸けられない…
…)
『はぁ……時間切れか……仕方ない。全員……殺す』
その瞬間、バルドスの姿が消える。
俺は急いで霊剣化したラナを握り、必死に目で追う。
めちゃくちゃ速いが目に見えないほどではない。
「教え子に……ジェシカに手を出させるわけにはいかないな」
ブラッドはめちゃくちゃ長い日本刀のような長刀を抜き放つ。
ゲームでは頼りになる存在だったが今はどれくらい戦えるかわからない。
俺はブラッドの動きに注力しつつ走り出す。
俺がすべきはブラッドの助太刀ではなくジェシカを探して守りに行くこと。
一緒に戦って連携する訓練なんて一切してないんだから俺が参戦するだけ邪魔になるだけだ。
だったら俺は最初からジェシカに向かったほうがいい。
(ラナ!)
『了解!』
何も言わずとも言わんとすることを察してラナは氷の力で足場を作ってくれる。
下からせり上がってきた氷の山の頂上に立ち学園全体を見渡す。
そして少し離れた場所に俺が求めているものはあった。
(ピンク頭発見!隣りにいる金色の奴はアレック王子か……って俺もシャーロットの口調が伝染ってんな)
俺は思わず苦笑してラナが作り出した氷塊から飛び降りる。
そして先程確認したジェシカの方向に向かって走りだした。
全力で走れば息切れの一つもしそうなものだがステータスで底上げした今の俺の体は全力疾走くらいでは疲れはしない。
あっという間にジェシカの姿が見えてきた。
(よし……!襲われてないな──!?)
俺が安心した次の瞬間だった。
ジェシカの後ろに突然どす黒い魔法陣が現れる。
ゲームのサイズ的に詳しい模様までは確認できていなかったが間違いなくあれは魔族だけが使う移動用時空魔法陣。
となれば……
(くっそ間に合え!)
最後のひと伸び。
全力で加速した自分の足を褒めてやりたい。
甲高い金属音を響かせ俺は敵の攻撃を受け止めていた。
『へぇ……まさかワタクシの攻撃を防ぐなんて思いませんでしたよ』
「なっ……平民!?それにコイツは……!?」
「な、何この魔力……」
突然現れた先程とは違う異形のバケモノにアレック王子とジェシカは怯える。
助けてやるのは本当に釈然としない。
だからこの戦いに生き残ったら俺……お前らに復讐を始めるんだ──
(って死亡フラグみたいだな)
『……死亡フラグって何?っていうか目の前の敵に集中して!こいつもかなりやばいよ!』
先程のバルドスほどでは無いが俺の五感も警鐘を鳴らしている。
明らかに俺より格上。
そしてこいつもちらほらストーリーの途中で出てくるものの魔軍神バルドスと同じようにラストダンジョンで本格的に戦うボスの一人だった。
『ンンン〜!ワタクシの名前はゲルナ。以後お見知りおきを……する必要はありませんよぅ?ここで残らず殺して差し上げますからね』
ゲルナはやや大仰に礼をしてくる。
顔が気味悪いのはもちろんとしてただ対面しているだけで不快感が込み上げてくるのはこいつらの素性故だろうか。
『それでは……殲滅開始と──!?』
いきなり襲いかかってくるのか、と俺が身構えた瞬間、ゲルナの体が吹き飛ばされ、壁に土煙が舞う。
……え?叩きつけられた?
砂煙が舞い、視界が悪くなっても警戒を緩めない。
十数秒ほどしてようやく視界が良くなってきた頃、俺はそこに立っている人物に気づき驚きのあまり目を見開いた。
「な、なんでここに……?」
その人物は俺を見て不敵に笑う。
艶やかな長い黒髪を揺らしながら。
「なんでって……こんなに楽しそうなことやってるんだもの。私も参加するしか無いでしょ?」
そこにいたのはなんと……拘束して放置してきたはずの変態猫だった──