第38話 モブ、決着をつける
「やっぱり私の前に立つのはアンタなのね。まあピンク髪に勝たれても面白くないしこれでいいんだけれどね」
「光栄なことではありますが俺には過分な評価ですよ」
「あら、そんなことはないと思うわよ。少なくとも私と全力でやりあえるのはアンタだけだもの」
俺だって全力でやり合わないでほしい。
普通にシャーロットの全力の一撃をもらったら余裕で天国までの特急列車がお迎えに来る。
死んだと理解する前に一瞬でお陀仏だ。
「本気でやり合うのはあの時ぶりね。もう一度アンタと戦う機会ができて嬉しいわ」
「はぁ……本当はこんなことになる予定じゃなかったんですけどね」
俺は一つため息をついて剣を構える。
その瞬間、剣から力が流れ込んできた。
ギルバートに苦手意識を持っているラナだがいざ戦うとなれば本気で相手を倒しに行く。
それが狂戦士ラナだ。
「最初からフルスロットルで行くわよ、ギルバート。本気をひねり出しなさい」
『誰にものを言っている。我は最強無比の精霊ギルバートぞ。我の主人ならば同じ相手に2度も負けるなどと醜態を晒してくれるなよ』
「ふふっ、そうこなくちゃ。全力を出すなんて普段は疲れるだけで嫌だけど今は全力じゃないと意味がないもの」
そう言ってシャーロットは無邪気な笑みを浮かべる。
悪役令嬢に似つかぬ可愛らしい少し幼さを感じる笑顔に毒気を抜かれたその一瞬、俺の背筋に冷たいものが走る。
すでにシャーロットは剣を構え、少し腰を落とした低い体勢でこちらを見据えている。
(……っ!まずい!ラナ!来るぞ!)
『え──』
その瞬間、黒い稲妻が横を通り過ぎる。
体のあちこちから血が流れとてつもない痺れに思わず膝をつく。
「『黒迅雷』……やっぱり、流石ね」
「くはっ……!」
めちゃくちゃ痛いし、まだ体が痺れている。
静電気でパチってなって痛っ!ってなる何百倍も痛い。
しかも異様に速くてギリギリ反応するのが精一杯だった。
「初見で防ぐなんてやっぱりアンタは面白いわ。傷を負ったとは言え重傷は全部防ぐなんてね」
「本当に紙一重でした。まさかあんな技を隠し持っていたとは……」
今の技はゲーム中のシャーロットは使ってこなかった技だ。
ステータスを上げずにゲーム知識だけで勝負していたらさっきの『黒迅雷』とか言う技をかすった瞬間、ジ・エンド。
速さも威力も学生が放って良いレベルではなくこの短期間でこんな技を習得している現実が信じられずいっそのこと夢であったほうが嬉しかった。
(さて……強敵が更に強くなって帰ってきたわけだがこりゃあ一人の戦士としての完成度がめちゃくちゃ上がってるな)
『楽しみだね、マスター』
(どこが楽しいのかは全く分からんが一応聞いておこう。何が楽しいんだ?)
『そんなの決まってるじゃん。敵は強い方が倒したときの快感もすごいでしょ?今のシャーロットちゃんはきっと今までで一番だよ』
つまり今目の前に立っているシャーロットこそ2回目の人生15年間で最強の相手だと言うこと。
まだまだ余力を残しているみたいだし本当にとんでもない怪物だ。
『でも、そういうマスターこそ楽しそうじゃん』
(楽しい?俺が?)
