第35話 モブ、感動する
「待ちなさい」
この場を制しているのはたった一人。
誰よりも美しい黒髪を持った絶世の美少女シャーロット=マクスウェルその人である。
堂々と立つその姿はまさに未来の強敵そのものである。
「し、シャーロット……これより王子殿下方の神聖なる戦いが始まるのだぞ……!水を差すなど……!」
「五月蝿い。私に意見するな」
抗議に立ち上がった先生をシャーロットは一睨みとほんの少しの言葉だけで完全に押さえ込む。
これぞ悪役令嬢といった威風堂々な姿に俺は震える。
これこそがゲーム原作から変わらぬ理想の悪役令嬢だ。
「……シャーロット。何の用だ?王子殿下をこうして待たせること、どれほどの重罪か理解しての先ほどの発言だろうな?」
「なら先程私の邪魔をした先生も不敬罪で処刑してくださる?私を煩わせた罪は重いわよ?」
「王子殿下と貴様を一緒にするな。不敬にもほどがある」
「ふふっ、先生も大変よね。たった平民一人に5人がかりじゃないと吠えられない仔犬のお守りなんて」
その発言は俺の目の前に立つ王子だけでなく、他の攻略対象たちにもクリティカルヒットしていた。
王子なんて薄っすらと青筋を立てている。
「黙って聞いていれば随分と好き放題言ってくれるな、シャーロット……お前は私の婚約者だろう。女ならばもう少し従順に男を立てたほうがいいぞ」
「あら、私より弱い殿方を立てるほどできた令嬢ではないので。もし私にそういったことを求めるんでしたら私より強くなってもらえます?」
「良いだろう……すぐにでも戦って私が貴様よりも強いということを証明してやろう」
こうして二人のぶつかりをただ見ているだけならばいいが将来の王がこんなにも煽り耐性が低いのもどうなんだろうか。
というか今から貴方が戦う相手は俺ですけど?
「ふふっ、本当に愚かなお方。ですがまあ言質は取りました」
シャーロットはニコッと笑うとスタスタと俺達の元へ歩いてくる。
まるで綺麗な花が咲き誇る庭を優雅に歩くかのように戦場に舞い降りる。
「お、おい!何をするんだシャーロット!」
「何って……これは模擬戦闘なのでしょう?だったら私が参戦してもいいじゃない」
「だが……」
「王子殿下は先程《《戦う》》と仰った。何か問題でも?」
「いや、それは……」
もはやこの場は完全にシャーロットの独壇場だった。
誰にも有無を言わせず自分の意思を通すその姿はまさに支配者そのもの。
誰よりも王者であった。
「決まりね。というわけで……私もその戦いに参加させてもらうわ」
し……愛猫ぉぉぉぉぉ!!!!
信じてた!
猫ちゃんプレイのためなら平民だろうと助けに来るお前の群を抜いた変態性を俺は信じていたよ!
ペットとして飼い主を助けに来るなんてテレビに出れるくらい感動話だ!
「マクスウェル様……加勢しにに来てくださったんですか?」
「は?違うけど?」
「ぇ゙?」
感動に打ち震えていた俺の心が一気に現実に引き戻され、思わず変な声が出てしまう。
今なんて言った?
違う?なんで?
「なんで私がアンタなんかを助けないといけないわけ?」
「ぇ……」
『あははは!マスター見捨てられてるじゃん!かわいそうに』
(ギルバートも敵に回ることになるが大丈夫か?)
『マスター、今すぐ土下座でもなんでもしてシャーロットちゃんに仲間になってもらおう』
(おいおい、契約者が舐められるのは精霊的にNGなんじゃなかったのか?)
『……致し方なし』
致し方なしじゃねぇよ!
お前精霊は自分の契約者が馬鹿にされるのは絶対に許せないってつい最近言ってたじゃねえか!
自分がギルバートと戦いたくないからって何ご主人様を売ってるんだ!
「私はアンタと戦いたいの。私と互角に戦える相手はアンタだけだもの」
勝ったのは俺ですけどね、とは死んでも言えない。
前回勝ったのは俺とはいえ、勝敗は最後まで誰にもわからないし実力もほぼ同じ。
そんな軽口を叩けるほど俺にも余裕は無かった。
「王子殿下たちのチームに入るのですか?先ほど相当な仲の悪さを露呈してしましたが」
「別に仲を取り繕うつもりもないし、私一人すら御せない器の小さい男に興味は無いもの。私の夫になるならば世界統一するくらいの大器を持っていなければ嫌よ」
「は、はは……」
ありえないほどの不遜な言葉に俺は乾いた笑いを浮かべることしかできない。
この人に怖いものなんてないんだろうか。
……ないんだろうな。
多分シャーロットの実力は王国騎士の精鋭が相手だとしても今の段階で勝ててしまう可能性がある。
俺が種ドーピングという半分脱法めいたことをしてるからなんとか追いつけているだけでシャーロットは己の才能と努力のみでこれほどの実力を身に着けているんだからな。
「それに私は王子殿下のチームに入るつもりはないわ」
「え?そうなんですか?」
「ええ。あんな烏合の衆は私の足を引っ張るくらいしかできないでしょうし、水を差されたくないもの。となれば方法は一つよ」
「《《三つ巴》》……ですか」
「その通りよ」
学生の模擬戦闘で、しかも1年のうちから三つ巴なんて正気の沙汰じゃない。
三つ巴は一対一とは違い相当な神経を使う。
こんな入学したばかりの学生が三つ巴で戦ったらチームなんてバラバラになって混沌になるに決まっている。
いや……
「それが目的ですか」
「雑魚に使う時間があるほど私は優しくないし暇じゃないの。訓練にすらならないのだからさっさと消えてもらうのよ」
俺とシャーロットは一人だ。
つまり三つ巴の被害を被るのはジェシカたちのみ。
しかし一対複数を始めたのは向こうだし王子がシャーロットの参戦を許すような発言をしてしまっただけに誰も三つ巴を止められない。
今更王子が撤回すればそれは醜聞以外の何物でもないのである。
「ま、マクスウェル様……本当に参戦なさるのですか?」
俺が思わず唸っていると後ろから声が聞こえてくる。
振り返るとそこにはアリシア=ハミルトンが立っていた。
「ええ。アリシア、貴女も参加する?」
「えっ!?わ、私ですか?」
「今なら私に刃を向けるのも私と同じチームになってピン……じゃなくてジェシカと王子殿下に合法的に剣を向けていいのよ」
どんな誘い文句だそれは……
というかまたピンク頭っていいかけたな?
しかもジェシカの友達に対してジェシカに剣を向けてもいいって何一つとして勧誘になってないぞ?
「……そうですね。光栄なお誘いですが私は遠慮させていただきます」
「そう?」
「はい。戦いはあまり好きではありませんしあまり得意でもありませんから。あくまで《《模擬戦闘》》ですものね」
そう言ってアリシアはニッコリと笑う。
模擬戦闘を強調することで『参加してもしなくてもどっちでもいいよね?』というのを言外に伝えているのである。
相変わらず穏やかな深層の令嬢に見えて案外したたかなんだよな。
そして俺は原作を知っているからこそ彼女が隠している刃を知っている。
弱者と小者が大嫌いなシャーロットが誘うということはシャーロットもおそらく気づいているのだろう。
「じゃあ決まりね」
「はぁ……お手柔らかにお願いしますね」
「何を言ってるわけ?全力でぶつかり合わないと面白くないじゃない」
シャーロットは見る者全てを魅了しそうな笑顔を浮かべるがその笑みにはゾッとするほどの気迫とオーラを孕んでいた──