第34話 モブ、呆れる
そして時は流れ、1週間後。
俺は模擬戦闘を行うために学園が所有している土地の一つ、ヘマレン荒原に来ていた。
俺の目の前には地面の起伏が感じられる広い荒原が広がっていた。
(ここがヘマレン荒原ねぇ……ストーリー上で重要な場所でも無いから来ることは無いと思ってたんだがな……)
まさか主人公に模擬戦闘を挑まれここに来ることになるとは思わなかった。
ヘマレン荒原はフリージア学園が所有しているものの学園からは少し離れたところにあるので学校が休みの日しか来ることができない。
せっかく休みを返上して来たのにまさかこんな荒れた場所で戦わないと行けないとは。
ため息をついて周りを見渡すと、予め告知されていたからか何人もの生徒が来ている。
決闘のときもまあまあな数が集まっていたしフリージア学園の生徒にとってこういう戦いは祭りみたいなものなのかもしれないな。
「ふふ、逃げずに来たのね」
俺が戦場となる場所を見渡していると隣から透き通るような声が聞こえてくる。
声のしたほうを見ると相変わらず憎たらしいほどに顔の整った美少女が笑みを浮かべならがら近づいてきていた。
「はぁ……逃げたらどうせチクるんでしょう?」
「あら、チクるだなんて人聞きが悪い。私はただ《《相談》》させてもらおうか考えただけ」
それを世の人は脅しっていうんだぞ。
シャーロットとの早めの接触はマストだったから後悔はしてないがまさかそれで主人公に目をつけられることになるとは思ってなかった。
『なんかこの子絵に書いたような悪女って感じだね……シメる?』
(シメるな。というかお前普段はツッコミ役なのになんでこういうときは血気盛んなんだよ)
『精霊の価値観からすれば契約者が舐められるのは自分が舐められる以上の屈辱なんだよ?多分私以外の精霊でもこういう反応になると思う』
(ふーん、そういうものなのか)
シャーロットの精霊であるギルバートとかシャーロットが舐められるより自分が舐められる方が許せないタイプだと思うけどな。
いや、そもそも舐められる契約者を許せないタイプか?
『あの精霊は怖いからもう会いたくない……』
(なんで?楽しそうにイチャイチャ鬼ごっこしてたじゃんか)
『なんにも楽しくないしイチャイチャもしてない!そもそも精霊に恋愛感情なんてないんだよ!?それにあれが楽しそうに見えるならマスターは一旦目を義眼に変えなよ!』
(そんなことしたら何にも見えんくなるわ)
人間の情報はほとんどが視覚情報だ。
よくアニメとか漫画とかで隻眼の強キャラとかいるけど全然意味わからん。
見えなかったら空間把握すらおぼつかないのに敵も自分も動きながら戦うって意味がわからん。
「で、ちゃんと今日心を折られる覚悟はしてきた?」
「残念ながら全く。ということで見逃していただきたい」
「それは無理。しっかりと心を折ってあなたにはこの学園を出ていってもらわないとね」
「貴女にそんなことをする権力が?それともまた王子殿下に?」
俺の質問にジェシカは明るいピンク色の髪をなびかせ鼻で笑う。
一々反応が癪に障る女だな。
「王子殿下は忙しいの。まあ私のお願いなら聞いてくれると思うけど私はできる女だから一々そんなことを相談したりしないわ」
どの口が言うんだ。
というか本当に仕事ができる人は自分で仕事ができる!なんて言わないと思うんだが。
やっぱりアレか?馬鹿なのか?この女は。
「さいですか」
「そうよ。今日、あんたが二度と学園に来れないくらいボコボコにして負けを認めて私に謝罪して自主退学するって言ったら許してあげるわ」
「俺は貴女に謝罪をしなければならないほどの失態をした覚えはありませんけどね」
「気に障った。それだけで万死に値するわ」
めちゃくちゃな。
それこそシャーロットが言いそうなセリフだな。
というか今のジェシカはそんなに強いのか?
