第39話 モブ、さらなる変態に頭を痛める
目を覚ますとそこはまだ戦ったシャーロットたちと戦った場所だった。
気を失ったせいで時間の感覚がおかしくなっている。
『マスター大丈夫!?気を失ってたよ!?』
(ああ……大丈夫だ……それより俺はどれくらい気を失っていた?)
『10秒くらい……でも早く医者に診てもらわなくちゃ……!』
(まだ大丈夫だ。それにきっと直にタンカとかが来るさ)
正直自分で歩いていける気がしない。
俺は倒れた状態から起き上がって座り込むと見えないはずの尻尾をブンブンと振っているシャーロットの姿が目の前にあった。
シャーロットの息は荒くなり、頬は上気し、心なしか目にハートマークまで浮かんでいる気がする。
少なくとも年頃の女子が公衆の面前でしていい表情ではないことだけは確かだ。
なんとかフォローしようとリサを探して辺りを見渡すが焦っているせいか全然見当たらない。
「はぁ……はぁ……なんで私を見てくれないのよ……もっと欲望に満ちた目で私を見なさいよ……はぁ、はぁ……」
いや、シャーロットよ。
お前は本当にそれで良いのか?
なんなら下心丸出しな視線を向けたら目潰しどころか指が頭蓋骨を貫通して即死しそうなレベルの人間だろうがお前は。
というかここまで変態だとどれだけ変態だろうが流石に劣情よりドン引きのほうが真っ先に来る。
こういう変態者はリアルじゃなくて創作物とかだから面白いんだと俺は身を持って痛感した。
『自分でシャーロットちゃんをこんなに歪めたのに?男って本当に無責任な生き物なんだね』
(人聞きの悪いことを言うな。俺はプライドを折ることで挫折は教えたがそれを快感にしろだなんて言った覚えは無いぞ)
『でもマスターが原因なのは間違いないでしょ?』
(いやそれは……そうなのか……?)
なまじ、シャーロットの様子がおかしくなり始めたのが『シャーロット愛猫化羞恥事件』の後からだから強く反論しづらい。
というかこんな抽象的なことに対してやってないことの証明ってほぼ不可能じゃないか?
もしかしたら俺のせいじゃないかもしれないのにそうじゃないと言える証拠なんて手に入れられるはずがない。
『……まあとにかくシャーロットちゃんをなんとかしてあげたら?娘さんが男の人の前でこんな顔をしてるだなんて知ったら親御さんが泣いちゃうよ?』
あまりにラナが不憫そうな声で訴えかけてくるので俺も泣きたくなってくる。
そもそも公爵令嬢を平民がフォローしても何一つとしてプラス要素にならない。
だからできるだけ自然な流れでシャーロットをこの場から連れ出さなければならない。
「あのー……マクスウェル様?取り敢えず学園に戻りませんか?」
「はぁ、はぁ……何言ってるのよ……こうやってたくさんの人が見てるからキモチイイんじゃない」
あ、ダメだ。
これは完全にダメなやつだ。
完全に年齢制限R18つくやつだ。
このド変態が全年齢対象の乙女ゲーに悪役令嬢として出演していたことが信じられない。
もはやエロゲー出身ですとか言われたほうが説得力がある。
(……ラナ、ギルバートと話はできるか?)
『ええ〜!?嫌だ!絶対にあの人とは話したくない!』
(頼む。もはや俺にはこのド変態は手に負えない)
『やだやだやだ!怖いもん!何されるかわかんないもん!私絶対殺されちゃうもん!』
どんだけギルバートを苦手にしてるんだよ。
確かに見た目は厳ついジジイだし性格も戦闘狂いで自分より下のやつは徹底的に見下して弱いやつが大嫌い……いや、割とこういう奴か。
まあラナも戦闘狂いだから割りかし似た者同士な気もするけどな。
(シャーロットを気遣う発言したのはお前だろう。それにマスターの責任は精霊の責任でもある。シャーロット愛猫化羞恥事件を止めなかったお前にも非がある)
『こんなにひっどい責任転嫁聞いたことないんですけど!?それに事件のネーミングセンスがダサい!』
ラナこそ酷い言い草だ。
事件名なんて伝わればなんでもいいんだよ。
『はぁ……わかったよ。話しかけてみればいいんでしょ?』
(流石話がわかるな。俺はお前のような素晴らしい精霊と契約することができて幸せだよ)
『はいはい。そんな上っ面だけの薄っぺらい言葉なんて求めてないから』
ラナは俺の言葉をバッサリ切り捨てると何やらボソボソと話しているのが聞こえてくる。
おそらくギルバートと連絡を取っているのだろう。
仕事が早くて助かる。
『マスター、ギルバートさんと連絡が取れたよ』
(おおっ!それでシャーロットをなんとかしてほしいって伝えてくれたか!?)
