第24話 モブ、戸惑う
「私も……猫ちゃんにしなさいよ……!」
シャーロットの言葉は俺も思いもよらないものだった。
俺は思わず、隣にいた犬耳リサと目を合わせ言葉を失う。
え?
なんでシャーロットも猫耳になるんだ?
俺別に何も脅してなければ、弱みも握ってないぞ?
(い、一体あなたはシャーロットお嬢様に何をしたんですか!?)
(な、何もしてない!これはマジだ!本当に何もしてない!)
リサから疑いの視線を向けられ、俺は首を横に振る。
目の前のシャーロットは恥ずかしそうに顔を赤くしながら俺とリサを軽く睨んでいた。
『マスター……私というものがありながらどうしてそんな変態の道に進んじゃったの……?』
(お前に操を立てるほうが変態チックだと思うんだが!?)
『酷い!マスターは精霊のことをただの戦う道具としか思ってなかったなんて!』
(ちっげえよ!精霊云々じゃなくて見た目が完全にアウトだって言ってんの!)
ラナの見た目は小学校高学年がいいとこ。
普通にラナが恋愛的に好き、なんて発言をしたらおまわりさん案件だ。
「な、なんで黙ってるのよ……私にもやりなさいっていってるでしょ……」
「え?あ、ああ……すみません……」
いや、でも俺にどうしろって言うのだろうか。
確かに俺はリサに恥ずかしい思いをさせることで自分の従者が辱められたとシャーロットのプライドにダメージを与えるつもりではあった。
だが自分からまさか『猫ちゃんにしてほしい』だなんて言われるのは想定外だった。
「あ、あの……シャーロットお嬢様……これは私が自らしたことでありシャーロットお嬢様まで気遣って付き合わなくてもよろしいのですよ……?」
「べ、別に気遣ってなんかないわよ……」
(え?てことはシャーロット自身が猫ちゃんになりたくて今の発言したってこと?)
原作じゃあ考えられないトンデモ行動だ。
まあ一応シャーロットの猫ちゃんグッズも持ってきてるんだけどさ。
「はぁ……仕方ないですね……わかりました。ではこのグッズ一式を貸して差し上げましょう」
俺が猫耳やらなんやらを取り出すとシャーロットの目がぱあっと輝く。
美少女がこんなグッズを見て目を輝かせるって大丈夫なんだろうか。
コスプレして彼氏を喜ばせたいとかそういう可愛らしい目的なら良いけど明らかに俺は殺したいほど憎い相手のはずだしそれ以上に目がイッちゃってる。
完全に獲物を狙う肉食動物のそれだ。
シャーロットがゆっくりと猫耳に手を伸ばし始める。
だけど俺は猫耳をバッと上に上げてシャーロットに取られないようにした。
シャーロットはシュンとなって猫耳を見つめる。
「何かお願いごとがあるならばそれ相応の態度ってものがあるんじゃないですか?」
「……っ!」
「ほら、俺は別にリサさんの相談に乗っただけでマクスウェル様を猫ちゃんにする義理はありませんから」
「くっ……!卑怯者……!」
シャーロットがキッと視線を鋭くする。
だが頬は赤く染まり、瞳も潤んでいるため全く怖くない。
俺はニヤニヤしているとラナとリサにツッコミをくらいそうだったのでなんとか耐えながらシャーロットに問いかける。
「ほら、人に何かを頼む時はどうするんですか?」
「はぁ、はぁ……その……この私を……あなたの猫にしてください……」
そう言ってシャーロットはその場にへたり込む。
目はトロンとしていて息も荒い。
完全に発情してないか、これ?
俺はなんだか嫌な予感がしつつも一応シャーロットは誠意を見せてくれたので猫耳と首輪を渡す。
するとシャーロットは猫耳だけすぐに着けたものの首輪はつけようとしなかった。
「……どうしたんですか?首輪は着けないんですか?」
「……つけて」
「え?」
「アンタが私に着けて……ください」
そう言ってシャーロットは恥ずかしそうに顔を俯ける。
え?いいの?
逆に俺なんかが公爵令嬢に首輪とか着けちゃっていいんですか?
「わ、わかりました……それでは……」
俺は首輪を受け取り恐る恐るシャーロットの首元に持って行く。
そして苦しすぎない程度のゆるさで首輪を着けた。
顔が自然と近づいたときに艶やかな長い黒髪からいい匂いがしてドキッとしたのは内緒だ。
「〜〜っ!!はぁ、はぁ……」
俺が首輪をつけるとシャーロットの体が一瞬ブルっと震える。
なんか目にハートが浮かんでる気がするんだけど気のせいだよね?
息も荒くなってるけどこれは何かしらの何かをして息が荒くなっちゃっただけだよね?
決して興奮してるとかそういうことじゃないよね?
「そ、その……ご主人様……」
「猫は人の言葉を喋らないだろう?」
「〜〜っ!にゃ、ニャーン……」
「っ、シャーロットお嬢様……」
目の前で見せられる主人のコスプレにリサはなんと言っていいかわからないような複雑な表情を浮かべる。
すぐにでも止めたいのに、俺から言い出したことではなくシャーロットからの提案だったからこそ止めることができない。
そんなジレンマだった。
「し、シャーロットお嬢様……」
「おいおい、リサさんよぉ。犬は人間の言葉は喋らないだろう?」
「で、ですがシャーロットお嬢様が……!」
「主人はやってるのに従者はできないってか?その忠誠は公爵家に取り入るためだけの偽物だったってわけか」
俺がそう言うとリサの表情は怒りに染まる。
そして一瞬迷うようにモジモジした後、顔を少しそっぽに向けた。
「く、くぅーん……」
「〜〜っ!ああ、リサ……可愛いわ……はぁはぁ……!」
「おい、シャーロット」
「ご、ごめんなさい。にゃ、にゃん。はぁ、はぁ……!
え?
これ本当に大丈夫?
自分で命令しといてなんだけどこの状況って異常すぎないか?
『よかったね、マスター。可愛い女の子たちが自分の思い通りに動いてくれて』
(いや、この展開は予想の斜め上すぎるんだが?あとその軽蔑して冷え切った声を出すのはやめてくれ)
『ふん、どうだか。マスターも大変だ予想外だと言いつつなんだかんだ楽しんでるんじゃないの?』
(……ラナも混ざるか?)
『混ざるわけないでしょ。マスターの変態』
ですよね。
俺も現実逃避したかっただけです。
だってこんなことになるなんて全く思ってなかったんだもの。
俺はただ最強の悪役令嬢シャーロット=マクスウェルを原作の運命から引き剥がして味方に付けたかっただけなのに。
「ご、ご主人様……!にゃ、ニャーン……はぁ、はぁ……」
「わ、ワンワン……」
俺の目の前には猫ちゃんとワンちゃん。
俺は今更ながら俺が今やってることは正しいのかと思わざるを得なかった──