ゲームと同じくらいの強さだとしたら多分今の俺のステータスだったら片手でひねれるぞ?
「とんだ悪女ですね」
「残念ながらこの国は権力だけが正義なのよ」
ここまで来るといっそ清々しいな。
俺ですらそこまで開き直るのは難しいぞ。
しかもジェシカの場合本人ではなくアリシアやアレック王子の権力にすり寄ってるだけというなんともコメントに困る現状だ。
「ああ、それで一つ言い忘れてた」
「言い忘れてた?」
「ええ、今回の模擬戦はアレック王子殿下、ロブ様、ロリー様、ケネス王子殿下も参戦されるから」
「は?」
今一瞬、俺の耳がおかしくなったのかと思った。
読み上げられた名前は攻略対象たち。
「一対一じゃないんですか?」
「当たり前でしょ。そもそも模擬戦闘は一対一じゃないといけないなんてルールは無いし」
「いや、それはそうですが……」
もちろん相手が多数で来ることを考えなかったわけじゃない。
だがジェシカはあんなに俺の強さを見たいだの、心を折るだの自信満々なことを言っていたから一対一だと思っていたのだ。
しかもこんなに遠慮なく世界の重鎮たちを全員呼んでくるなんて想像できるか?
「私はか弱い女の子だもの。これくらいのハンデはくれるよね?」
(なるほど……もしかしたらこれがゲームのカラクリなのかもしれないな……)
俺は今のジェシカの言葉で一つの仮定にたどり着く。
もちろん何の確証もないし、ただ思いついただけなので本当にそうなのか何の確認もしていない。
仮定は一旦置いておくとして今はこの状況を切り抜けるほうが先だ。
(ゲーム通りの実力なら俺一人でも対処できる……だが俺が全員倒したところで確実に俺は腫れ物扱いになるな……)
この国の重要人物たちや他国の王子が一対複数で俺に挑んてきて返り討ちにあったらメンツを潰されたと俺に怒りの矛先を向けかねない。
俺が勝負を挑まれた側だし、向こうは複数人で襲いかかってくるのだから俺からすれば逆恨みに八つ当たりもいいところだがこれがこの世界の貴族制度だ。
およそ常識など通用しないと思ったほうがいい。
勝っても負けても待っているのは修羅の道。
(はぁ……全くなんでこんなことになるかね……)
俺は怒りを通り越して呆れを浮かべながら、模擬戦闘が始まるそのときまで頭を動かすのであった──
◇◆◇
「ふん、貴様ジェシカに接触するなと何度言えばわかる?」
俺は今、王子にものすごい目で睨まれている。
模擬戦を始めるべく、荒原の中心に立つ俺たちだが先生が始めの合図をかける前に向こうから俺に接触していた。
「彼女が俺に話しかけてきたんですよ?」
「ジェシカが貴様に?そんなことあるはずないだろう」
あー……駄目だこれは。
もう何言っても通じないわ。
恋は盲目ってものすごい格言だなって今更ながら思い始めてきたわ。
「貴様はここで王家の誇りをかけて潰す。覚悟しておけ」
王子はジェシカのような言葉を吐き捨て去っていく。
王家の誇りをこんなことに使うのもどうかも思うが一々ツッコミしていてもしょうがない。
俺は俺ができることを全力でやるしかないんだ。
「これより、ジェシカチームとエドワードの模擬戦闘を開始する」
先生の宣誓が荒原に響き渡る。
もはやその先生の宣誓だけで不公平さがにじみ出てるな。
なんだよチーム対個人って。
俺はため息をつきながらも霊剣化したラナを握る。
「始……」
「待ちなさい」
いよいよ始まるかと思われたその瞬間、何者かが先生の開始の合図に待ったをかける。
その声は高くよく通る声だが何よりも周りが恐怖を感じるような威圧感を纏っていた。
その人物こそ──
(ここで出てくるのか……シャーロット……)