第28話 モブ、対立を目にする
「全員、席につけ。そろそろチャイムが鳴るぞ」
俺がアリシアの誤解を解けてホッとしたのもつかの間。
名簿を持った若い男の人が教室に入ってくる。
切れ長の目は俺を見て更にすっと細くなる。
「お前がエドワードだな?」
「……はい」
まさかいきなり出くわすとは思わなかった。
まあここがAクラスならばそれも当然か。
ブラッド=ベイカー。
それが今俺の目の前に立つ男の名でありフリージア学園1‐Aの担任。
俺は見下ろしてくる長身の男から放たれる鋭い眼光にニヤッと笑う。
(やっぱりAクラスは巣窟だな。攻略対象たちの……!)
そう、ブラッドはマジロマの七人いる攻略対象のうちの一人だった。
先生と生徒の恋愛なんて本当に大丈夫か?ってなるけど愛する二人の前に障害というものは恋のスパイスにしかならないらしい。
禁断の恋、という名前だけでも女性人気が出るだろうに、この男は更にクールでイケメンというモテる属性を兼ね備えていて攻略対象人気投票でも常にトップ3に入るくらいには人気キャラだった。
(コイツの性格はどうなのかねぇ……まだ判断しようがないけどもしクズなら……俺が跡形もなく潰すだけだ)
俺はブラッドを見据え、そう心の中で呟くのだった──
◇◆◇
「というわけで今日からエドワードがこのクラスに入る。自由にやるといい。以上」
チャイムが鳴り、先生と共に教卓の前に立たされると先生がAクラスの奴らに軽い説明をする。
と言っても俺も詳しい内容は聞かされてなかったので俺も聞く側だった節はあるが。
「少し待て」
「なんだ?アレック」
アレック王子が立ち上がりブラッドに異を唱える。
ブラッドは相手が王子であるにも関わらずいつも通りの口調だがこれが攻略対象パワーというかご都合展開ってやつなんだろうか。
他の人が王子にこんな口調したら多分殺されるしな。
孤高のクールキャラがへりくだる姿を見るのもなんか嫌だし。
「なぜこの男が我らがAクラスに転入なのだ?確かに平民が上に来れないというシステムは無いがそれが通らないのがこの学園というものだろう」
アレックは静かに表情に怒りを孕んでいるがジェシカもこのクラスにいるからか、自分が平民を嫌っているではなく学園が身分制度を後押ししているという点を前面に押し出して質問する。
もう少し表情に出さない努力をしてほしいものだが多分それは俺がデフォルトのアレック王子の顔を見すぎたから些細な変化にも気づけたのだろう。
「どことは言わないがどこぞの大貴族から要請があったからな。学園も重い腰を上げたんだ」
「どこぞの大貴族……だと」
「ふふっ、アレック王子殿下。何か問題でもおありですか?」
アレックに挑発するように笑みを浮かべたのはシャーロット。
このクラスで王子の次に身分の高い彼女だが、ここまで正面切って挑発するとは思わなかった。
一応婚約関係といえど、すぐにでも決裂してしまいそうなほどに仲は冷え切ってるもんな。
「ふん、そう言えばお前はあの平民に負けたんだったな。貴族として、国民の代表として、普段から偉そうに周りを見下しているくせに随分とフリージア首席の座は軽くなったものだな」
アレック王子は嘲笑の混じった蔑むような視線をシャーロットに向ける。
他の人に言おうものなら心をえぐりそうなくらい鋭い言葉。
だが俺は内心焦りを覚えた。
(ま、まずい……!罵りはシャーロットの大好物……シャーロットには徹底的に王子と仲が悪くなってもらわないといけないのに今王子に依存されたら終わる……!)
思い浮かべるのは主人公+攻略対象+最強の悪役令嬢という最悪な図。
もしこんなことになろうものならどれだけ頑張ろうと逆転の芽が無くなるに等しい。
『なんかあの王子感じ悪いね。ちょっと苦手かも』
(そういうものか?シャーロットのときはそんなに嫌悪感示してなかったよな?)
『なんかお腹の奥がドロドロしてる気がするんだもん。シャーロットって子は傲慢とか生意気だなとは思ったけどあんまり腹黒いかと言われるとそうじゃない気がしない?』
まあ確かに。
シャーロットは裏でコソコソというより気にいらないことやものは真正面から遠慮や躊躇が一切なくただ実力で叩き伏せることが多い。
それができてしまうほどの実力を持ってるというのもそうだが、多分気に入らないものは一刻も早く目の前から消し去りたいっていう本人の性格も関係してるんだろうな。
まあそれが腹黒に比べて性格悪くないのかと聞かれたら答えに窮するが。
(っていうかこんなこと考えてる場合じゃなかった!シャーロットは……!?)
「あら、そんなことを言うのでしたらいつでも受けて立ちますよ。フリージア首席という身分は女である私には過分なものですし私に勝てるというのならばいつでも譲りましょう」
展開は俺の予想外のものだった。
息を荒くして変態が出始めるかと思ったシャーロットだが予想に反してその表情は険しく怒りに満ちている。
舐められるのが何よりも許せないあの変態が出始める前のプライド高きゲームのシャーロットと同じ姿だった。
(も、もしかしてドMという変態を乗り越えたのか……!?シャーロット……!)
『感動の場面みたいになってるけど字面が嫌すぎるんだよね……』
(そんなことを言ってる場合じゃないぞ!見ろ!あんなに立派になって……)
『マスターがあの子をおかしくしたんでしょうが』
あれは俺も予想外の方向にシャーロットが開花してしまったので俺の責任じゃない。
猫耳着けたら罵られただけで発情するド変態になるなんて誰が予想できるんだよ。
しかも元は誰にも見下されたり舐められるのが許せない傲慢でプライドの塊の悪役令嬢だぞ?
「ふん、マクスウェル家も落ちたものだな。ロクに王家に対して敬意を払えぬとは」
「その言葉そっくりそのまま返しましょう。国の頂点たる王家の生まれで次期国王たる殿方がこんな敬意を払えない生意気女にすら勝てないなんて涙が出てきてしまいますわ」
な、なんかどんどんヒートアップしてないか……?
仲が悪くなってほしいとは言ったけどそれで王家とマクスウェル家の関係に亀裂が入って内乱発生とか勘弁してくれよ。
二人の後ろの席に座っているアリシアとジェシカがどうすればいいか分からず固まっているが流石にこの会話に割って入れる存在なんて……
「そこまでにしろ。お前ら」
せ、先生……!
すごい頼りがいがあるのはいいけど流石にそれはストレートすぎるんじゃ……!?
「マクスウェル。お前は婚約者云々を抜きにしてアレック王子もといは王家に敬意を持て」
「はぁ……」
「アレック王子もだ。あまり挑発するのはやめろ」
「……ふん」
先生のたしなめにシャーロットはため息をつき、アレック王子は黙ってシャーロットを睨みつける。
一応は静かになったがあまり問題が解決したような感じではない。
でもひとまず最悪の展開は回避できたことで俺は一つ息を吐いた。
(まあ何にせよ攻略対象を始めとしたゲームの主要人物たちと接近することになったんだ……この状況を利用しない手はないよな……!)
俺はこのクラスでやっていけるのかという不安を抱えつつも、来たる未来に向けて考えを練り始めるのだった──




