第29話 モブ、警戒する
ひとまず?対立は落ち着き俺の紹介も終わる。
ブラッドに促され俺は自分の席に向かう。
どうやら俺の席は一番後ろらしい。
まあ途中で転入なんだから中途半端な位置に席が余ってるわけ無いから当たり前なんだけど。
『マスター……めちゃくちゃ見られてて居心地悪いんだけど……』
(ははっ、これでも一応転入生だからな。このイケメン顔も相まって視線を集めてしまうというのも当然というもの)
『これ全然人気者に対する視線じゃないよ?むしろ異端者に向ける目って感じ』
(……まあそうだな)
『あとマスターよりも王子のほうがイケメンだと思う』
(その追撃はやめんかい!)
俺だってわかってるわそんなこと!
というかストーリーの攻略対象より名前も無いどころか登場シーンすら存在しないモブがイケメンだったらおかしいだろうが!
いいんだ……俺は中身で勝負するし……
俺がラナと言い争いをしながらトボトボ歩いていると突然左手の中に何かを突っ込まれる。
左側を見るとそこにはシャーロットが行儀よく座っていた。
一瞬でアイコンタクトを交わすとシャーロットはすぐに前を向いてしまった。
俺は自分の席に座ると誰にも見られないよう紙を開く。
(ふーん、なるほどね……)
そこに書かれていた内容は『アンタをAクラスに推薦したのは私達マクスウェル家。だけどアンタの後ろ盾になるわけじゃない。その意味を考えて日々を過ごしなさい』
と、美しい字で書かれていた。
(ってそれならちゃんと後ろ盾になってくれよ!?じゃないと俺はこの魔窟で後ろ盾も無しに生きていかないといけないことになるんですけど!?)
さながら武器も持たせてもらえずコロシアムで猛獣と戦わせられる剣闘士の気分。
おそらくマクスウェル家の狙いとしては俺が決闘に勝ったという結果を受け、Dクラスの平民に負けたというよりはAクラスの平民に負けたという結果の方がマシと判断した。
もしくは俺が決闘後に求めたものがAクラス昇格だと周りに誤認させるといった線が妥当なところ。
だからといってこんなことをするんだったら最後まで貫き通してほしいところだが俺がなにか問題を起こしたりすると後ろ盾にも影響を与えかねないため慎重になっているところがあるのだろう。
(はぁ……マクスウェル家が後ろ盾になってくれるなら少々問題起こそうが向こうがもみ消してくれるから少し派手に動こうと思ったのに……最初のほうは大人しくしとくか……)
貴族の様々な事情に振り回されることしかできない平民という不便な身分に俺はため息をつくのだった。
◇◆◇
そして10分後には1限目の授業が始まった。
教科は政治学。
Dクラスには無かった教科でいきなりピンチではあるが賢さも問題ないし学生時代も政治・経済は得意だった。
まあ全くの別物だしそれはあまり関係ないのかもしれないが。
(はぁ……まさかハンクがいないのを心細く思う日が来るとはなぁ……信用できる友がどれだけ大事か身にしみるな……)
このAクラス、ほとんどの人間が貴族のせいで僅かな隙も見逃さないといった感じにピリピリしている。
誰もが揚げ足を取りたくてしょうがないといった感じだ。
学園くらい平和に過ごせばいいのにそれができないのが貴族という生き物らしい。
「それではエドワード。この問題を答えなさい」
「……答えは3番。クリミナル王国北西部に大きく跨がるアンガ山脈が幾度も国難の際の防衛地点として優れていると判断しました」
「うむ、よろしい」
こんなの俺に答えさせてどうするんだよ。
アレック王子はまだしもロリーとかロブとか俺のことめっちゃ睨んできてるし。
どれだけ俺に間違えて恥をかいてほしいんだよ。
まあ俺は間違えようが傷つくものなんて何もないからいいけどさ。
『マスター。なんでそんな睨まれるの?』
(俺が平民だからだ)
『……一度痛めつけたほうがいいんじゃない?ご主人が理不尽な理由で貶められるのは精霊《私》も納得がいかないんだけど』
いつも俺に文句を言うときとはまた違った怒りの混じったラナの声。
自分のために怒ってくれてるんだと思うと少し嬉しくなる。
なんだかんだラナとは良好な関係を築けているんだな、と実感できる。
(その気持ちは嬉しいがやめておけ。戦いとは別の場所、権力に負けるぞ)
『むぅ……!マスターは悔しくないの?あんなに理不尽なことばかりで』
(悔しくない。だが許せもしない。だから俺はこの世界を変えると誓ったんだ)
もしこの世界がマジロマのように優しさに溢れていたら俺はすぐにでもストーリーに干渉せず静かに暮らすつもりだった。
キャラたちの幸せを壊すつもりなんて全くない。
だけど最初に裏切ってきたのは奴らの方だ。
(国に巣食う害虫共を駆逐する。最初に言っただろ?ラナ)
『……初めて会った時は何この頭のおかしい人、って思った』
(おう)
『でも今は……少し考えてあげなくもない、かな』
(今はそれでいいさ)
ラナの意思がどうあれ、この世界に否を突きつけるという志を途中で諦めるつもりはない。
だけど、ラナは俺の一番の相棒だ。
手伝ってもらうというより一緒に目指すというほうが良いに決まってる。
(いつかまた、決断しなければならない日が来るさ)
『……うん』
そして俺は再び授業に意識を戻すのだった──
◇◆◇
午後も始まって何時間か経った頃。
続く授業に終止符を打つチャイムが校内に鳴り響く。
先生の話も終わり、俺は大きく息をつきながら帰りの支度をし始めた。
(はぁ……身体的には全く疲れてないけど精神的には疲れたな……ちょっとしたことで殺されかねないし気疲れだろうなぁ……)
今日は日課の訓練も少し軽めにしてちょっと早めに寝よう。
万全の状態で無ければ動く時に満足に動けない。
物事を成すにはタイミングが重要だからな。
「すみません。少しいいですか?」
「え?ああ、はい。なんでしょ──」
呼ばれたので後ろを振り返った俺は絶句した。
そこに立っていたのは主人公。
攻略対象たちから直々に接触禁止を言い渡してきた人物がまさか俺に話しかけてくるとは。
「……なんですか?私は忙しいのですが」
「そう言わないでください。私と話したくないんですか?」
「何か大切な話なら聞きます。ですがただの世間話ならばお断りします」
普段ならこんな適当な反応はしない。
周りを見渡すがクラスに生徒は残っていない。
授業が終わってから少し息をついて休憩していたのが裏目に出た形だ。
一刻も早くこの場から離れたい思いで俺はできるだけの塩対応をする。
「そんな悲しいこと言わないでくださいよ〜」
「いいから早く用があるなら言ってください」
「ええ〜?言っちゃっていいんですか〜?」
「はい」
この微妙に間延びした声もイラッとする。
普通にぶりっ子すぎて見てるだけでなんか嫌だ。
「あなた……私の邪魔がしたいんですか?」
その瞬間、俺はジェシカに対する警戒レベルを引き上げる。
俺を見つめるジェシカは笑顔を浮かべているものの目の奥は全く笑ってはいない。
「ほら、答えてくださいよ。ねぇ?」
ジェシカはニコッとみなが認める美しい笑顔で俺に問い詰めるのだった──