『口、自分で確認しなよ』
ラナにそう言われ俺は左手で自分の口元を触る。
すると自分の口角が上がっていることに気づいた。
意識して口を結んでもやはり自然と口角が上がってしまう。
(なるほど……俺は楽しんでいたのか)
『そうだと思うよ。まっ、私はいつまでだって付き合うからさ。好きなだけ自由に思いっきり戦いなよ』
本当にラナはできた精霊だ。
おそらく自分が戦闘狂なのが理由の大半を占めているんだろうけどこういうときのラナは躊躇なく俺の背中を押してくれる。
「この状況でも笑うなんてね。アンタはどれくらい力を隠しているのかしら」
「隠す?俺にそんな余裕はありませんよ。俺はいつだって全力ですよ」
「ならその笑みはどう受け取ればいいのかしら?」
「戦いが楽しくて笑ってるんですよ」
「ふふ、そう。まあ──勝つのは私だけどね」
再びシャーロットの姿が消える。
動体視力は明記されていないが速さのステータス値に依存する。
おそらく自分が速く動けば動くほどそれに適応するように動体視力も上がっていくのだろう。
だがおそらくシャーロットよりもかなり速さのステータス値が高い俺ですらもギリギリ視認できるかどうかといったほどの速さだ。
シャーロットの場合は生まれ持った動体視力と雷の力のブーストで超高速の攻撃を実現しているのだろう。
(かといって簡単にやられるつもりはないけどな……)
神経を研ぎ澄ませ、全方面に注意を向ける。
ラナは剣に力を貯め始め剣身の周りに小さな氷の粒が浮いている。
「ここか」
俺は後ろに振り向き剣を振る。
カキン、と少し甲高い金属音が鳴り響くが捉えきれていない。
だが少しでも触れれば世界が変わる。
成功体験という一つのピースは俺をまた一つ高みへ押し上げた。
「遅い」
「果たして本当にそうですかね?」
「っ!?」
再び俺の背中に現れたシャーロットの斬撃をノールックで防ぐ。
その瞬間、地面から氷の刃が何本も現れシャーロットに襲いかかった。
シャーロットは剣で氷の刃を全て断ち切り傷一つ負わせられなかったが明確に黒迅雷を攻略した瞬間だった。
「まさか2回目からもう見切られるとは思わなかったわ……」
「ゲーマーからすれば相手の行動パターンを覚えるのはお茶の子さいさいですよ」
「げーまー?はよくわからないけど本当に信じがたいわ」
シャーロットの戦闘中の癖はすでに一回目の戦いである程度把握している。
1度目の戦いから学ぶのはシャーロットだけではないのだ。
俺達も同じように天才ではない凡人なりにたゆまず鍛錬を積んできたのだから。
(ラナ、行くぞ)
『はーい』
ラナの剣を横薙ぎに振ると空気が冷える。
そして剣身が凍りつき始め俺の右腕までも凍り始めた。
「っ!アンタまさか……!」
「この一撃で終わらせるっていう決意と覚悟ですよ。貴女さまなら受け止めてくれるでしょう?」
「……ふふ、もちろんよ。これで負けたらアンタは私よりも強いと認めざるを得ないわね」
そう言ってシャーロットの剣も再びバチバチと黒雷をまとい始める。
その構えは一回目の戦いで最後に選択した技と同じ技『黒雷斬』と同じ構えだった。
「いきますよ」
「好きなタイミングでかかってきなさい」
俺達はほぼ同時に地を蹴る。
そして全力の一撃同士がぶつかり合う。
『氷王の一閃』
そう名付けた俺達の技は全てを凍てつかせ破壊する。
自らの腕すらも凍てつかせてしまうほどの吹雪で敵を屠る。
その名の通り俺達の一撃はシャーロットの魔力すらも凍らせて断ち切った。
「そん……な……」
シャーロットが膝を着く。
しかしこちらの方も無事ではなく右肩に大きな負傷を負い止まる素振りすら無くドクドクと血が流れていた。
「私の……負けね」
これでようやく認められたのだと俺は右肩の痛みを堪えながら息をつく。
ここまで本当に長かった。
だがシャーロットは自らの意志で負けを認め俺のほうが強かったと認識してくれたのだ。
あとはもう仲間に加わるよう説得するだけ──
「はぁ、はぁ……負けた私はどうなってしまうのかしら……惨めに全校生徒にさらされたりしてしまうのかしら……はぁ、はぁ……」
……一度は乗り越えたかと思ったんだけどな。
やっぱりダメだったか。
『自分で躾け直すとかさっき言ってなかったっけ?』
俺はラナの少し呆れたようなツッコミに言葉を失った。
そしてそれと同時に目の前が真っ暗になり身体から力が抜けていくのだった──




