第25話 モブ、男について語る
翌日。
俺は心身共に満たされた状態で、朝を迎えていた。
隣を歩くハンクも不思議そうな目線をこちらに向けてきている。
「どうしたんだ?ハンク。そんなにジロジロと俺のほうを見て。俺の顔に何かゴミでもついてるか?」
「い、いや……そういうわけじゃないけどさ。なんか晴れ晴れしてるっていうか……もしかして昨日何かあったのか?」
「うーん、そうだなぁ……強いて言うならワンちゃんと猫ちゃんのお世話?」
「なんだそれ……?こっそり野良犬と野良猫でも飼ってんのか?」
「まさか。野良犬と野良猫なんてこの学園内だと生きづらくてしょうがないだろ」
ハンクもまさかどこぞの公爵令嬢とその侍女が猫と犬だなんて思ってもいないだろう。
だって俺だって思ってなかったし。
まさかあのドSの塊、というか暴虐非道の塊だったシャーロットがドの上に更に何か単位をつけてもいいんじゃないかっていうくらいのМ気質を隠し持っていたとは……
最後のほうなんてノリノリすぎてリサがドン引きしてたし。
そしてそんなリサの反応を見てシャーロットが息を荒くする永遠に続く負の無限ループ。
(いやぁ……ストーリー改変ができそうなのは良かったけど俺の想定の斜め下を来たな……)
本来の俺の計画では『仕方がないから力を貸してあげなくもないわ。ただし協力関係じゃなくてアンタが私に従属するのよ?』くらいの温度感を期待してた。
だけど今は?
『はぁ……はぁ……ご主人様ぁ……にゃんにゃん♡』
くらいの温度だったんですけど!?
いや普通に考えて公爵令嬢ということを差し引いた一般人だったとしてもヤバいレベル。
もちろん俺が死ぬ直前の日本はやれ多様性だの、やれ個人の自由だのと個性に対して理解が広がり始めてはいたけども、流石に実際にここまでの人物に出会ったことはない。
誰が何を好きでどんな思想を持っていようが俺にケチつける権利はないけど君は悪役令嬢でしょうが!?
全然ケチつける気しかないけど!?
『もう……マスター朝から元気すぎだよ……一応言っとくけどマスターが思ってることは私にも聞こえてくることがあるんだからね?』
俺が内心頭を抱えていると、ラナが眠そうな声で抗議してくる。
ゲームではそういう描写が無かったので知らなかったのだがどうやら精霊も寝たり食べたりとほとんど人間みたいな生活を送るらしい。
まあ正確にはそうしなくてもいいみたいだけど、この世界にせっかく来たからと人間のような生活を送る精霊が多いんだとか。
(悪い。少々取り乱した)
『少々どころの騒ぎじゃなかったけどね。それよりも悪役令嬢ってなんなの?あのシャーロットちゃんって子のことだよね?』
(こっちの話だ。あと俺の思考とか思ってることを勝手に他の人に話したりするなよ?俺が処刑されて契約終了になってもしらないからな?)
『普段からそんな人に口にできないようなことばかり考えてんの!?』
一応俺の思考全てが筒抜けになっているわけではないらしい。
人間で言うところの考え事をしていると無意識に独り言が出ちゃう癖がある状態みたいなものだろう。
伝えたくないとしっかり頭で意識していればラナに聞かれることはない。
(とにかく、ラナには俺の手伝いをしてもらわなくてはならないからな。余計なことはあまり他の人には言わないほうがいい)
『うえーん……私は一度もその悪役に賛成したことなんてないのにぃ……』
(安心しろ。精々国をひっくり返すくらいで世界滅亡とかは全く企んでないからな)
『全然安心もできないし、そもそも国だって人間にとって大切なものなんだから精々で片付けていいものじゃないでしょ!?』
意外とラナって常識人なんだよなぁ……
まあ精霊は人間《契約対象》の心を映す鏡って言われてるくらいだしこの良識的な俺から常識精霊?と契約することになるのも無理ないさ。
『おーいマスター?聞こえてるよ?一応断言しておくけどマスターは全然常識人じゃないことだけは人間世界に詳しくない私でもわかるからね?』
(何を言うんだ。俺が変人なわけないだろう?)
『普通の人はすぐに女の子に猫耳付けさせてペットにしようなんて思いつかないから』
(それは違うな。世の中の男はみんな猫耳美少女と犬耳美少女が大好きなんだ。だからそういう本があっても一定の評価を得られることが多い)
『うぇ……じゃあ男の人はみんな変態ってことなの?』
(間違いない。俺が断言するが猫耳美少女が好きな男を変態と表すならば男はみんな変態だ)
実際には断言できるほどソースは無いが、どれだけ俺は変態じゃないという男がいようと実際に猫耳美少女を現実で見たら意見を変えることだろう。
だって可愛いんだもの。
性格の悪さとか吹っ飛んじゃうくらい可愛いんだもの。
恥ずかしそうにしてくれるともっとポイントが高い。
『まあそれはわかったけどさぁ……もうちょっと欲望ダダ漏れにするんじゃなくてどうにかならないの?』
(そもそも俺を下半身で動く猿みたいな言い方をするな。俺は必要なことだからやってただけだ)
『猫耳付けさせてニャンニャン言わせることが必要、ねぇ……』
(まあ、俺を信じろって)
『別に今すぐ頓挫したり諦めてくれていいんだよ?』
絶対に嫌だね。
俺はやると決めたらやるんだ。
そもそも、あんな奴らが国の重鎮になったら何人被害が出るかわかったものじゃない。
むしろ貶める人数より救う人数のほうが圧倒的に多いと思う。
まあだからって人の人生を数で数えて良いのかって話だけどな。
別に俺は正義の味方を気取るつもりもないし悪役でいい。
「まあとにかく、犬や猫は可愛いなって話だよ」
「随分投げやりに話をまとめにいったなぁ……」
ラナとの話に一段落がつき、ハンクとの話に戻る。
ラナが茶々を入れてくるから話がそれてしまったじゃないか。
「俺も犬に会いに行ってもいいか?俺、犬好きなんだよ」
「あんまりお勧めしないぞ?いざってとき死んでもいいっていう覚悟なら止めはしない」
「え?犬……なんだよな?」
「ああ、犬だな」
「………やっぱりやめとくわ」
それが賢明な判断だろうな。
俺がハンクの決断に苦笑を浮かべるとちょうどそのタイミングで教室に到着する。
中に入るとなぜか担任にすごい不思議そうな目で見られた。
「どうしたんですか?俺、なんかしました?」
「いや……なんでエドワードがここにいるのかと思ってな」
「え?冗談きついですよ。自分の教え子を忘れちゃったんですか?」
あれ?でも名前を覚えてるってことは忘れられたわけじゃないのか?
じゃあどういうことなんだ?
「昨日上から通達が来たのだ。『1‐Dエドワードを1-Aに転入させる』と」
「は……?」
はあぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?
シャーロット猫ちゃん事件から未だ波乱は続くようだった──




