第44話 モブ、交渉する
「中々面白い提案をするじゃない。本当にアンタは面白いわね」
そう言ってシャーロットは心から楽しそうに笑った。
やはりシャーロットならば食いついてくると思った。
こういう話は一番シャーロットが食いつく話題だと思っていたが予想通りだったな。
「ありがとうございます。褒め言葉として受け取っておきます」
「ええ、中々いい男よ。少なくとも私の婚約者よりは器があるわ」
「あ〜……まぁ、そのことにはノーコメントで」
あの王子より器があるって言われても絶妙に嬉しくない。
それにそんな言葉を投げかけられたって俺に肯定できるわけがない。
不敬にも程がある。
まあつい30秒前に国をひっくり返そうと提案した俺が言うことじゃないかもしれないが。
「ふふっ、国は壊そうとしてるのにそういうとこは慎重なのね」
「気分の問題なので」
「そういうものかしらね」
シャーロットはおかしそうに笑う。
後ろのリサも微妙な表情を浮かべている。
なんでだよ、別にいいじゃないか。
「それじゃあ計画の説明はまた後日にゆっくりとでいいですか?」
「ダメよ」
「ではそういうことで……え?」
ダメ?
なぜ?
「ダメなんですか?」
「そう。ダメよ」
どうやら俺の聞き間違いじゃなかったらしい。
なんでダメなんだ?
あんなに楽しそうで滾った表情を浮かべてたのにここまで来て断るなんてことある?俺は少し考え込みやがて一つの仮定にたどり着いた。
これならシャーロットがやりたいと思っていても
「もしかして……マクスウェル家を想ってのことですか?」
マクスウェル家は原作では黒魔術に手を染めて主人公たちに討伐されたとあるが、主人公たちは証拠が出てきたと王に伝えられ戦っただけなので今となったらその真偽は定かではない。
もしかしたら国に対して絶対の忠誠を捧げる忠臣かもしれない。
もしそうだとしたら、俺のこの提案は絶対に呑んではいけないものだ。
「そう」
「そうでしたか……なるほど」
「……じゃないわ」
「え?」
違うの?
マクスウェル家が理由だとしたら納得だしあまりにも絶体絶命すぎるからどうやってシャーロットとリサの口封じをしようか考えていたけど違うんですか?
「だったらなぜなんですか?」
「そうね……一言で言うなら物足りない、かしら」
「物足りない?」
国盗りで物足りないなんて言えるのは後にも先にも彼女だけだと思う。
国盗りでさえ手に負えない可能性もあるってのに。
「じゃあ何があれば協力してくれるんです?」
「あら、叶えてくれるの?」
「聞いてから決めます国盗りの件は俺から切り出したんですからそれくらい良いでしょう?」
「別に隠したいわけでもないからいいわよ」
そう言ってシャーロットは不敵に笑う。
その笑みに言葉にしようのないほどの不安を覚えたのは俺だけだろうか。
「……では、足りないものはとは一体何なんですか?」
「私は協力する見返りがほしいのよ」
「見返り?ですが俺は平民ですし、金とか払える額にも限度がありますけど?」
「ふざけないで。私は金で買えるような安い女じゃないの。そんなものは必要ないわ」
かっこよ……
俺もいつか言ってみたいセリフだな。
自分は金で買えるような人間じゃない、ってね。
「金で買えないなら何でなら買えますか?余計不安になってきましたけど」
「心配する必要はないわ。私が欲しいものはアンタがいないとダメだから」
お、おいおいそれって……!?
自分でも顔から血の気が引いていくのがわかる。
シャーロットの後ろに立つリサもシャーロットが何を言おうとしているのか察したのか焦ったような表情を浮かべている。
「私の条件は2つよ。アンタが私……シャーロット=マクスウェルをペットにすること。そして私を満足させること。それさえ守ってくれるなら私はアンタに協力してもいいわ」
嫌な予感が的中し俺はめまいがする。
どこの世界に自分をペットにしなければ協力してやらないぞというカードを交渉の場で切ってくるド変態がいるというのだ。
俺が思わず頭を抱えているとリサはシャーロットに詰め寄っていた。
「シャーロットお嬢様!こんなド変態男のペットになるなど言語道断です!どうかご再考ください!」
「ちょっと待て!俺の名誉のために言わせてもらうが俺は断じてド変態じゃない!どう考えても問題があるのは本人だろうが!」
「うるさいです!大体シャーロットお嬢様の様子が変わってしまったのもあのときから……全て貴方が悪いんです!」
リサの暴論に俺は思わず言い返す。
そもそもどれだけ俺がシャーロットに猫耳を強要したとしてもシャーロット自身に秘めたる変態性がなければここまで来れるはずがない。
故にこうなった原因の八割はシャーロットにあると俺は考えている。
「落ち着きなさい、リサ。私は別に大したことは言ってないわ」
「言ってますよ!?マクスウェル家の長女たるお嬢様が平民の男のペットになるなど……それにお嬢様はアレック王子殿下の婚約者です。勝手に動かれたら大旦那様がお怒りになるのでは……!?」
「別に父上なんて適当に怒らせとけばいいのよ。私は十分にマクスウェル家に貢献してきたしこれくらいの反抗なら可愛いものよ」
可愛い?
こんな性癖丸出しの要求しといて?
まあ可愛いと変態が両立できないとは思わないが流石にシャーロットが言っていることには無理があるだろう。
「とにかく、この条件が呑めないなら私はアンタの計画に協力するつもりはないしクリミナル王国公爵家の人間としてアンタを拘束するわ。さあ、自分で結末は選びなさい」
そう言ってシャーロットは室内にも関わらず霊剣化したギルバートを抜き放つ。
向けられた剣先には先程の言葉が嘘ではないと証明するかのように殺気と闘気がこもっている。
(やれやれ……これは俺の負けだな。完全に一杯食わされた)
俺は黙って小さく両手を上げる。
こんな場所でシャーロットと戦っても無益だし、仮に勝てたとしても俺は王国のお尋ね者だ。
逃亡生活が始まったとしてもハラルアを守ったりストーリーを壊すことは諦めるはずもないが難易度は桁違いに上がる。
それだったら素直にここはシャーロットの言うことを聞いておいたほうがいい。
「わかりました、条件を呑みましょう。ただしちゃんと協力してくださいよ?」
「私はアンタを騙すほど小さい人間じゃないわ。欲しいものがあったら自分の力で手に入れる。こうして交渉させてあげてるのは私に2度も勝ったから特別に許してやってるだけよ」
相変わらず不遜な言葉。
だがその言葉は今何よりも信頼のおける言葉となって返ってくる。
彼女なら自分の誇りを穢してまで俺を騙すことはないだろう。
「ええ、わかっていますよ。ありがとうございます」
「話が早いわね。それじゃあ早速頼むわよ?」
「頼む?」
まだ何か話すことがあっただろうかと俺は少し頭を悩ませる。
するとシャーロットは頬を染め、息を荒げて自分の首についている首輪をその細く綺麗な指で指し示した。
……焦らしプレイだなんだの言ってたの忘れてた──