第26話 モブ、転入する
(いやいやいやいや!?!?なんでそんなことになる!?俺は何の後ろ盾もない平民!せめてCクラスならまだしもなんで学年トップのAクラスに転入なんだよ!?)
どう考えても伝達ミスとしか思えない。
だが先生に話が伝わっている以上完全にデマとも思えない。
何か俺が見落とした伝達でもあったかとここ最近の記憶を漁るが、いらないプリントを一昨日くらいに大量に処分したのは覚えてるがそこに重要な書類が絶対に紛れ込んでいなかったかと聞かれるとちょっと自信がない。
ここ最近はシャーロットとリサの相手で忙しかったし、ゲームでのイベントに全く関係ない私生活に関してはズボラな俺の性格が完全に裏目に出た形だった。
「え……いや、え?本当に俺がAクラスに転入するんですか?」
「と、Aクラスの担任から聞いてるぞ。逆にお前が聞いてないのが驚きなんだが?」
いや、聞かされた俺も驚きなんだが?
そもそもなんでこのタイミングで転入なのかすらも謎なんだが。
普通は新学年になってからだろ。
「まあ取り敢えずAクラスに行って真偽を確認してこい。もし誤報だったら戻ってくればいいさ」
「それもし仮に誤報だったらお貴族様の俺への心象悪すぎませんか?」
「……強く生きろ」
無責任!?
先生ならもっと生徒の未来を案じてくれよ!?
『マスターもこれで私の気持ちがわかった?』
(ラナ、今は君の戯言にかまっている余裕は無いんだ)
『戯言!?戯言なんかじゃなくて事実だって!マスターだってすぐに無責任になんでもかんでも私を巻き込むじゃんか!』
(相棒だろ。仲良くしようぜ)
『手のひら返すの速すぎない!?それに相棒って言えるほど長い時を過ごしてないでしょ!』
(信頼関係に必要なものは時間じゃない。そうだろ?)
『良いこと言ってるけど実際そんな濃密な日々を過ごしたわけでもないよ!?』
ううむ、ツッコミの嵐だな。
本当にこんなことしてる余裕なんてないのに。
(また今度クッキー焼いてやるよ。ほら、俺達は相棒だろ?)
『なっ!?ひ、卑怯者……!クッキーを人質に取るなんて……!』
ラナは精霊なので料理をしたことがない。
それにクッキーは俺のラナに対する生命線なので作り方も一切教えていない。
となれば必然ラナは俺に作ってもらうしかクッキーの供給手段は無い。
これが持つ者と持たざる者の覆しようのない絶対的パワーバランスなのだ。
『……相棒です』
(よろしい)
アイ・アムウィナー。
ってラナとじゃれてる場合じゃないんだった。
本当に俺はAクラスに転入するのか……?
俺は信じられない気持ちを抱えたままAクラスへと向かうのだった──
◇◆◇
そしてやってきたのはAクラス。
ここに来るのもシャーロットと初めて出会ったときぶりか。
次にここに来る時は攻略対象狩りのときかと思ってたけどまさかこんな形で改めて訪れることになろうとは。
「あれ?もしかしてエドワードさん?」
「あ、ハミルトン様」
後ろから声をかけてきたのはジェシカの友達アリシア=ハミルトンだった。
ここに俺がいることが不思議なのか少しキョトンとした顔をしている。
仲間にはいつも優しく、敵には気が強く苛烈な彼女だがこういうふとした瞬間に少し幼い部分を見せるのはゲームと変わらない。
まだ油断はできないがそのことが少し嬉しくなった。
「なんかDクラスの先生に『お前はAクラスに転入だ』って言われちゃいまして……」
「え?そうなの?」
「真偽は知りませんが先生からはそう伝えられました」
ほんと参ったなぁ……
Aクラスには王子筆頭の攻略対象たちが勢揃いだ。
ジェシカもこのクラスにいるし正直あんまり来たくなかったなぁ……
現実を見せられるとこの学校全部ぶっ壊したくなるし。
「うーん……そういう話は先生から聞いてないけど……取り敢えず中に入りましょうか」
アリシアに促され教室に入る。
すると俺と同じデザインだが材質が違いすぎる制服を着たお貴族様たちの厳しい視線が一斉に俺に向けられる。
(は、はは……入学したての主人公もこんな感じだったのかな……)
『なんかマスターすっごく嫌われてる?何か悪いことでもしたの?』
(別にしてない。と、言いたいところだけどこいつらに言わせれば生まれが悪いといったところだな)
もはやこいつらにとっては平民であることそのものが罪なのだろう。
同じ部屋で過ごすことなど到底看過できない。
だからこそゲーム中でたった一人このクラスで平民だったジェシカはいじめの対象になったのだろう。
『はぁ!?なにそれ!生まれだけで罪とかそんな人間いるわけないでしょ!』
(それが往往として存在するのがこの世界だ。発言には気をつけたほうがいいって言った意味がわかるだろ?)