『それが……「今の主人殿は痛々しすぎてこちらが不愉快になってくるゆえ見たくない。流石の我でもこの変態は手に負えないな。そちらで勝手になんとかせよ」だってさ』
(はぁ!?)
いやお前自称最強の精霊だろ!?
悪役令嬢にとって最高の相棒だろ!?
ならなんとかしてくれよ!?
『……ダメっぽい。どれだけ呼びかけても返事がなくなっちゃった』
(ま、まじか……)
もはやこれで頼れる人物はいなくなった。
俺がシャーロットの名誉というか人間としての尊厳を守るために頑張るしか無い。
シャーロットのド変態過ぎる本性が実家にバレて勘当とかになったらマジで笑えない。
そういうことも全然有り得てしまうのがマクスウェル公爵家なのだから。
「マクスウェル様。ひとまずリサ様を探しましょう。一旦心を落ち着けてお茶でも飲むのがよろしいかと。まず間違いなく今のお姿を皆様に見せたら後悔することになります」
「ならないわよ。だって考えるだけで……♡♡♡」
コイツ言葉通じねえわ。
もう何を言っても無駄な気がする。
かと言って抱えて移動するのは俺がマクスウェル家に消されかねないし……
やっぱりリサを探して控室に連れて行ってもらうしか──
「待ち、なさいよ……」
「……」
俺が悩んでいると横から声をかけられる。
そこには自分の傷を光の魔力で癒やしながらヨロヨロと立つジェシカの姿があった。
その足取りに安定性というものはなくどう考えてももう戦える状態じゃなかった。
「……いくら光の魔力で回復ができると言えど今立ち上がって戦うのはおすすめしませんよ。万全の状態で数的有利でも俺に勝てなかったんですから」
「……っ!言ってくれる……!私は……私はまだ……!」
(はぁ……ラナ、まだ行けるか?)
『もっちろん!』
俺は向かってくるジェシカに対し霊剣化したラナを構える。
やはりここらで痛い目を見せないといけないようだ。
どう殺さない程度に手加減するかを頭で考えながら剣を振ろうとしたその瞬間。
「邪魔をするな」
心臓が凍りついたかと錯覚するほどの冷たい声。
ゾワリと走る悪寒は五感以外の何か──俺の戦士としての本能のような者がこれはまずいと全身に訴えかけてきていた。
目の前のジェシカも感じ取ったようで青い顔をしながら微かに震えている。
俺達は声の主を静かに見つめる。
「よくも邪魔をしてくれたわね、ピンク頭。ここで死にたいのかしら?」
「……っ!マクスウェル様をご不快にするつもりは毛頭無く……申し訳ありません!」
「未来の光の巫女だかなんだか知らないけどアリシアの友達だろうと私の邪魔をするなら誰であろうと消すわよ。それくらいでマクスウェル家が……私が躊躇するなんて思わないことね」
その瞬間シャーロットの姿が消える。
まずい、と判断し俺は重い体をなんとか動かしてジェシカの前に立つ。
そしてシャーロットの一撃を受け止めた。
「……生徒同士での殺し合いはご法度ですよ……マクスウェル様……」
「……ふん。今回はこの男に免じて許してあげるわ。次は二度とないわよ」
そう言ってシャーロットは身を翻し歩いていく。
そうだ、それでいい。
こいつらへの制裁は俺自ら下す。
勝手に死なれちゃ……こま……る……
そして俺は再び意識を失ったのだった──