第27話 モブ、見捨てられる
つ、伝え忘れてたぁ!?
しかも俺を転入させたのがマクスウェル家!?
もう何がなんだか全然わからないんだが!?
「なんでそんな大切なことを言わなかったんですか……」
「ご、ごめんなさい……こんなダメな私を罵ってもいいのよ……?はぁ……はぁ……」
ゲームでのシャーロットは隙のないまさに完璧令嬢。
そんな人がこんな初歩的なミスを犯すとは思えない。
まさかとは思うが罵られるためだけにこんなことしたんだとしたら相当《《極まってる》》な。
(え、えっと……エドワードさん。なんかマクスウェル様の息が荒くありませんか?もしマクスウェル様の体調が優れないのならすぐに医務室にお連れしたほうが良いのでは……)
(多分体調不良じゃないので大丈夫だと思います)
おそらくいくら鈍感系主人公でも気づくだろう。
目の前のこのご令嬢はヤバいと。
明らかに変態の域に達するどころか最前線を走ってしまっていると。
アリシアは多分冷徹で完璧なシャーロットの姿しか知らないからそこに思い当たれないだけだ。
(ラナ!あの変態令嬢なんとかならないのか!)
『え!?いきなり私にそんなこと言われても!?』
(精霊だろ!?人間の上位存在何だろ!?だったらなんとかしてくれ!)
『無茶言わないでよ!?精霊だってそんな万能なわけじゃないんだから!』
この際ラナに八つ当たりしても何の得にもならない。
今はこの変態に対処するほうが先だ。
「マクスウェル様、取り合えずそのだらしない顔をなんとかしてください」
「エドワードさん!?そ、それを言うのは流石に……!?」
「はぁはぁ……ご、ごめんなさい……でも止まらないの。お腹の奥がジュンって熱くなって自分じゃあもう……♡」
あ、もうダメだわこの人。
既に末期患者だ。
罵ると言えるほど強い口調をしてないのに多分この人は他の人が見てる前で平民にたしなめられるというシチュエーションと妄想だけで常人が到底たどり着けない高みに登ってやがる。
『逆にマスターはなんでそんなことわかるの……?私には『ちょっとこの子ヤバいなー』くらいしかわからなくて普通そんな正確に状況把握できないと思うんだけど?』
(ふっ、これも俺の有能さゆえということかな?)
『全然違う。マスターも同類の変態じゃないのって聞いてんの』
(俺と一緒にするな。俺は罵られて喜ぶ変態じゃない)
『でも恥ずかしがる女の子を見て喜ぶ変態じゃん』
(不可抗力だ)
『認めるのはっや!?』
でも流石に防御より攻撃のほうが好きといえどロウソクとかムチとかそういうのに興味はないぞ?
木馬はちょっと興味あるけど。
いずれにせよ公爵令嬢相手にやっていいことじゃない。
『取り敢えずこの子のフォローをしてあげないとやばいんじゃない?女の子が好きな男の子の前以外では絶対にしちゃいけない顔してるよ?』
シャーロットは頬が上気し、目がトロンとなっている。
息も荒いし、もう完全に例の状態である。
こんな朝っぱらから、しかも教室という貴族がたくさん集まった公衆の面前でさらしていい顔じゃないのは確かだった。
(り、リサはいるか……?あ!いた!)
俺は救いを求める気持ちで教室をさっと眺めるとジトッとした視線を向けたリサと目があった。
俺が助けてくれとアイコンタクトをするとリサは首をゆっくりと横に振る。
(なっ!?裏切りやがったな!?)
こいつの名誉がどうなってもいいのかという思いを込めて抗議の視線を再びリサに送るとリサは一つため息をついてゆっくりとこちらに歩き始めた。
やはり友情ってのは大事だな!
こんなとき俺が何をやっても逆効果なのは間違いない。
「大丈夫ですか?シャーロットお嬢様。体調がお優れにならないのですか?」
「り、リサぁ……お腹の奥が……ポカポカして熱くて……私、どうしたら……」
シャーロットの子どものような声にリサは一瞬笑みを浮かべると俺に鋭い視線で睨んでくる。
今回の件に至っては俺のほうが完全に巻き込まれた側だしそもそも伝達もされず勝手に転入が決められるなんてむしろ俺のほうが被害者じゃないか?
(一体どんなことをしたらこんなことになるんですか……!)
(俺じゃないです!むしろ転入の件を知らされてなくて俺のほうが被害者ですよ!)
(あ……)
(あ?)
なんだ今の『あ』は。
おかしいだろ『あ』って。
(その……シャーロットお嬢様が伝えてると思って私も確認を忘れてました……)
(うおいぃぃぃぃ!!!!!)
思わず小さい声で叫ぶという不思議な芸当をしてしまう。
だがこいつの場合はシャーロットのように変態性に引っ張られたわけではなく単純にポンコツでやらかした可能性が高い。
だってちょっとのミス(というか俺が勝手にシャーロットを猫ちゃんにしたとき)に落ち込んで俺に愚痴りに来たわけだしな。
公爵令嬢の専属侍女にしては余裕が無いなと思ってたけどこの人がポンコツだとするのなら全てが合致するのだ。
(す、すみません。私のミスです……)
(つ、次からちゃんと気をつけてくださらないと俺ではなくマクスウェル様に迷惑がかかってしまいますよ)
(そ、そんなことは言われなくてもわかってます……!)
俺の指摘にリサが少しムキになって言い返してくる。
しかし次の瞬間、横からゾッとする嫌な予感を感じた。
「ねぇ……二人でこそこそと何を話しているの?もし楽しいことなら私も混ぜてほしいんだけど」
「い、いえ!シャーロットお嬢様を仲間外れにしようだなんてそんな!」
「そもそもマクスウェル様の言う楽しいことってなんですか?」
「え?それはもちろん猫──むぐっ!?」
例に漏れずヤバい発言をこのまましかねなかったので俺とリサは慌ててシャーロットの口を塞ぐ。
彼女はそれはそれで興奮する、とか意味不明な事態になりそうだがマクスウェル公爵家からすれば『あのマクスウェル公爵家の令嬢が平民の猫にしてほしいと懇願してる』なんてマイナスイメージどころの騒ぎではない。
待っているのは死、ただ一文字だけだ。
「……?エドワードさん。猫ってなんですか?」
「あ、あはは!きっと猫に餌やりをするってことじゃないですかね!?ほら!猫って可愛いですから!」
「それはそうですけどマクスウェル様が動物が好きって初めて聞いたような……」
そりゃあこの人は動物を愛でるのが好きなんじゃなくて動物扱いされたいド変態ですからね!?
そもそもシャーロットは前、猫のことを畜生と呼んでたくらいだし動物好きなんて噂が流れるわけがないのだ。
なんとか上手いこと誤魔化してくれとリサに目を向けるとリサはぷいっと顔を背ける。
(あ、あの野郎!俺を平気で見捨てやがった!)
こうなればもう援軍は望めない。
普段はなんだかんだ俺を助けてくれるシャーロットも今下手に何かを話させれば致命的な失言をしかねない。
「あ、あー……まあ自分から言うようなことでも無いのではないでしょうか?」
「うーん……まあそうですね。それにどなたが何を好きでいようがそれは個人の自由ですし」
そう言ってアリシアはニコッと笑った。
こういうときにアリシアが何かしら察して素直に引き下がってくれる優しい性格で良かったと心から思うのであった──