『むぅ……なんで人間って毎度毎度こうなっちゃうかな……』
ラナが精霊らしく人間の上位互換の存在が言いそうなことをボヤいている間にも状況は変化していく。
一部の貴族たちがこちらに詰め寄ってきた。
「おい、平民。この場所はおいそれと気軽に訪れていい場所じゃねえんだぞ」
「すぐに去りたまえ。それが何よりも君のためだ」
貴族たちの手が光り始める。
つまり霊剣を出す準備をしているのだ。
もちろんこんな奴らに負けるほどヤワじゃないが剣を交えるだけでもアウト。
悪いのは俺だけという結論に至ってしまうだけに剣は抜きたくない。
しかしそんなとき──
「あら、アンタ遅かったじゃない。一体どこで道草食ってたわけ?」
全てを打開する人物の一言が投下。
詰め寄ってきた貴族たちの後ろに立っていたのはめちゃくちゃ不機嫌そうな顔をしたシャーロットだった。
詰め寄ってきた貴族たちもその表情を見て怯んでいる。
「ま、マクスウェル様。しかし……」
「こんな下賤な身分なものがこの神聖なクラスに足を踏み入れるなど許されざることでしょう!?」
「黙りなさい。今すぐ去るなら許してあげなくもないわ」
「「……!」」
その一言で貴族たちは慌てて去っていく。
やはりマクスウェル家は貴族家の中でも一つ頭抜けているようだ。
まあ本人が手のつけようがないくらいのハイスペック怪物ということも関係してるだろうが。
(え、エドワードさん。絶対にマクスウェル様を怒らせたらダメですからね……?)
(わかってます。任せてください)
「ふん、面倒な奴らね」
「おはようございます。マクスウェル様」
俺が挨拶するとシャーロットはまだ不機嫌そうにため息をつく。
まるで竜だな。
機嫌が悪いと一方的にこっちが蹂躙されて終了、みたいな。
人間にはどうしようもない領分だ。
「それで?アンタはどうしてそんな遅かったわけ?」
「えっと……朝Dクラスに行ったら先生にAクラスに行くよう指示されたものですから」
「あっ……」
え?何のあ?
シャーロットは俺が素直に事実を伝えるとしまったというように小さく声を漏らす。
その『あ』が嫌な予感しかしない。
「アンタに今日からこのクラスに転入って伝え忘れてたわ。最近いろいろあったからかしらね」
「「え!?!?」」
俺とアリシアが同時に声を漏らす。
当の本人とAクラスの人も知らなかったことをシャーロットは知っている。
それが表すことは一つしか無かった。
「アンタをこのクラスに転入させたのはマクスウェル家よ」
(なんでそんなことになるんだよ……)
なんかとんでもないことになってきたという目眩とストーリーが着実におかしな方向に進み始めた喜びが同時に襲ってくるのだった──